決戦・シアノ
「……何か起きてる。」
シアノがつぶやく。上の空といった表情でぽつりと。
「“何か”とは、なんですか? 面倒なので、聞き返す必要のないようにお願いしたいのですが。」
凛とした声で返答するピサンリ。凛とした、心底面倒そうな声だ。
「“何か”でしか無いんだ……違和感程度というか。」
「種族のせいでしょう。厨二病原体でしたっけ? 私はなにも感じませんから。」
「そうか……」
そこに、ゼニスによってゲートが開き、サルファが現れる。
「あれ、サルファ?」
サルファはアルターと居るはずじゃ? という疑問。同時に喜び。上の空が、しっかり意識を取り戻す。
「シアノの直感は当たってる。面白いことになった……カモがネギ背負ってやってきやがったぞ!」
余裕ぶったその声と裏腹に、サルファの手は震える。長い付き合いのシアノがそれを見逃すわけもなく。
「……最悪なことになったらしいな。引きこもっていて欲しかったパッション・ワンダラーが、来られるはずもなかったここに来たんだ……」
その気を察するのなんと簡単なことか。精一杯取り繕っていたサルファの表情が暗く。そして、震える。震える声のサルファ。
「誤魔化しが効かねぇな……あぁ、そうだ。こんな日は来て欲しくなかった。パッション・ワンダラーとゼニス・ワンダラー……どっちが生き残るか、最後の戦いだ。」
始まる最後の戦い。どちらかが、滅びる。どちらかが、夢を叶える。
*
「破れたか……ゼニスの結界」
ヤツエルの物知りげな呟きと共に、アツィルトの上空から、空間に張った膜のようなものを破ってパッションワンダラー三人が現れる。
「う、うわぁぁぁ!!」
空中に放り出され、ムボガが愛らしい叫び声を上げる。
「《聖比礼アネモス》」
「ショーちっ!!」
そこにアネモスとハチエルが現れる。アネモスは呼び出されて出た瞬間に、大きく広がる。
「おお、何人でも乗れるのか!」
「おふこーすヨ!」
この場所は、ちょうど昼間なのだろう。陽が差し、明るい街並み──アツィルトには街が広がっていた。
「文明……どの文明にも似ていない」
しかしそれは、水文明の機械で形成された街並みでもなければ、火炎や自然の木造の家でもなく、神文明のような黄金郷でもなく、間違っても死文明のような地獄でもない。
「第六の文明とはこのことだな……!」
*
「サルファ、ピサンリさん、先に戻っていてくれ。俺は1人じゃないと戦えない、だから。」
ついに上空に現れたその影を見て、シアノが翼を広げる。精神感応を使うシアノは味方にもダメージを与えてしまうため、単騎でなければ戦えない。
「……わかった。シアノ。ぶつかり合うこともあったが……お前は、俺のかけがえのない友人だ。それだけは忘れるなよ。」
「死なないでくださいね。面倒ですから。」
ゼニスのテレポートにより、2人が安全な場所へ移る。そして、シアノは翼を広げ……覚悟を決める。
「……《†暁闇に魅せられし狂躁†》」
その厨二病な名前のスキルを発動し、シアノの瞳は紅く輝く。
「勝利の真名を冠するこのシアノ・ヴェノムに……敗北は無い……」
敗北のフラッシュバックを振り切り、飛び上がる。
*
「止まれぇっっ!!!」
「うわぁっ!!」
ブレンネンの怒声に急停止したアネモス。眼前を、黒色の光球が過って行く。当たったらどうなっていたことか。
「ッ……早速、手荒いご歓迎だな!」
「シアノ……とか言ったっけ!」
そして、目の前に現れ羽ばたいているシアノを見つめる。シアノは俯いた状態からゆっくりと顔を上げ、パルガンたちの方を向き、見栄を切る。赤い眼が、より一層輝く。
「うッ──なにか、クソ、精神汚染だ!」
「ブレン!」
ブレンネンが頭を抑える。
「まずは地上に降りないと……《葬送刀ジギタリス》!」
ジギタリスを取り出し、シアノに向ける。アネモスの先頭に、パルガンが乗り出す。
「《ドロップ》!」
「《ブレイズ・バースト》!」
放たれた二つの火球を、シアノは翼をはためかせ、アネモスの上を通るようにして避ける。
「ムボガ、操縦できる?」
「自信ないな……」
「誰にでも簡単ヨッ! やってみ、やってミ!」
パルガンの手についていた操縦桿は、ムボガの小さな腕に移る。
「わたーしのサポートにかかればぁ、動かしたいように動いちゃう!」
「う、うん……そうだ、ぼ、僕だって役に立てるんだ……!」
ムボガは気合いを入れて、アネモスの操縦を自在にする。シアノの背後を追いかけるように軸を合わせていく。
「いいぞムボガァ!《ブレイズ・バースト》!!」
「当たれっ!《ドロップ》!!」
再び火球が放たれる。シアノを追うアネモス、シアノの背後に火球が迫る。
「フンッ!」
シアノは翻り、翼で火球をかき消してしまう。
「消されただとッ?!」
「ドロップはまだしも、ブレイズバーストまで!」
シアノの口角が上がり、『暗黒微笑』を浮かべる。
「このL.D.シアノ・ヴェノムがァ……その程度の攻撃で撃てるとお思いかァ……?」
「やぁっと口を開いたか……ブキミな笑顔だぜ、全くよぉ!」
「《†深淵の遠吠え†》」
「──来た!」
パルガンとブレンネンが反射的に耳を塞ぐ。しかし、初見のムボガは間に合わない!
「ああああぁあああっっ──」
「ムボガぁ!!」
「ムボガって、耳とかあるの!?」
「言ってる場合か! 操縦代わってやれないのか、パルガン!」
「ハチエル!!」
「ムゥん、喧嘩よくないネ、本人のじゃなきゃノーよ」
「クソッ! パルガン、エンドレ!」
「《聖比礼エンドレ》」
ブレンネンはエンドレを半ば奪うように受け取ると、同時に展開し、三人は包まれ球となる。
「フン、小癪な!《†冥府より降り注ぎし彗星†》」
シアノの周りに現れたその黒い光弾は、シアノが指差して合図すると飛んでいき、エンドレに覆われた3人へ攻撃する。
「へへん、エンドレの中なら安心だぜ!」
「油断しないで、言ったでしょ、エーデルさんは対策してた!」
「げっ、そうだったな……!」
スペリオルのような、エンドレをも貫通できる技が無いとも限らない。
再び、エンドレに光弾が当たる。
「御三方、地面が見えますよ。」
懐から見慣れない大精霊。
「誰!?」
「宝玉ミエのタルエルです。以後お見知り置きを。」
赤いメガネをかけた大精霊。確か、他のアーティファクトの位置を特定できるとか言ったっけ。
「《ブレイズ・バースト》!」
エンドレの外側で爆発を起こし、着地する。エンドレを解くと、見慣れない黒色の地面、灰色の隔壁。よく見れば、それは壁ではなく、建物であることに気がつく。
「《シュテルン》!」
目を取られる間も無く、その光弾は再び襲う。地面に当たると深い音とともに地面が抉れていく。怪音にムボガも叫んで目を覚ます。
「ちぃっ、《ブレイズ・バースト》!」
火球が放たれるも、シアノは再び易々と翼で防いでしまう。
「その程度の攻撃が、我に効くとお思いかな?」
余裕綽々とした気味の悪い笑顔。
「《眷属召喚 - †其れに使えし者†》」
ビチャっと音を立てて地面にその眷属が落とされる。
「うわ……気持ちわる」
ネトネトとした粘液でできた、これまた黒色で、不定形の……オステオンの黒いスライムとも、少し違う存在。
「テケリリ テケリリ」
飛びかかってくるショゴスを躱す。ブレンネンは一瞬ずつエンドレを展開し、ショゴスを弾きながらいなしていく。
その最中だ。
「《多蝕魔法-†混沌を呼ぶ流星雨†》!!」
「いつ詠唱──うわぁっ!!」
先のシュバルツ・シュテルンが、分裂したり、一度に大量に出たり。その流星の弾幕が、ショゴスと相まって3人を翻弄する。最中、ムボガが考えついた逆転の一手を、行動に移す。
「できる、できる、できる、できる……できる!!《形質顕現》っ!!!」
巨大化して行くムボガ。光弾をものともせず、大きく跳び上がり、陽を隠すほどの巨体はシアノを捉える。
「はぁぁぁぁぁっ!!!!」
「くぉおっ!!」
黒い地面に叩きつけられる。地面が砕け、風。
「テケリ──」
同時にショゴスも姿を消す。
「やったか!?」
「──ダメ、ムボガ!!」
パルガンの叫びと同時に、反射的に縮んだムボガ。
「《形質顕現 - †地這う隠り世の大罪†》」
衝撃波。ムボガは吹き飛ばされ──それと同時に、壁から壁へと糸が張り巡らされる。シアノは、反撃の魔法を発動したのだ。
「《眷属召喚 - 狡猾な探検隊》!」
呼び出された、黄色く輝く妖精は、その糸を色付けて見えるようにして行く。つまり罠の判定。引っかかれば何が起きるかわからない。
シアノは、悪魔の姿から一変。獲物を待ち侘びる蜘蛛に同じく、不動。
そして3人も、不動。
「動くなよ……? あの糸……触れたら死ぬって考えて間違いねぇだろうな……いいか、動くなよ?」
無言で頷くパルガン。
「……タルエル、ムボガの居場所が見えたりしない?」
「大精霊は、さして万能というものでもないんです。申し上げたとおり私は大精霊の居場所を──」
「出来ないんだね、わかった。」
不機嫌そうなタルエルの口ぶり。早いところ話を切り上げたくなってしまう。そのための食い気味な返答。
しかし、その直後に。
「──出来ないとは申し上げておりません。やれと言うのでしたらやりましょう。」
「えぇ……じゃあやってよ! 状況を考えてよ、こんなくだりやってる場合──」
「承りました。」
距離の掴めない大精霊だ。呆れた顔しかできない。
「……見えます。無事ですね。」
「そっか、それはよかったよ!!」
「パルガン! 糸に触れずに奴に攻撃する方法を考えるんだ!」
ブレンネンの至って冷静な、しかしいつも通りにアツい言葉に、フラストレーションもいったん放置。
そしてパルガンは……ピンときた顔。
「思い当たるか!」
「うん。オキツエル、ヘツエル!」
「なんじゃ!」「はい」
収納空間から伺う2人。意図に気づいたチカエルが興奮気味に口を挟む。
「そっか! オキッさんとヘッちゃんの合わせ技のビームなら!」
サウラと戦った時に使用したそのビーム。細く、弾速もあり……なにより、ブレない。
「うっし! わしらに任せぃ!」
気のいいおじいさんと言った感じの大精霊オキツエルが、ヘツエルと一緒に、糸に触れないよう最新の注意を払いながら、射線の通る位置を探す。
「タルエル、手伝ってあげてくれるよね?」
「はい。」
タルエルが目を閉じると、タルエルの宝玉、ミエが光る。その光に辺りが包まれると──
「おぉ、助かるぞぉ!」
「ありがとうございます!」
どうやら良いポジションが光って見えるらしい。二人は糸を避けながら、その位置に移動する。
「行くよ、おじいちゃん」「ほっほ、行くぞい!!」「せーのっ」
「「《神座之光耀》」」
光が集められ、収束し、光線となって放たれる。
「なにぃっ!!」
しかしその光線が焼いたのは……シアノではなかった。
思えば、シアノの周りには糸が全く見えなかった。
トラップスペランカーがハイライトできない高度な罠の糸を、シアノは自身の周りにだけ張っていたのだ。光線に焼かれて、糸は赤く光り焦げていく。
「まずい! 反撃がくるぞ!!」
刹那──爆音。糸は瞬時に光の線になり、一気に弾ける。地は裂け、建物は崩れ。土煙が立ち込める。
「げほっ、げほっ……パルガン! げほっ、生きてっか!!」
咳き込みながらも、ブレンネンが声を張る。エンドレを展開して耐えたのだろう。かなり魔力を持って行かれただろうに、立っていられるどころか声を張るとは、さすがはブレンネン。
「……《ドロップ》」
空で火球が爆ぜる。それに土煙が吹き飛ばされる。土煙を巻き込んで、竜巻のようにぐるぐると風がうなる。ドロップだけのものではない。シアノ──薄らぎの中で、妖しく光る眼光。
「下等な貴様らの小癪な魔法が……上位存在である我の糸を本当に見切れたとでも思っていたのか?……哀れな!」
「トラップスペランカーにハイライトさせたのは、油断させるための罠だったのか……!」
苦虫を噛み潰したような顔をしたブレンネンと、瓦礫にもたれかかるパルガン。
「ムボガ……は……?」
「……妙です。ムボガさんの姿が見えません。」
「見え……げほっ、ないって……?」
「痕跡はあります。……少し前、テレポートしていますね。」
「まさか、死文明?!……いや、新手のゼニス・ワンダラー!!」
「我の勇姿も待たずに……動くというのか、ティファレト……」
それぞれのつぶやきや叫びが、タルエルのその情報から生まれる。遠くを見るシアノ……
「……《殲敵》」
金属音。苦し紛れの突きは、やはり翼に防がれる。
「つまらん。貴様から潰してやるか。」
「まずいパルガン!」
エンドレが投げられる。パルガンの手に渡り──
「《†自我への侵入†》──チィッ! 思い上がるなァーーーッ!!!!」
モヤに包まれたその突進を防ぐ。
「なにか……何か逆転の一手がないと!!」
「フハハハハハァァァ!!!!」
エンドレを貫通せんと、狂った叫び笑いとともに、突進を諦めない。
そんな中、口を開いたのは意外にもイクエルだった。
「あれをやるか」
どれを? しかし、大精霊のギョッとした声が収納空間から聞こえたことを鑑みるに、おそらく大精霊にとってはやりたくない手法なのだろう。
だが。
「方法があるなら……試してみるしかないよね?! ねぇ、今!」
「うぅぅ……やりたくない!!」
「このままじゃ全員やられちゃうんだよ!!」
林檎の木の空間からの復活が、何度でもできると決まったわけではない。
「何をしようとォ、ハハハ、我に通じると思い上がるな、小童どもが!」
「《ブレイズ・バースト》!!」
「くどい!」
翼にかき消されるブレイズ・バースト。それだけでなく、シアノはエンドレを離れる。
「ブレンネン!!」
「……モゥちゃん、やってくれる?」
チカエルの呼びかけに、エーデルの遺した、サクラに括りつけられていた聖比礼が収納空間から出てくる。聖比礼シュンテシス。そしてそれに続いて、アーティファクトが全部。
「《†自我への侵入†》!」
「やれぇぇぇっ!! パルガァァァァァン!!!」
──そしてシュンテシスは光を放ち……シアノをも吹き飛ばす。
思わず目を覆ったパルガン。再び前を見たときにあらわれたのは、全く知らない大精霊だった。アーティファクトの大精霊と異なり、人ほどのサイズ。大精霊と呼んでいいのだろうか? もっと違う存在なのかもしれない。そう思わせる存在感を放つ。
そして、その大精霊が口を開く。
「我が名は……アマツエル。」
荘厳な鐘の音が聞こえた気がした。堂々たる立ち姿。確かに、何とかしてくれそうなほどの。
「馬鹿な……アマツエルだと!!」
そして意表を突かれたらしいシアノ。
「今更アマツエル……邪魔しに出てきやがった!!」
サルファが握りこぶしを机に叩きつける。戦況を監視しているらしいモニターにも、アマツエルの姿がはっきりと映る。
シュンテシスの効果。それは、包んだものを融合させる効果。
すべての大精霊は融合し、アマツエル……唯我独尊の大精霊となったのだった。




