31話
私は……。私は普通に生きたかった。
普通の子として成長して、友達を作って毎日他愛のない話をして盛り上がって、家事の手伝いをしてお母さんに褒められて、調子に乗って料理して失敗して、それでも家族は文句を言わずに美味しいと言ってくれる。
勉強もそこそこ頑張っていい学校に入学して、恋をして恋人を作って、仕事も頑張ってそしていつか結婚して幸せな家庭を築きたかった。
全部叶わなかった。
私は一ちゃん(いち)に人生を弄ばれていた。
井上勝くん。
彼は本当にいい人だった。
入れ替わっても私を見てくれていた。
命が危なくなっても、一生懸命で。
そんな彼は出会った時から変わらず優しい人だった。
そんな彼と……。彼と私は生きたかった。
「嫌だ……。死にたくない……!私はまだ……!」
気がつくと大粒の涙が頬をつたい、顎から零れて石畳をボロボロと濡らしていた。
「大丈夫、一ちゃん(かず)は死なないよ」
声がした。私にとっては死神の声が。
顔を上げる。そこには小さな女の子がニコリとしていた。
「一ちゃん(いち)……」
「大丈夫、かずちゃんの魂は無くなるけど、肉体は残るんだよ?その肉体に私という魂が入る。そうすれば数百年は生きれる。私たちはこれからも一緒。素敵でしょ?」
「私は私として生きたい……!あなたが私の肉体に入ったら、それはもう私じゃない……!」
涙を流したまま叫ぶ。
「そっかー、拒否するかー」
一ちゃんは、駄々をこねる子どものわがままに呆れたように肩をくすめた。
「本当は、もうちょっと生かしておくつもりだったけど」
そう一拍置いて、残酷な言葉を口にした。
「死んで」
その瞬間、私の足元に黒い影のようなものが広がった。
そして、その影は私を底なし沼に沈ませるように吸い込んでいく。
影は足を。膝を。
どんどん私の体を沈めていく。
足を動かしてその沼から抜け出そうにも太ももまで埋まった体は言うことを聞かない。
「一ちゃん!私はあなたを許さない!たとえ神に罰を与えられようと私はいつかあなたという存在を殺す」
そんな私の喚きに彼女はニコッとした笑みを崩さずこう言った。
「馬鹿だなぁ、神は私だよ?」
闇が、無慈悲に私を吸い込んだ。
私の意識はそこで、電源が切れたようにブツンと途切れた。




