ダアト
対消滅。エネルギーが放出される。エネルギーは、光、音、熱となり……お互いを焼いていく。
──「《CHANGE - ALTER》」
そして……
『 』のセフィラが顕現する。
……『ダアト』のセフィラが。
エネルギーが全て発散され……光が晴れる。パルガンの身体はシャボン玉のように虹色が揺らめき、向こうの景色が透けて見える。セフィラの顕現した姿。
アルターは、空気を固体にして形成される装甲を纏った、見慣れた姿だ。その装甲の内部は、異形の姿なのだろうが。
ただ、パルガンの手に握られていた刀は全て消え去り、お互いに武器を持たぬ状況に陥る。お互いにそれを知っている。目が合う。
そしてお互いに近づき、黙って拳を振りかぶる。
拳と拳がぶつかり合う。互角──かに思われた。
「!?」
瞬間、パルガンの拳は弾けた。
「……《イェソド》」
「なに?!」
なんの説明もなかった。クリフォトも現れず、ヤツエルは目を覚まさない。だが、アルターは瞬時に理解した。
ダアトとは、他のセフィラを束ねる存在であるということ。ダアトが顕現したパルガンは今、解放されていないコクマーとケテルを除いたセフィラの力を借りることができる。今まで戦ってきたゼニス・ワンダラーの力を。
「《ホド》!」
魔法陣の帯がパルガンを囲う。魔法により実体化するエーデルの攻撃のビジョン。繰り出されるスペリオルは、周囲の風を巻き込む。
「《טִפּשׁוּת》」
アルターの答えは、能力の発動。
アルターの体は光の粒子に変わる。風圧で穴が開き、風で飛ばされるように浮遊。そして、アルターが再び実体化していく。
「装甲が!?」
しかし固体空気装甲は粒子化に着いてこられなかった。アルターは一糸まとわぬ姿。やはりセフィラ顕現のせいで肉体はもはや異形に変化している。
「《ティファレト》!」
瞬くうちに、パルガンの背に大量の魔法陣が展開される。光星波動が全ての魔法陣から放たれ、アルターを襲う。
「《טִפּשׁוּת》」
粒子化。
「《ビナー》」
今度は元の1人ではない。小さなアルターになって、集団で襲いかかる。
「《ケセド》」
ビナーの近未来予知でで先にその光景を見たパルガンは、ケセドの波動を放つ。それはアルターの集団を一斉に麻痺させた。
「《マルクト》!」
麻痺した集団に2本目の波動が的中すると、モヤになって消えていく。一体だけが残ると、モヤが粒子に変わって集まり、元のアルターに戻る。
「くっそ、剣なくても強いのかよ!!」
「みんなの思いを背負ってるんだ!!」
油断したところにパルガンの拳が叩き込まれる。またも拳は爆ぜて、アルターはよろける。
「だったら俺の思いも乗せていってくれよ!」
「なにをぉ!!!」
さらに追い討ちの拳。今度は体を大きく逸らしたアルター、その勢いを乗せてカウンターを叩き込む。デンプシーロールというもの。
「《ビナー》……あっ!!」
「ハァッ!!!」
パルガンはカウンターのパンチを間一髪で避ける。しかしビナーによる先読みではその他に……自分が続けて繰り出されるキックを避けられない未来も見えた。
腹部に一撃。ガードも出来ず、口から液体が吹き出す。軽くうずくまる。
「…………どうして……どうしてサルファなんかの為に戦うの……あんなやつ、あんなやつのために僕たちは死んだんだよ!!!」
「理由なんて!!」
「アルター、君を信じさせて欲しいんだよ……僕がアルターをあの日救った、文明としては敵対していたのに! 火が水を助けたことを! 間違いじゃなかったと信じさせてよ!!!」
立ち上がり、走り出したパルガンが、繰り出す一撃を、アルターは避けない。
爆ぜる拳に、今度はアルターがうずくまる。
「理由などどうでもいい……話したところで……それなら!」
「それでも!! 君と友達で居たいんだよ!!!」
辺りが静まり返った。雨が降り出して、暗雲が太陽を覆い隠す。
「ブレンは仲間だった……僕たちは最後まで仲間だった……洗脳がゼニスじゃないなら! どうして君はサルファを選んだの!!」
「……そうだな、ゼニス・ワンダラーにする時に発動している能力は洗脳じゃない……ゼニスの能力は『思い出させる』能力……正確には、レイヤーを破壊する能力。ゼニス・ワンダラーには人間としてのレイヤーが貼り付けられている。それを破壊する能力。」
アルターは空を仰ぐ。どんどん強くなっていく雨が、顔を打ち付ける。
「俺とお前は仲間だ……だが……思い出したんだ……サルファは……サルファは……」
言いどもる。
「アルター……?」
「……はぁ。もういいか。口が裂けても……口が裂けてもあんなやつ、大切だなんて言えるかよ……」
アルターは嘘を吐こうとしてみた。だが、別の考えがよぎったので、それに従うことにしてみた。
「俺はサルファのために戦う訳じゃない。サルファを選んだ訳じゃない。」
「……だったら?」
パルガンの方にゆっくりと向き直り、覚悟を決めた顔つき。
「全てを話そう。お前はきっと……正しい判断をするはずだ。」
パルガンは信じないだろう、なんて考えていた。だがパルガンは仲間を大切にする。アルター自身もパルガンの仲間であるのなら……信じてもらえなくても話す。それがアルターの判断だったのだ。
*
この世界は……本物ではない。
この世界は『究極のゲーム』の世界だ。
クリフォトが作ったゲーム。
NPCが命を持つ、不確実で攻略本が存在しない『第2の人生』……
船長や……俺たちは、そのNPCだ。ゲームの一部に過ぎない。
だがゲームはまだ未完成。
俺たちは……ベータ版。いわゆるサンドボックスだ。製品テストなんかのために、好き勝手遊ばれている。
俺たちの人生は……戦いは……クリフォトへの見せ物でしかないんだ。
「そんな……」
パルガンは膝から崩れる……と思っていた。
「でも……それと、君が僕と戦うことに、なんの関係があるの。」
膝をついたのは、アルターの方だった。世界が作り物だとか、そんなことパルガンにはどうでも良かったのだ。
「ははは……パルガン、お前……俺の予測の上を行きやがった……」
「時間稼ぎじゃないんだよね。」
「あぁ……あぁ。続きを話そう。」
同時に、『そんなわけがない』という言葉も予想していたのだが、外れた。パルガンは圧倒的にアルターのことを信用していた。アルターが言うならそうなのだろうと。
「全てのゼニスワンダラーを殺せば無限の力が解放される……それは真実だ。だが……お前が無限の力を開放しても、無限の力がお前のものになるってわけじゃなかったんだよ……」
「……え?」
パルガンの力が抜ける。ここでやっと、力が抜ける。
「そんな……じゃあ?」
「無限の力っていうのは語弊なんだ……無限は無限、でもそれは遊ぶために世界を無限に続けるための力なんだ。いい具合で終わらせて……回すためのな。」
全てのゼニスワンダラーを倒した時に解放されるのは……『ドラゴン』だ。
世界の全てを飲み込んで、消し去り、新しい始まりを作り出すドラゴン。
多分、元々は魔王か何かが出てくるはずなんだろうな。クリフォトがいじったせいで、そのドラゴンが出るようになっている。
「つまり……俺を殺して、サルファを殺して……その先にあるのは、世界の終わりなんだよ。そしてまた繰り返して……クリフォトのおもちゃにされる。それだけなんだ。無限の力は、手の届かない物だったんだ……」
パルガンは、静かに震え上がった。
仲間の死が全て……意味のない物?
仲間が、命を引き換えに作ってきた今が?
繋いできた夢が……叶わない?
「クリフォト……クリフォト!! 見てるんでしょ、出てきてよ!!!」
魂からの叫び。まさに叫びであった。
「誰か俺を呼んだかぁ?」
「……クリフォト!!!」
傘をさしたクリフォトが、いけしゃあしゃあと現れる。
握りしめた拳を、クリフォトに振りかぶる。
「《アイン》」
パルガンの動きは止まる。言葉にならない、泣き叫ぶ声が、拳の代わりにクリフォトを殴りつける。
「あぁ、そうだな。このコクマー、本当にすごい能力だな。全部当たってるぜ、俺はお前たちで遊んでただけだ。」
嘲ったように全てを打ち解ける。
クリフォトがその表情を、目線をパルガンに向けた時。
「あぁ……ぐぁ………はぁぁぁ!!!!」
パルガンは動き出した。
「なに──」
不意に動き出したバルガンの拳が、クリフォトに命中する。口の端が切れて、血が垂れる。ゲームの世界で初めて見る自分の血。
「……お前なんなんだよ。」
「知らないよ……お前が僕になんかしたんじゃないのか!!」
「違うから言ってんだろ。いいか、そもそもセフィロトのセフィラは全部で10。ダアトなんてねぇんだよ。」
「だったら……僕はなんだって言うんだ……」
激昂したパルガン。そして落ち着く。それをみたアルターが……口を開いた。
いつの間にか、雨も止んでいた。
「なぁ、パルガン…、俺さ、お前の顔、直接こんな近くで見るの久しぶりだよな……」
失意のパルガンに、言葉を紡ぐ。
「俺な、出会った頃からお前のその目が好きだった……船長みてぇにメラメラ燃えてる目じゃねぇ、だが……熾火のように赤く赤く、確かに燃えている目だ。」
ゆっくりと顔を向けたパルガン。アルターは、その目を見て微笑み息を漏らし、立ち上がる。
「ダアトは……俺にとっては『可能性』だ。全てをひっくり返す可能性。どんな状況でも、みんなの夢を一言一句違いなく叶えてくれる、ひと握りもないような可能性を、絆の力で叶えちまう。それがお前のセフィラだ。」
「……アルター……待ってくれ……!!!」
状況を察してサルファが叫ぶ。
「お前となら、戦ってもいい。戦ってお前が勝ったら……世界はお前に任せる。」
「……わかった。」
アルターは遂に見向きもせずに、パルガンに手を差し出す。
掴んだ手。パルガンは立ち上がり、笑顔を含んだ、覚悟の顔つきを見せた。
「みんな、お待たせ……行くよ。」
「パルガン、始めるか。」
アルターは変身ベルトを取り出す。
「身体に合わないんじゃなかった?」
「ふん、俺を誰だと思ってる。」
得意げに言い放つと、腰にあてがった。
「《変身プログラム - 起動》。」
腰に自動で巻き付いたベルト。バックルから子機が飛び出し、アルターの周りを飛び交う。
「いくぜ、俺の……最後の……変身!」
子機からは、冷却レーザーと共に、金属のようなものが噴射される。
「《COMPILING NEW PROGRAM - CHOKHMAH ALTER》」
しかしその風貌は、今までのアルターのアーマーそのものだった。
「原点回帰……ってな!」
「《ALTERED》」
変身完了を知らせる音声も鳴る。
「……どんなに苦しい道であっても……ここで僕が止まるわけにはいかない。逃げるわけにはいかないんだ。」
「あぁ、そうだな。」
「パッションワンダラーの夢のために……ゼニスワンダラーになった君を……倒す!!」
「しゃあ、来い!!!!」
*
拳と拳がぶつかり合い、爆ぜる。アルターはそれに反応して粒子化。後ろに回り込んで解除。そこから放たれる一撃を読んだパルガンはカウンターを繰り出す。
「はぁっ!」
戦闘に慣れた2人。パルガンは背後を取ってくる攻撃にも慣れている。カウンターを上手くいなしたアルターは、腰に携えた柄を手に取る。
「《過冷却ブレード》!」
液体金属が刃を形成する──
「《マルクト》」
寸前、波動が放たれて金属を崩壊させる。
「ズルだろぉ!?」
「こっちには刀が無いんだ、イニシアチブは取らせないよ。」
「セフィラの能力バンバン使いやがって、全身イニシアチブのくせに、よく言うぜ!《殲滅プログラム》」
ドローンが射出される。
「それ苦手なんだけど!」
「知ってるぜ、本気で戦わなきゃ意味がねぇ!」
ドローンはドロップによる飛行と月食による通信切断で対応できる……だが葬送刀はもう無い。
「だったら、《|奥義 - 百花繚乱・舞》」
高速移動すればドローンも追いつけない。それだけではない。
「《領域》」
慣性を乗せて領域を発動。ドローンが領域に入る度、パルガンの体感時間は長くなる。そして刀を振るえば……
「嘘だろ……!!?」
真っ二つにされたドローンが降り注ぐ。
「《ティファレト》」
多色魔法が発動。火炎と自然の多色、『ヴォルケーノ・ゲイル』。炎を巻き込んだ大嵐がアルターを焼く。
「《ホド》!!」
スペリオルのひと突きは、地面を深く抉った。だがパルガンはそこへ着地する。アルターは居ない。
「《טִפּשׁוּת》」
そして粒子化解除──
「なにそれ!?」
──現れたアルターの手に握られていたのは、巨大な銃だった。
「《破壊プログラム》!!!」
「っっ!!!!──」
巨大さに見合った光線が放たれる。地面をえぐり、灰すら残さらない勢い。
「──《ネツァク》!!!」
「防ぎ切りやがった!!?」
だがパルガンはネツァクの翼で光線を防ぐ。
「まだ手はある! ASAドライブ、エネルギー収束!──圧縮率、最大! いっけぇ、《狙撃プログラム》!!」
「《ビナー》《ゲブラー》《ホド》」
「はあっ!?」
瞬間、ライフルは両断される。パルガンは剣など持っていないのに、ゲブラーとホドの力で切ってしまった。反動でよろけた一瞬の隙にだ。
「ホントかよ……」
視線が交差する。2人の位置もすれ違う。
「《ホド》!」
そこから更にひと突き。
「《טִפּשׁוּת》」
粒子化。
「掴んだ!」
解除。背後に回ったアルターは、パルガンに触れる。
「はははは! 俺は失敗から学ぶ男なのさ!《冷却プログラム》!!」
「痛っ……?」
「絶対零度! どうだお前の肩が凍てつくのがわかるか?!!」
「──《イェソド》!!!!!!!」
すっかり霜のついた右肩。爆発で無理やりアルターを引き剥がしはしたが、肉が少し剥がれた。
「ったく!」「もう!」
「「痛いなぁ!!」」
不意に言葉が一致する。戦いの最中だと言うのに、笑みがこぼれた。
「あ〜、ははっ……俺、今からお前に殺されんだぜ……?」
「やめてよもう、勝つ気で来て?」
「無理無理無理、勝てる気しねぇって、刀がなきゃあるいはとか思ってたのによ、刀なくってもダアトのせいで釣り合っちまって、戦闘力はほとんど変わんねぇ」
「僕は運が良かっただけだよ。何度も、『あぁ、今のは死んでたな』って思った……ビームなんて特に。それ以外にも……この一瞬で、何度も。」
「お前、自分で気づいてないと思うけどな、『ホド』とか『ゲブラー』とか使ってる時の表情、マジで怖ぇからな? 本当は剣持ってねぇのに、首が飛んだって錯覚しちまう。」
笑いが巻き起こる。パルガンとアルター、出会って、友達になり。文明を超えた数奇な運命は、今ここで終わりを迎えそうになっている。
「あぁ〜……続けるか?」
「うん、そうだね……」
いつの間にか座って一緒に笑っていた。
立ち上がったふたりは、距離を取る。
「ここくらいでいいか?」
「適当でいいよ、正式な決闘でもないし。」
そして、息を大きく吸い込んだ。
「っすーー…………」
「…………ふっ」
笑い声は、残響さえ聞こえなくなっていた。
走り出して、拳と拳がぶつかり合う。冷気を帯びた拳、爆ぜる拳。熱が打ち消し合い、ただ拳がぶつかる。
どっちが攻撃しているでもない。どっちが防御しているでもない。言葉も目線もかわされず、反射的に、互いに思考を読み合って殴り合い、蹴り合う。
「見たいもんは見尽くしたな。この後はどうせパルガンが勝って……世界は終わる。」
クリフォトはただ呟いた。
サルファはただ見ていた。
拳はただぶつかり合う。
頬を殴ったり、胴を蹴ったり。泥臭い戦いが繰り広げられていた。
ダアトとコクマーの戦いとは思えない。パルガンとアルターの戦いとは思えない。
そこには機械も刀もセフィラのスキルも無かった。
拳からは血が流れた。切れた口からも血が散った。
あるいは頭からも血が流れたかもしれない。何本か骨が折れていたかもしれない。
ただ──クリフォトの言った通りに。
アルターが倒れていた。
「あぁ……そうだなぁ……お前の方が近接は得意だろうな……」
「……」
2人の目は潤んでいた。身体的であれ、精神的であれ、ダメージによるものだ。
「なぁ……1つ提案なんだけどよ……」
「……なに?」
あまりに馬鹿らしい提案だったのだろう。アルターはすこし笑った後に、パルガンに言った。
「俺、お前の剣になるわ」
「……えっ?」
提案とは名ばかりで。アルターの心は既に決まっていた。
「《טִפּשׁוּת》」
粒子化したアルターは、剣の形に集まっていく。過冷却ブレードによく似ている形だ。
「《ALTERNATIVE ALTER》」
そんな音が聞こえた。その剣を、ほとんど強制的に握る。
「えぇ……??」
「できたできた、できたぜ! 最期の賭けだったんだ。」
剣からアルターの声がする。
「俺を使ってサルファを殺せ。」
「わ、わかった。」
「俺の意識は……そろそろ消える。お別れだ。」
「……えっ!?」
「負けたんだからな、当然だろ。」
むちゃくちゃとしか言えない。ただ、アルターは負けを認め……ブレンネンのように、パルガンの力になって逝く道を選んだのだ。
「……パルガン、今まで──」
言葉はそこで終わった。
だが……パルガンには確かに聞こえた。
──ありがとう。
「ううん……こっちこそ。今までありがとう……アルター。」
パルガンは剣を構える。
サルファと目が合う。
全ては終わる。




