勇者、勇者と戦う
僕は、大地の勇者と刃を交えながら、精霊に指示を出す。
「サラマンダー、誰も殺すなよ」
誰も殺すな。
つまりは、死ななければ好きにいたぶっていいという指示を出した。
待ってましたと言わんばかりの勢いで、サラマンダーが炎の足跡を大地に刻み付けながら、疾走する。
尻尾が巻き付くと、火柱が巻き起こる。
僕は兵士たちが次々に火だるまになっていってしまうので、心配になった。
兵士たちが、次々に神聖魔法を発動させる。
一対の白き羽を持つ仮初の姿の天使たちが舞い降りてくる。
全身火傷を負ったはずの、兵士たちはすぐに、立ち直る。
兵士たちは、全員『大天使』以上の階級の神聖魔法が使えるようで、とりあえず、あの程度で死ぬことはないだろう。
むしろ、炎程度で止まることなく、こちらに迫ってくる。
「ウィンディーネ、押し流せ」
ウィンディーネは海もないのに、波を起こすと、兵士たちを押し流していく。
「ウィンディーネ、兵士たちを近づけないようにしながら、サラマンダーを見張っててくれ」
やりすぎる、サラマンダーの炎も、ウィンディーネならすぐ、消すことができる。
少し不満そうな意思が伝わってきたが、『暴れていいのなら』と了承してくれた。
「殺さないでくれよ」
僕は、そう頼んで、ウィンディーネも向かわせた。
僕は、大地の勇者の渾身の突きを、かわす。
「シルフは僕のサポートを頼む」
剣に風を纏って、大地の勇者を吹き飛ばす。
殺さないのであれば、シルフが適任だ。
「随分派手にやってくれるじゃないか」
荒い息を吐きながら、大地の勇者が言う。
僕とやりあって、疲れが見える。
エレンのように、肉体強化の神聖魔法の使い手でもない限り、女の力で、僕の剣を受けるのは、無理があるだろう。
「力の差は歴然だろう。ここはおとなしく引いてくれないか?」
僕はそう言った。
「まだ私の魔法を見ていないだろう」
大地の勇者は槍を上空に向かって掲げる。
神聖魔法「アズライール」
片手に書物を持った二対の羽を持つ天使の仮初の姿が現れる。
全身の肌に複数の瞳や口を持っていた。
『アズライール』の瞳と目が合った瞬間に、虚脱感を覚えた。
「ぐッ。なんだ?」
全身から力が抜けていく。
まるで肉体から、魂が引き離されているようだ。
僕はたまらず、魔力を発動させる。
神聖魔法「サンダルフォン」
自身が信仰する天使を呼んだ。
男とも女ともつかない、姿をした天使。
手にはオリーブの枝を持ち指揮棒のようにしながら、
天国の歌を僕に届ける。
虚脱感は消え失せ、いつもの体力に戻った。
「ほう、精霊魔法の使い手と聞いていたが、神聖魔法も使えるのか」
冷静そうだが、すこし悔しそうな声色。
僕が『サンダルフォン』を信仰しているのが予想外だったと見える。
「そっちは随分と物騒な天使を信仰しているじゃないか」
僕も、予想外だった。
てっきり攻撃特化型の天使『ウリエル』あたりを信仰しているものだと思っていた。
魔力は、いざという時まで、温存しておくつもりだったのに、予定が狂ってしまった。
だが、
「相性は僕の方がよさそうだな」
僕は大天使『アズライール』が死を司っていることを思い出していた。
対する『サンダルフォン』が司っているのは受胎。
能力を相殺できる。
僕は刃を向ける。
「これで引く気になっただろう」
「アズライールの能力は他にもある。私が、大地の勇者にふさわしい所以を見せてあげよう」
仮初の姿の天使は、大地の土をつかむと、息を吹き込んだ。
ボコボコボコと大地がマグマのように、脈打つと、ズズズと大地から手が生えた。
土から原初の人間を作ったと言われる『アズライール』
本当の人ではないが、つまりこれは……
「ゴーレムか」
大地から、土の巨人が現れていた。
土の巨人は、そのままの質量で僕を押しつぶそうとする。
「その程度。ノーム出番だ!」
僕は待機させていた最後の精霊ノームに依頼する。
間近に迫っていた、ゴーレムの足を、大地から生えた別の手が受け止めていた。
「なにぃ?」
大地の勇者は驚きを隠せない。
目には目を、歯には歯を、
「ゴーレムにはゴーレムを」
ノームは大地に吸い込まれていくと、
大地の勇者のゴーレムと同じように、大地から生やした手で体を引き抜くように、土の巨人を出現させた。
ゴーレム同士が、手を握り合い、押し合いを始める。
「西の勇者、君は何でもありか」
「僕が何体、竜種を葬っていると思うんだ」
竜種は、強力な属性魔法ともいえるドラゴンブレスを放つ。
その属性は、ドラゴンの種類によって、違う。
僕は、そのすべてに対応してきた。
万能さは勇者一だと自負している。
ゴーレムは社交ダンスをするように、戦いを続けていた。
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ゴーレムは押し合いは随分長い間続いた。
「本当にしつこいな」
大地の勇者が言う。
大地の勇者には拮抗しているように見えるだろう。
ノームが加減していただけだ。
「それはこっちのセリフだ」
大地の勇者は魔力がつきかけてきたのだろう。
かなりつらそうだった。
ただそれは僕も同じではあった。
結局、『アズライール』の死の宣告を警戒して、『サンダルフォン』が発動したままだったから。
「たった一人でどうしてそんなに戦える」
大地の勇者が聞いてくる。
「孤独に戦い続けることは慣れている」
誰も助けてはくれない。
倒れれば、その場で朽ちて消えるだけだ。
いつもそうだ。
今だって変わらない。
だけど今までと違うのは、もう気持ちは孤独じゃない。
きっとエレンもカレンちゃんも別の場所で頑張っている。
魔王だってそうだ。
本当は戦うのが嫌いなくせに、
他の魔族のために命をかけて戦っている。
勇者の僕が諦めるわけにはいかない。
だけど、思いだけではどうにもならないこともあるのも確かだ。
僕の魔力と、エーテルは終わりが近い。
「君は確かに強いが、確かに私たちを殺す気はないようだ。これ以上どうするつもりだ」
大地の勇者は一旦引いて、部下に回復するまで戦わせればいい。
サラマンダーとウィンディーネに好きにいたぶられて、ボロボロだろうが、
僕は、殺すことはできない。
したくないから。
「人が発展できた理由は、魔族の侵攻が弱くなったとだけ思っているのだろう」
ここ十年、精霊達は僕のそばにいた。
本来精霊達は気まぐれだ。
僕の怨嗟の声を聞き狂暴になっているにもかかわらずにだ。
なぜなら、僕はずっと精霊たちに全力で力を振るわないようにもお願いしてきたのだ。
竜種以外には。
「神の奇跡と自然の脅威どちらが恐ろしいかわからせてやる」
僕は三体の精霊を使役するのを止めた。
「さあ、精霊達よ。たまには好きに暴れるといい」
ウィンディーネが洪水を
サラマンダーが灼熱を
シルフが大風を
ノームが地震を
それぞれ行使した。
嵐が吹き荒れた。




