勇者勉強会をする
僕がインした瞬間に
(メンバーに選ばれました)
この間はあれだけ時間がかかったのに、
今度はすぐだった。
(ラブラブカップルコース)
勝手にコースが選択されて、
(自動プレイモードを開始します)
視界が一瞬暗転すると、
なにやら、明るい色合いの部屋に変わった。
魔王が目の前にいる。
僕らの間には、小さな机があり、ノートや本が広げられていた。
深い色をした瞳がまっすぐに僕を見つめてくる。
視線は外すことができない。
「一緒に勉強頑張りましょうね」
彼女はにっこり笑う。
「うん。頑張ろう」
僕らは、お互いに励ましあった。
「どこかわからないところがありますか?」
綺麗な声で僕に聞いてくる。
「ここかな」
僕がノートを指さすと、彼女は、僕の隣に座って身を乗り出してきた。
長い髪が僕の手に触れる。
鉛筆を持って、小首をかしげる仕草が可愛くて、
とても勉強どころではない。
近くにある彼女の顔に吸い込まれそうになり……。
(自動プレイモードを終了します)
いつものように金縛りが解ける。
彼女の雰囲気が一気にいつもの感じに変わった。
「どうかな。彼女の家で、ラブラブ勉強会は?」
魔王は得意気だった。
「不意打ちやめろよ」
完全に油断していた。
定期的に情報交換をする約束。
当然真面目な約束だったから、自動プレイモードで来るとは思っていなかった。
告白コースでない時点で少し察したが、その時点ではもう遅い。
僕に拒否権はなく身構えることしかできない。
「私の魅力が十分に伝わったであろう?」
「そうだな!」
僕は投げやりに答えた。
共闘すると決めた途端に、いつもの感じに戻りやがって。
……。
いや、まあ、少し安心した。
どんな顔をして会えばいいのかわからなかったから、
ちょっとだけありがたかったのも確かだ。
僕は自分の気持ちをごまかすように、質問した。
「これはなんなんだ。変な暗号ばかり書いてあるが」
「数学だな」
「数学?」
僕も買い物をするから、数ぐらいならわかる。
数と数の間に変な記号があり、なんのことかわからない。
「このくらいわからないと、ゲームは作れないぞ」
魔王はすらすら問題の答えを書いて見せる。
僕にはあってるかどうかすらわからない。
「例えば、二進法はわかるか?」
「二進法?」
「親指に1、人差し指2、中指4、薬指8、小指に16の数をわりふると片手できれいに31まで数えることができる」
僕は、指を伸ばしたり曲げたりして、数を数えていく、一つも漏らさず31まで数えることができた
「本当だ」
「二進法を使うとオンとオフで数値を表現できる」
「へぇー」
「あとはプログラムができないとダメだな」
「プログラム?」
「例えば、ミッションで学校にいこうとメッセージがでていたとするだろう。学校にたどり着いたところで、イベントを発生させたり、ミッションを切り替えたり、設定してやることだな」
「そうか。あいうのも魔王が設定してくれていたんだな。映像はどうしてるんだ?」
「基本的には、私の思念を絵にしたものだと思えばいい」
「絵? でも動くぞ」
「細かく何千枚何万枚の絵を次々流すことで動いているように感じているだけなのだ。背景と人物は別の絵になっているので、人物はかなり動く」
僕は手を開けたり閉めたりしてみる。
つまりこれも、手を開けている絵と閉めている絵とその途中の絵がいっぱい用意してあるということなのだろう。
「実はキャラメイクできるすべてのパターンで映像を用意しているから、かなり大変なのだぞ」
「確かに毎月金貨3枚も金をとるだけのことはある」
「時間ができたら、君にももっと詳しく教えてあげよう」
「よろしく頼むよ」
時間ができたら、魔王はそう言った。
今はのんびり話している時間はない。
「では、そろそろ本題に入るか」
魔王がまじめな顔をして、仕切りなおした。
「そうだな」
「そっちはどんな感じなのだ?」
「多分、明日大地の勇者は出撃すると思う」
「いよいよか。本当にお願いしてもいいのか?」
作戦は、魔王軍が、天空の勇者の軍隊と南の勇者を追い返すまで、僕が大地の勇者を引き受ける。
ただそれだけだ。
「任せてくれ。でも、僕は進軍を阻むだけだ。人間を殺すことなどできそうにない」
僕は魔王軍に入ったわけではない。
僕が目指すのはあくまで和平だ。
人間の敵になったわけではない。
「形勢が逆転したら、必ずそちらにも援軍を送るから、それまではよろしく頼む」
「ああ」
僕はうなずいた。
「それから私も出撃することにした」
魔王は腹をくくったようだった。
「天空の勇者は、部下たちに任せるが、南の勇者は部下たちでは勝てそうにない。私が対決する。ただ部下たちのおかげで、南の勇者の魔法もわかった。倒せると思う」
「そうか」
僕は感情を押し殺して、うなずいた。
南の勇者には、共感を抱いていたから。
死んでほしくはないと思っていた。
僕は、言うか言わないか少し迷って、言うことにした。
僕はカレンちゃんを助ける方を優先すると決めたのだから。
「でも気をつけてくれ。きっと南の勇者には、隠し玉があると思う」
「隠し玉?」
「多分、南の勇者が契約している悪魔はニ体いる。割れている能力はなんだ?」
「大量の蠅を使うそうだ」
「蠅? ベルゼブブか。メインの方の悪魔も大物だな」
暴食の異名を持つ、魔王だ。
大量の蠅で、敵を喰らいつくす魔法を得意としている。
「君のように話し合いでというわけにはいかないだろうか」
魔王がそんなことを言う。
話し合いで、すべてが丸くおさまるのなら確かにそれがいいだろう。だが、
「無理だろうな。南の勇者は僕と同じように魔族に家族を殺されたと思う」
僕が魔法屋でよんだ本には南の勇者の人生が詰まっていた。
「しかも、殺されたのは妻と子供だ」
家族を失ったのは、僕も同じだ。
比べられるものではないが、守るべき未来を失ったのはつらいだろう。
「それに暗黒魔法は、僕の精霊魔法と違いリスクが大きいんだ。一体までなら、そう簡単に死ぬことはないが、2体ならほとんど寿命もないだろう」
悪魔は魂を喰らう。
人間の魂は減ったら終わりといったものではなく、魔力が回復するように、魂も回復する。
ただ悪魔二体では、回復力よりも魂が目減りする方が早いだろう。
僕よりも魔族を倒すためにささげた覚悟が違う。
僕は、明確に七色の竜種一体を恨んでいたが、
南の勇者は、範囲攻撃特化のベルゼブブを選択していることから、
多分魔族全体を恨んでいるように思える。
「勝つ自信はないな」
魔王がぽつりとそう言った。
「おい。しっかりしてくれよ」
魔王の勝敗に、魔族のカレンちゃんの未来がかかっている。
「部下達の前では、私が負けるわけなかろう。わっはっはと見栄張らなくてはいけないのだ。君の前ぐらい弱音を吐かせてくれ。勝つ自信はないが、負けるつもりもない、君が道を照らしてくれたのだ。今までの私とは違う。何としてでも成し遂げて見せる」
魔王もそうだが、僕が負けても、魔族は終わりだろう。
勇者一人に負ければ、魔族は終わりだ。
逆に言えば、全員どうにかできれば希望はある。
西の勇者である僕は魔王の友達になったのだから。
魔王は僕にむかって両手を広げた。
促すような顔をしている。
「どうしたんだ?」
意味が分からなくて、僕は聞いた。
「最後に別れのハグでもしようではないか」
とんでもない提案に僕は動揺してしまう。
「おまっ。するわけないだろう」
「もしかしたら、もう二度と会えないかもしれないのだぞ」
「負けるつもりはないんだろ」
「だいたい君は、このゲームの主旨を理解しているのか?」
「それは……」
「このゲームは不特定多数とイチャイチャするためのゲームなのだぞ」
「なんかもっと言い方があるだろう」
言い方が不適切すぎる。
「だから普通は恋愛シミュレーションMMORPGといっているだろう」
「それだと僕は恋愛しか意味がわからない」
シミュレーションも、MMOも、RPGも意味が分からない。
「意味は不特定多数とイチャイチャするだ」
一周して元に戻った。
魔王は口をとがらせる。
「いいじゃないか。もう同種で恋愛できないくらい数を減らした竜種を慰めてくれても」
「殺されないと分かったからって、罪悪感を煽るなよ」
数を減らしたのは、僕だけど、それは言わない約束だろう。
魔王はぐぬぬと呻く。
「君は勇者だというのに意気地なしだな」
「君は魔王にふさわしく口が悪い」
「では次はハグする自動プレイモードを用意するぞ」
脅すようにそんなことを言う。
「わかったよ。次会う時までには覚悟しておくから」
僕は観念して、そう答えた。
魔王は、僕の回答に満足して笑顔になった。
「そうか。なら絶対死ねないな。楽しみにしてるぞ」
そう言って、魔王はログアウトしていった。




