御歳魂と老婆
今回のブラックユーモア焙煎度
苦味:★★★★
重量感:★★★★
コク深め:★★
正月といえば、お年玉、餅、凧揚げ、年賀状、連想するのはいくつかある。
でも、僕が正月になると連想するのは老婆だ。
あの時の記憶は、へばりついた餅のように今でも忘れていない。
あれは僕が小学生、低学年の頃だ。
当時は田畑が多く、のどかな場所に住んでいた。
正月は学校も休みで朝から友達5人と遊んでいた。
「おいで。そこのお前たち。おとしだまをあげるから。ちょっときなさい」
あぜ道で、みずほらしい老婆が手招きをしていた。
僕達は顔を見合わせる。
「お年玉やるってよ」
「どうする?」
「行ってみるか」
僕たちは老婆に近寄る。
こっちじゃ、こっちと。くるりと振り返り歩き出す。
「どこまでいくの?」
「すぐそこじゃ。お年玉は家にあるんじゃ」
家まで行くの? めんどくさ。おもしろそうだから行ってみようぜ。
そんなことを口々に言いながら老婆についていく。
「ここじゃ。さあ、上がっておくれ」
外壁は崩れ、窓ガラスを割れており、人が住んでいるようには思えない家だった。
見た目の不気味さに僕らはたじろぐ。
「どうした? さっさと靴脱いであがれ。お年玉やるからよ」
老婆は中へと入っていく。
昼間というのに、中は光がさしておらず、真っ暗で何も見えない。
「なあ。やっぱり、やめないか?」
僕は言う。
「ああ。そうだな」
友達みんなも賛同した。
何も言わず、そこから立ち去ろうとした時だった。
家から老婆が出てきた。
「あれ。ここまで来て帰るのかい? おとしだまはいらんのかい?」
「お年玉は欲しいけど、知らない人の家に入っちゃダメって言われているから」
友達の一人が言う。僕らもそうそう。と合わせて一斉に頷く。
「あれ。そうか。じゃあ、玄関先で待っておくれ。そこであげるからの」
老婆は無理やり僕らを玄関先へと促した。断り切れず仕方なく玄関先まで入る。何かあったらすぐに逃げ出すつもりだった。
「ちょっと待っとれな」老婆は奥へと消えていく。
玄関先から漂うかび臭い匂いと廊下の脇に積まれた段ボールとゴミ。
それと靴箱の上には、埃を被った小さな子供が映る写真が飾られている。
こんな汚い所に住んでいるのかと、僕は老婆を軽蔑した。
「なあ、もう帰ろうぜ」
こんなところに長居をしたくない僕は扉に手をかける。
その時、襖の奥がピシャリと開き老婆が出てきた。
老婆は手になにか持っている。
「餅?」
老婆が持っていたのは餅じゃった。
「おとしだまじゃ。昔は餅をあげていたんじゃ、ほれ」
老婆はそういうとラップで包まれた餅を人数分、手渡してきた。僕らはそれを受け取る。
「あっ、はい。ありがとうございます。」
餅を受け取った僕らは、そそくさと家を出た。
お年玉が餅って。僕らは心底がっかりしていた。
「どうするこれ?」
手元の餅を見る。あのボロ家で老婆が作った餅。焦げ目がなんとなく黄ばんだ汚れに見えてくる。
とても食べる気など起こらなかった。
「いらね」
友達の一人がふざけて老婆の庭に餅を放り投げる。
僕達も笑いながら次々に放り投げ、そこから急いで逃げた。
老婆は何人もの子供に声をかけて餅を配っていたらしく噂になっていた。
学校では不審者として扱われ、近づかないようにと回覧版も回ってきた。
なぜ餅を配っていたかについてだが。
誰から聞いたかは忘れたが、老婆には病気で亡くなった孫がいたそうだ。
それで死んだ悲しみから子供達にお年玉と言って餅を配っていたとか
お年玉の由来については、こんな話しがある。
お年玉は正月に歳神様を迎えるために供えられた餅だそうだ。
霊魂が宿った依り代という象徴。その餅はお供えした後に子供に分け与えられる。
その餅が「御歳魂」と呼ばれたことから、お年玉となったそうだ。
1年間を生きるために必要な歳神の霊魂を子供に分け与える。
そうすることで、子供の無事な成長を願うという意味がある。
老婆はそんな思いを込めて僕達に餅を配っていたのかもしれない。
僕らが庭に捨てた餅を見て老婆はどう思ったか。
今はもう分からない。
あの後、老婆はふざけた中高生らの暴力によって殺されたのだから。