勇者と町長の娘
「どうして、軍はドラゴン退治に来てくれないのよ!」
探索からかえるとギルドの受け付けで、小娘が一人騒いでいた。
「私は町長の娘よ。こんなに税金払ってるのに、国はなんで動いてくれないの」
グルグル眼鏡の受付に文句を言っている。
「それは、勇者様がドラゴン退治の依頼を受けたからで……」
気弱そうな受付はそう答える。
実際そうなっている。
僕ら四方守護勇者が高難易度の依頼を受領すると軍は、それ以外を優先する。
そうやって市民を効率的に守っているのだ。
「その勇者はどこにいるのよ」
「そこに」
受付が僕を指差した。
言うなよといった顔をすると、受付は青ざめる。
小娘の方は顔を真っ赤にして、こっちに来た。
「あなたが勇者? どうして早くドラゴン退治をしてくれないの」
「今はドラゴンを探しているところだ」
今は、シルフの魔法で日帰りできるところを探索中だ。
一カ所にどどまっているわけではないらしくいまだに足取りがつかめない。
場所が絞れてきたら、遠征する必要がある。
ドラゴンも警戒しているのだろう。
倒すよりも、出会う方が大変だ。
「こっちは高い税金払っているのに、真面目にやってるの?」
小娘はこっちの苦労を何一つわかっていない。
「お前がいう、税金とやらは、僕には、四方守護勇者には一円も入って来ないんだよ。文句は軍所属の森羅万象勇者にでも言うといい」
それに町が税金以上にお金を積めば軍は動いてくれる。
兵隊を雇うにもお金がいる。
それも沢山。
よくもまあ、そんなことも知らないで、税金を払っているとギルドで言えたものだ。
「オークだって街中うろうろしているのを私見たのよ」
確かに、掲示板にそんなこと書いてあった気がするが。
「そんなことは僕には関係ない。僕はボランティアで戦っているわけではない。どうしても僕にオークを倒して欲しければ、お金を渡せ」
「いくらよ」
「金貨50枚だ」
「そんなに……、普通相場は金貨一、二枚でしょ」
だからこそ、僕がそんなことをしている場合ではないのだ。
「勇者に頼むということは、そういうことだ。世間知らずのお嬢さん」
小娘は頭にきたのか、僕の顔を叩く。
パンッ!
カランと僕の仮面が落ちた。
「ひぃ」
仮面を付けた大男は怖くなくても、ただれた顔は怖かったらしい。
「戦うということは、こういうことだ」
小娘は、へたり込んでしまっていた。
僕は床に落ちた仮面を拾いながら、ぐるぐる眼鏡の事務員に向かって言った。
「おい。受付、この小娘に討伐依頼の仕組みを教えてやれ」
「は、はい」
事務員は、町長の娘を受付の方に案内してくれた。
ドラゴン注意報とは、近くでドラゴンを見かけたその程度の情報だ。
ただその程度の情報でも、逃げ出す理由としては十分。
町の人々も、少し減ってきている気がする。
ただ小娘は町長の娘と言っていたので、逃げ出したくても逃げ出せないのだろう。
気が気でなくなって、ギルドに飛び込んできた気持ちもわからなくもない。
もうちょっと優しくしてやってもよかったのかもしれない。
だけど、勇者は聖人でもなんでもない。
ただの称号だ。
四方守護勇者は傭兵の最高位という意味合いでしかない。
僕だって本当は戦いなんてしたくないんだ。
それでも、どうしても倒さなくてはいけない魔族が一人だけいる。
そいつさえ倒せれば、あとの魔族はどうだっていい。
他の魔族は、お金を得るため、強くなるためについでに倒しているにすぎない。
小娘はないていた。
「あんなに大柄なくせに、僕なんて言っちゃってさ。気持ち悪い」
そのくせ、口ばっかりは達者だった。
僕が傷つかないとでも思っているのだろう。
泣きたいのはこっちの方だ。
町がドラゴンに襲われれば、ちゃんと守ってみせるというのに。
こんな嫌な気持ちも、エリックとカレンちゃんと話していれば、薄れるだろう。
現実なんてくそくらえだ。
あのゲームの世界が本当の世界だったらどれだけよかっただろうか。




