勇者ドラゴンと戦う
「つけられてるな」
僕は、数日かけて、ドラゴンの探索を行っていた。
途中から、つけてきている気配を感じていた。
多分、つけているのは、魔族ではなく人間だ。
「シルフ、ちょっと見てきてくれないか?」
精霊魔法を使えないものにとって、精霊は見えない。
シルフは斥候として優秀だ。
ふわりとつけてきている人間の方に飛んでいくと、確認して戻ってくる。
「敵意はない? 装備もしっかりしているか」
なら、多分、軍のものだろう。
僕がドラゴンを倒せるかどうかの確認といったところだろう。
僕が倒されてしまったら、いよいよ町に被害が及ぶので確認しているのだろう。
なので、町長の娘が思っている以上に軍は町の防衛の為に働いている。
立派な王だ。
ちゃんと民衆のことを考えている。
軍の斥候はわざわざ接触してくることはないだろう。
僕としても、ドラゴンを討伐した後で、本当に倒したかどうか疑われる必要もなくなるので、メリットがある。
振り切らずに、ほどほどの距離感で保つことにしよう。
山岳地帯を探索していると、空に大きな竜が飛んでいた。
「ようやく見つけた」
竜を見た瞬間、村が、家が、友が、両親が燃えていく姿が脳裏をかすめた。
恨みが僕に戦う力をくれる。
武闘大会でもらった剣ではなく、背負っている無骨な大剣を手に取る。
僕が竜の前に剣を構えて、飛び出す。
「さあ、ドラゴン戦おうじゃないか」
僕がそういうと、
「ぐっ、西の勇者か」
ドラゴンは僕を一瞥して、翼を翻した。
高度をあげて、離れていく。
どう見ても、逃げ出そうとしていた。
以前一匹逃がした所為で、ドラゴンに僕の顔が割れている。
最強の竜種が僕を見ただけで逃げ出すとはふざけている。
「プライドはないのか。お前らに」
はらわたが煮えくり返りそうだった。
「誰が逃げていいと言った。戦えドラゴン! お前らは、誰一人も逃がさなかっただろうが。シルフ!」
僕の呼び声で、風の精霊がドラゴンに巻き付き、大地に叩き落す。
「ぐはッ」
腹から叩きつけられて、ドラゴンが苦し気に呻く。
「ノーム」
大地が鳴動し、岩や土が、枷のように、巻き付いていく。
「戦う気がないのなら、答えろドラゴン。七色の鱗のドラゴンはどこにいる?」
「お前が七色のドラゴンが誰か知るとき、絶望するだろう」
意味がよくわからない。
頭にくる回答だった。
慈悲は一度だけだ。
二度はない。
「答える気がないのなら、お前に用はない。ウィンディーネ」
唐突に空中に水滴が現れる。
渦のように空高く巻きあがる。
圧倒的な水量が降り注ぐ。
何万トンもの量が高所から落ち続ける。
ドラゴンの巨体でも関係なしに、骨を砕き続ける。
「がはぁああ、答えるから、助けてくれ」
「そういえば、答えると言ったから、拘束を解いたのに逃げ出した水竜がいたな」
いまさら命乞いしてももう遅い。
「お前らは、残忍で嘘つきなクズの種族だ」
ドラゴンは、僕らの命乞いを聞きもしなかったのだから。
僕がきいてやるいわれはない。
僕は剣を構えた。
僕が竜の近くまで近づくと、
火竜は口を大きく開けた。
ドラゴンブレス
マグマをも凌ぐ高温が僕に降りそそいだ。
「どうだ。人間がこのブレスで生き残ることは……」
神聖魔法『サンダルフォン』
天に上った天使が、狂ったような回復の歌を歌う。
信仰が奇跡を生む。
「あっはっは」
僕は燃える炎の中笑っていた。
この程度の炎で。
あの日、僕の家族が、友達が、村のみんなが浴びた苦しみに比べれば、どうということはない。
「火竜が聞いて呆れる。人すら燃やせないとは」
神話の時代を生きたと言われる竜種すら、本物の神が起こす奇跡の前になすすべもない。
仮初めの姿を得た天使が歌を歌いながら、僕の嘆きを受けて、血の涙を流す。
焼けただれた肌は元には戻らないが、それ以上燃えることもない。
ドラゴンの息吹よりも、天使の回復力が強い。
ノームは手足を締め上げ、ウィンディーネは、水圧で、背骨を砕く。
「魔法だけで死んでくれるなよ」
この手で恨みを晴らすため、肉体も死ぬほど鍛えたのだ。
身の丈ほどもある、大剣を力いっぱいドラゴンに振り下ろす。
僕はドラゴンの足を切り落とした。
「ぎゃあああ」
ドラゴンの叫び声が心地いい。
「お前らも僕らの叫び声を聞いただろう。今度は僕にお前の叫び声をきかせろ」
僕は叫び声が弱まるタイミングで、次の手を切り落とした。
両手両足すべて切り落とすと、まな板の魚のように、ドラゴンがのたうちまわっている。
僕は手足だけでは物足りず、乱雑に、鱗をはいだ。
「ぐぎゃああああああ」
ドラゴンの叫び声が、みんなへのレクイエム。
失ったものを全部取り戻したくて、取り戻せなくて、渇望の怨嗟が無限にわいてくる。
「はっはっは」
感情が壊れて、自然と笑いが漏れた。
笑った拍子にカランと仮面が落ちる。
爛れた肌が剝き出しになる。
「化け物め」
火竜が僕の顔を見てそう言った、
「誰が僕をこうしたと思っているんだ」
この肌が、みんなの恨みの象徴た。
「僕は勇者、竜種を滅ぼすものだ」
僕は大剣を竜の首に向かって振り下ろした。
僕は仮面を拾う。
「こいつも違ったな」
僕は命を散らしたドラゴンの首を蹴りながらそう言った。
火を吐くというから、期待していたのに。
「たいしたことなかったな」
自慢のドラゴンブレスがすらあの程度。
何一つ僕に有効な攻撃がなかった。
初手で逃げ出したのはドラゴンにとっては確かに賢い判断だった。
「もう、竜種は僕の前に現れないかもしれないな」
あの日見た、七色に輝く鱗を持つ竜種。
本当の復讐の相手は、その竜一匹だ。
僕の寿命は百年もない。
竜種の寿命は万年ともいわれている。
嵐が過ぎるのを待てばいい。
もう出会えないかもしれない。
「もっとまじめに魔導書、書かないとな」
嵐を永遠にするために、後世に魔法を伝えていく必要があった。
サラマンダーが暴れたりないと抗議している。
「次は暴れさせてやるよ」
暴れたりないのは僕も一緒だ。
精霊たちは、僕のエーテルと気持ちに呼応しただけだ。
ただの鏡。
自然に写した僕自身に過ぎない。
つまりは独り言。
孤独。
僕は一人。
ドラゴンを倒したというのに、喜びを分かち合う仲間もいない。
終わってしまえば虚しさしかない。
軍の斥候が戻っていく気配があった。
「報告は任せるか」
怪我もしていないとはいえ、魔力やエーテルはかなり消費しているので、疲労感がものすごい。
サラマンダー以外の精霊達は、休ませないと拗ねてしまうだろう。
僕はほどほどの速度でのんびり歩いて帰ることにした。
仕事は終わった。
やるべきことは、今はない。
「帰ってゆっくりゲームでもしよう」
あとになってもっと急いで帰ればよかったと後悔した。




