勇者ゲームを再開する
僕は、ギルドに報告した後、宿屋に帰る前に、魔法屋によることにした。
相変わらず、いかにも魔女といった風貌のばあさんがのんびり店番をしている。
「勇者様どうかい? ゲーム魔法はおもしろいかい」
「ああ、楽しいよ。今日は、更新にきたんだ」
「やっぱり、そうなのかい。買ったお客さんは、みんな更新にくるんだよ」
「みんな楽しんでるみたいだね」
フリーモードでインしたときに、他のプレイヤーをちらちら見かけるので、それなりに人気が出始めているのだろう。
「あたしもやってみようかね」
「ははは、いいんじゃないか」
美少女の中身が老婆ということもあるだろう。
僕が操るキャラは美少年。
実際の僕を見たらみんながっかりするだろう。
お互いに中身を気にしなければいいだけの話だ。
僕は出会った人を見た目通りの人間だと信じて遊んでいる。
「ばあさんとも、ゲームの中で出会うかもしれないな」
僕はそんなことを言いながら、金貨3枚ばあさんに手渡した。
ふと本棚を見ると、前からおいてあった、魔導書
『悪魔ニ体同時契約の秘儀』の著者名が目に入った。
聞き覚えのある名前だった。
「南の勇者か」
悪魔契約は、リスクが高い魔法だ。
一体従えるだけでも、心弱きものは命を落とす。
それを二体も従えようとするなんて。
南の勇者は僕とは別の方法で、それでいて、僕と同じように魔族を恨んでいるのだろう。
悪魔に魂を売ってでも晴らしたい思いがあるのだろう。
それで、同じような想いを抱えたもののために魔導書を残しているのだ。
僕は、パラパラ、本を眺めてみた。
「お前も頑張ってるんだな」
会ったことはないが、同じ四方守護勇者として、共感を覚えた。
宿屋に帰って早速ゲームにインすると、
(メンバーに選ばれました)
(告白コース)
(ロード中、しばらくお待ちください)
「このパターンは開発者様か」
また強引だなと思っていると
(イベントをスキップします)
と表示された。
幼なじみライバルモードは、朝の両親との会話が毎回違ってできなかったが、
同じメンバーで同じイベントにあたると、イベントをスキップできるようだ。
突然、情景が目の前に現れる。
夕暮れの机の並んだ教室。
銀髪の彼女が隣にいた。
儚げで幻想的な雰囲気。
今日はなんだか少し伏し目がちで、
いつものからかうような雰囲気がない。
映像なので実際をどれだけ反映しているのかわからないが、顔色が悪い気がする。
「どうした? 具合が悪そうだが?」
僕の質問には答えずに、目つきを鋭くした。
「君が、ドラゴンを倒したというのは本当か?」
「ああ、そうだが? どうしたんだ」
随分情報が早いな。
ギルドにも報告したし、それより軍の関係者は、先に国に話が出回っているから噂がで回っていても不思議ではない。
ただいつも、彼女は情報に疎かったはずだが。
そんなことより、彼女は少しふらついていて、足取りが悪い。
「体調がわるそうだな」
僕が心配して手を出そうとすると、はじかれた。
「よくも、姉さまを」
「姉さま?」
開発者様は、慌てて口を押えている。
よくも? 姉さま?
誰が誰の姉?
「あの火竜が、姉?」
結論は簡単だった。
「お前、魔族か。しかも竜種?」
それでも僕は信じられなかった。
僕は彼女の次の言葉を待った。
「そうだ。私は竜種、しかも現魔王だ。恐れおののくがいい」
彼女がしゃべった真実が僕の心の中で一つにつながった。
急速に切り替わっていく。
クランからクラインに。
ゲーマーから勇者に。
恐れおののく? 誰が何に?
侮辱するのも大概にしろ。
「僕は勇者だぞ、魔王ごときで、恐れるものか!」
彼女を上回る怒号。
怒りが極限まで高まり彼女を威嚇する。
「きゃあ」
魔王と名乗った彼女が普通の女性のように悲鳴を上げた。
僕は剣を取ろうとして、この場にないことを思い出す。
僕は、近くの机を押し倒しながら、
そのまま素手で目の前の彼女……魔王の首に手をかけた。
(フレンドが解除されました)
メッセージが現れると、僕の手が彼女からはじかれた。
「はあ、はあ、私が竜種だとわかった瞬間、君は情けも、容赦も、ためらいすらないのか」
安全機能が働いていた。
彼女と僕はフレンドでは……友達ではなくなっていた。
「ここはゲームの世界だぞ。私を殺せるものか」
そんなことはわかっているが、竜種だと分かった瞬間僕の体を恨みが突き動かした。
これはもう衝動だ。
竜種を殺せと、心が叫んでいる。
友達でなくなった悲しみより、怒りが上回っている。
「なんで僕に近づいた! 僕が勇者だと分かっていなかったのならともかく、君は僕が勇者だと知っていただろう」
彼女はわかっていたはずだ。
僕が勇者であると、しかもただの勇者ではない。
竜殺しの勇者であると。
「今の君達勇者は強すぎる。魔族が簡単に滅ぼされてしまいそうなほどに。だからね。1人ぐらい仲間にしようと思ってね。交渉の場を設けさせてもらったのだよ」
「仲間などになるわけないだろう」
僕の大切な人たちが何人竜種に殺されたと思っているんだ。
「そうだな。今思い知った。君があんまり普通に楽しそうに話すものだから、時々私も忘れそうになっていた。ゲームの中では、君がドラゴンを倒せるなどと信じられなかった。君がこれ以上ドラゴンを倒さないでほしいとどれほど願ったか」
「僕は君が竜種であるなどと、微塵も考えたことはなかった」
初め警戒はした。
だけど結局、彼女の言葉をすべて信じた。なのに……。
「もういい。演技は終わりだ」
演技っぽいとは、思った。
だけど、本当に演技だとは思わなかった。
「君からこれ以上ほしい情報もない」
話せることはもう話してしまっている。
僕のこと、僕が知っている勇者のこと。
何もかも。
「話すことはもうなにもない」
僕が竜種に話すことなど、恨み言だけだ。
最初から他に話すことなど何もなかった。
「絶交だ」
彼女は言い切った。
絶交。
そうだ本来であれば、交わる方がおかしかった。
最初からそうであるはずだった。
「おい。待て」
僕が手を延ばす。
手がはじかれるわけではなく、空を切った。
勝手に近づいてきて、勝手に離れていって、
僕の心をかき乱すだけかき乱して、
本当に竜種は勝手すぎる。
魔王の姿はどこにもない。
魔王はログアウトしていた。




