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終わりの地 アツィルト

全てを話したパルガン。全てを話したブレンネン。


寂しくなった船内に、未だ引かない涙の音のみが響いた。


今までにも、仲間が死ぬことはあった。


それまでが平気だったわけもなく。


ついに四人だけになったパッション・ワンダラー。


不安が押し寄せる──押し寄せていた不安に、ついには。


というところに。パルガンの懐、アーティファクトの収納空間から。


イクエルが出てきた。


「──っと、ちょっと! イッくん! 大人しくしてなってば!!」

「なんだ、この体たらくは?」

「イクエル……!」


ヤツエルやチカエルが止めにかかる。


「あれだけ夢夢言っておいて、結局は反吐が出る同好会だったわけだ。」

「イクエル……俺たちは! 俺たちは……そんな生易しいものじゃねぇ!」

「じゃあ、なんだ? 人が死んだくらいで立ち止まって! ここで止まっていたら夢が叶うのか?」

「イクエル!」

パルガンが声を荒らげる。そして、震える声で続ける。

「確かにイクエルの言う通り、ここで立ち止まってても、夢は叶わない。でも……仲間っていうのは、かけがえのない物なんだよ……」

「名誉の戦死だろ? それを無駄にして。」

「そうだね、そうかもね。……ブレン、もう寝よう。」

そっけない返事のパルガン。無理もない。もう、疲れている。新しい惑星、創世の光という環境の変化。それに畳み掛けるように様々な──様々というにはあまりにも重すぎるそれら。

「……あぁ。」

ブレンネンの寝室は船長室にある。パルガンは自室、ブレンネンは船長室で、一人で眠るのだった。



「ねぇ、みんな。」

一人の寝室。少し小声で、パルガンが虚空に向かって呼びかける。大精霊に呼びかけていることは間違いなかった。

「ずっと黙ってたんだけどさ……僕、みんなが収納空間で何話してるのか、聞こえてたんだ。」

「……えっ」

チカエルの漏れた声。声というには足らない。音だった。驚きのあまり漏れた音。

「…………チカエル様は私やヤツエル様とは違い、人の収納空間で過ごしたことがなかったのでして? 私はてっきり……」

オロチエルもヤツエルも、過去には収納空間の中から戦闘中のマスターに助言していた。

「パルガン、もしかして……?」

「うん、知ってる。聞こえてた。チカエルの──ミャーローの特殊能力。」

宝玉ミャーロー。最初に手に入れた宝玉ではあったが、その能力を発動したことは一度もない。

「ミャーローは、そばにいる人のコピーを取る。でしょ?」

「……うん。」

そして、そのコピーの使い方も、パルガンは知っていた。

「たとえコピーしたその人が死んじゃっても、コピーから蘇生できる。」

「……うん。」

「みんなのこと、生き返らせられるって。」

チカエルは、焦った顔から次第に疑問の混ざった顔に変わる。

「でも、知ってたならどうして使わなかったの?」

「……みんなは、死んでないから。」

言葉を口にする。パルガンが、薄らと笑みを。

「そうだよ、死んでないんだ、みんなは。同じ夢を追うために集まった仲間だから。その想いは、僕たちの心に残っている。」

「それは……ブレンネンに……伝えないのか……」

ヤツエルが苦しい声で聞く。

「“仲間”に隠し事をするなど……マスターらしくないであろう……」

その声で聞かれて、パルガンは返答できない。ただただ、表情が、複雑に。

「ねぇ、ヤツエル、みんな……」

「?」


「僕、いまどんな顔してる……?」


背筋が凍るような一言。なんてことのない疑問のようなその言葉に、底知れない何かを感じてしまった。

「…………わからぬ」

うすらとした笑み。笑みなのだろうか? それが笑みだとしたら、狂気的と評するほかない。

「そっか……うん。ごめんね。……おやすみ。」

そのままパルガンは、眠りにつく。何かを植えつけたまま。

(マスター……)

既に、心は壊れているのだろうか?



翌朝、ブレンネンはいつも朝起きたら集まる操舵室に現れなかった。

「おはよう、クチワ……あれ、ブレンまだ起きてきてないんだ。」

「はい。……まぁ、そんな日もありますよ……」

クチワも、何があったかは知っている。パルガンは踵を返して、無言のまま、船長室の方へ歩みを進める。


ノック。船長室のドアを叩く。

「入るよ。」

ドアを開くと、船長室と銘打った単なる少し飾りのついた個室が姿を表す。目につくのは術師に撮ってもらった思い出の集合写真。伏せられている。

「あぁ……パルガン。悪いな、ちょっと夢見が良すぎちまった。」

ブレンネン。ブレンネンなのだろうか?

そこに覇気はなかったのだ。

「ブレン……」

「なぁ、パルガン。俺たち、これで合ってんのかな?」

「……らしくないよ、ブレン。」

「はは、そうか?……そうかもな。」

沈黙が流れる。当然の沈黙が。

「勝手なことをいうけど……フラゴルが……死んだのは、僕たちに夢を託したってことなんだと思う。ゼレさんだってそうだったはずだよ。」

「う……すまない、パルガン……船長の俺が情けない姿を見せる訳にはいかねぇ、少し……一人にしてくれないか。」

「……わかった。」



一方その頃、アツィルトでは。

「なぁ、サルファと……アルターとかいうのって、どういう関係なんだぁ??」

何度見ても、凶悪な見た目の単眼片翼の悪魔が誰かに泣きついている姿というのは、あまりにも。だが今の場合問題なのは、その相手だった。

「はぁ、面倒なので、サルファさんを取られたからって私に話しかけてこないでください。私以外の方が適任では?」

「……もう、ゼニスワンダラーの生き残りはピサンリさんだけなんだ。どこかでまだあと1人が眠ってるらしいが……」

「そうですか……はぁ、面倒なことになりましたね。というか貴方は、同性としか喋れないタイプの人かと思っていましたが。」

「ぼ、俺だってやるしかない時はやるしかないんだよ……」

僕という一人称が出かけて止まった。止まってよかったというべきだろう。

「そうですか。考えを改めます。」

「ピサンリさんは見た目がロボットだから話しやすくて助かるのもある」

「……はぁ。」

ゼニス・ゲートでしか入ることのできない場所。普通なら到底辿り着けないその秘境に、ゼニスワンダラーの住処はあった。

「……?」

突然、遠くを見るような目。何かに気づいたらしいシアノ。

「どうかしましたか。」

「いや……なんでもない」

シアノの直感には何が映ったのか。それは、パッションワンダラーがアツィルトに侵入する姿だったのだろう。



ブレンネンが合流した。パルガン、クチワ、ムボガと囲む机の上には、アーティファクト。

「アーティファクトが全部揃った。」

「これで、ゼニス・ゲートが開くって話だな。」

オキツエル、ヘツエル、イクエル、マカルエル、タルエル、チカエル、オロチエル、ハチエル、モノエル。そしてヤツエル。大精霊が勢揃いだ。しかし、空気感に押されてなのか、静か。

「ヤツエル、ゼニス・ゲートについて教えて。」

一日に一度だけ、ヤツエルは知る限りの情報で質問に一つ答えてくれる。その質問権を消費して、ゼニスゲートについての掘り下げを。

「……ゼニス・ゲート発動に必要なものは……全てのアーティファクト。そしてワンダリング・ゲートと、『もつれ』……。」

「もつれ?」

「もつれは……一定の速度以上に達することで発生する現象の一つ……」

「ワープドライブも、そのもつれを使っています。」

クチワが補足する。

「だがクチワ殿が知っている通り……ワープドライブではもつれを保たせることができない……」

「まさか」

「インパルス・ドライブ……!」

クチワの目が輝く。パルガンが気づいて言う前に、クチワが目を輝かせて言う。

「まさか、ワープドライブに換装しなかったのがここで生きてくるなんてェ……!!」

感慨深くクチワがアツく語る。

「情熱的だな……情熱的じゃないか!! 全く!!」

ブレンネンも、そのアツさにいつものテンションを取り戻しつつある。

「……みんなの分も……夢を、叶えに行こう」

「ああ。」

ワープドライブ。光の速度に近づけば近づくほど、ドップラー効果により時空が歪んでいく。やがてもつれ現象が起こり、ワープすることができるという原理だ。インパルスドライブはもつれ現象を起こすほどの速度に届かない。だがそれも、現世でそこまでの速度が不要であるから。

「エンジンが二度と動かなくなってもいいんなら、もつれさせるだけの速度は理論上出せますぜ。でも、場所がね。」

「……」

パルガンの脳内に、超世界で見た果てしなく高い空が浮かぶ。

「超世界なら……惑星もデブリもないんじゃない?」

「!」

ペンダント。ローアルを呼び出すことのできるペンダント。ローアルがいれば、ワンダリング・ゲートで超世界に行くことができよう。

「……行こう。超世界へ……ゼニスの世界へ。」

「ムボガ、いけるか。」

「……うん」

植物の身体は回復が早い。怨毒による黒ずみも、もうなくなっている。

アーティファクトを机に並べていく。

円状に、並べる。一つ一つ、おいていく。そして、葬送刀も。

「……わ」

光に包まれるようにして、浮かんでいく。動いて、適当に並べたそのアーティファクトの円が、一つの決まった配置になるように動いていく。

「この並び方、見覚えあんぞ」

「うん、アルターの隠れ家のドアにあったのと同じ奴だ……」

電流のように、黄色いオーラが配置についたアーティファクトを包む。10のアーティファクトが並んでいく。

「我々アーティファクトは……ゼニス・ワンダラーと同じように10のセフィラに対応している……」

「セフィラ……?」

「じゃあ、この配置もセフィラっていうのが関係してるの?」

「この配列はセフィロトの木……別名は生命の木。それは林檎の木としてあらわされるとされている……」

「林檎……」

あの海中でみた林檎が、どうしても思い起こされてしまった。記憶から消し去りたい林檎が。そして、エーデルの言った「貴様もゼニスワンダラーだというのか……?」というセリフも。さらには、時折言われて放置してきた特異体という呼ばれ方。

(僕って……ゼニスワンダラーなんだ……)

「さぁ、パルガン。神を呼び出してくれ。」

「うん。」

特異体。ゼニス。それでも、関係ない。ブレンネンなら、ゼニスの無いサルファなんて余裕で倒せるはずだ。

パルガンは息を吸って、覚悟を決める。

「《神霊召喚 - 建速須佐之男命(スサノオ)》」

ペンダントが浮かび、弾けるように消える。少しの間を開けて、ワンダリング・ゲートが開きローアルが現れる。

「久しぶり。」

「……呆れた。かつて私を呼び出さんとした数多の神聖魔術師がいたが……ここまで信仰心の欠片もなく呼び出されるとは。全部聞いていたぞ。ワンダリングゲートを開けろ、神文明を滑走路に使わせろとな。これでは私がまるで道具ではないか。ふざけてるのか?」

「ふざけてなんかないよ。いいでしょ、ローアルさん。()()()っ。」

取ってつけたように、『神さま』という言葉を口にしたパルガン。そのしたり顔がローアルの眉を顰めさせた。

「今更……あぁ、もういい。わかった。」

「やったぁ。」

「《ワンダリング・ゲート》私の保護下の現世住民4名が同行。」

眩い光の円環が、船の目の前に現れ、ゆっくりと迫ってくる。それが通り過ぎると、すでにそこは超世界。

「はぁ、帰っていいか? 暇なわけじゃないんだ。」

「お疲れ様です。」

「取り付けたような敬語を……」

槍を掲げて背を向け、ゲートでも開いて帰るのかと思ったが。ローアルは少し立ち止まり、槍を下ろす。

「……君たちパッション・ワンダラーは今までも上手くやってきた。神文明の私の予測を常に上回っていたよ。特にパルガン、お前は特にそうだ。アーティファクトがそうさせるのだろうね。」

「はい……ありがとうございます?」

「神は常に君たちを見ている。努力も苦悩も全て知っている。私たちの仕事は天国に来た者を『認める』ことだ。善くあろうと生きてきた者を認め、生から解き放つ。悪きものは地獄に追放され、生に縛られたまま二度目の人生を過ごす。それが天の裁きというものだ……」

「というと?」

首を傾げたパルガン。敬語ももう取れている。

「……君たちの仲間と天界で会った。ピュール、クノップ、ゼレ、フラゴルと言ったか。全員良い子だったよ。どこかで戦争やってるせいで、大量に霊が登ってくる中で、私が名前を覚えているくらいにはな。」

「……ローアルさん」

「君たちの旅路には、神の祝福がある。自分を信じられなくなっても、君が信じる神を信じよ……なんて、本当は敬虔な信徒にいうミコトバなのだがな。」

槍を振るうと、空間に裂け目のような煌めきが一線。

「さらばだパッション・ワンダラー。もう会うことはないだろうが、天から見ているぞ。」

「……うん。」

「ああ! どうだ、俺たちの旅路は見応えがあろう!」

ブレンネンの言葉に、微笑みで返したローアル。初めてそんな優しげな笑みを戦神ローアルから見た気がした。その笑みを気のせいだというかのように、瞬時に光の糸になってローアルが裂け目に吸い込まれた。

「……行こう、ブレンネン、ムボガ、クチワ。」

「イグニッション! エンジン始動ッ!」

派手な音を立てて、浮かび上がり、動き出すセスランス。目を輝かせ、情熱、ワクワクを噛み締める4人に水を差すヤツエル。

「言い忘れていたがマスター。ゼニスゲートの発動には……詠唱が必要だ。」

「……詠唱? 多色魔法みたいに?」

「否。神剣に近い。特定の文が必要……今からそれを言う。繰り返し──」

「いや、いい。ヤツエル。俺が知ってる。」

「……なに?」

ブレンネンが得意げな顔。チカエルが出てきて、ハッとした顔をする。だが、すぐさま微妙な顔に戻ってしまう。

『……多色魔法はね、すっごい昔に恐ろしいドラゴンを封印した魔法なんだ……でも、同時にそれはドラゴンを呼び出すための魔法でもある』

自分の声だろうか。チカエルの脳内に流れたのは、自分の声で再生される、全く言った覚えのない言葉だった。

(五色魔法のこと……? でも、なんで私……こんなこと、言ったっけ? それに、なんでこのタイミングで?)

「え、ブレンネン知ってるってどういうこと?」

「ヘヘン、俺は船長だからな! さぁクチワ! 速度あげてけよぉ!?」

誤魔化される。そのブレンネンの心情には。


(俺が……俺が、最後のゼニス・ワンダラーだからな……)


そんな思いがあった。


ブレンネンは見ていたのだ。その林檎の木を。見てはならないリンゴの木を。


自身のブレイズ・バーストによって。


「インパルス・ドライブ、出力最大!」

加速していく船。それは、百花繚乱を使った時のセンジュや、ブレイズバースト・スカイのブレンネンを遥かに凌ぐ神速。それは理論通り、空間を歪ませていく。

「うおおおおおおおおおおお!!!!」

クチワのテンションも最高潮。叫びが船内に響く。

「限界はァ……超えるためにァァァァァる!!!」

ハンドルを握り込んで、さらにさらに前へ。クチワの体から溢れる情熱が、魔力のオーラとなる。

「いっけぇぇぇぇ! クチワぁぁぁ!!!」

負けず劣らずのブレンネンの叫びが、船に。そして、エンジン音。音速をはるかに超えて、光の速度へ。

「……もつれが始まる!」

窓から見える景色が、歪んでいく。光のドップラー効果……時空がもつれていく。

「今だ、ブレン!」

「ずっとこの詠唱をするのを待ち侘びていたんだぜ……『我らが魂 無限となりて 宇宙の元に 力を欲す』!!《ゼニス……・ゲート》ォォォォォ!!!!!!」

ヤツエルもチカエルも、アーティファクトの中に戻る。そのアーティファクトの図式に、光が満ちていく。

「……これじゃ、船は入れないんじゃ!?」

「パルガァン! 船長ォ! 俺の夢ェ、託しますぜ!」

「クチワ、何言って!?」

「俺ァ超世界か現世かわかりませんがァ、こっちで待ってますからね!」

ハンドルを強く強く握りながら、汗を流しながら、クチワ。

「……わかった、クチワ。」

「おう! そうか、なら俺は船長として! 夢は必ず叶える! ()()()()()()()()()で待っているといいぞ!」

その洒落に、クチワが笑う。

「ガハハ、よし、クチワ! 船を任せたぞ!」

「行ってきます、クチワさん!」

「……ん」

ムボガも、子守りをしてくれたクチワに会釈する。

そして、ゼニスゲートが開き切る。そして、ゼニスゲートが動き出し、パルガン、ブレンネン、ムボガを飲み込む。

ゼニス・ワンダラーとの最終決戦が始まる。

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