親善試合
親善試合。それは聖職者がいる場合のみ行える神聖な試合。その戦いで負った傷は神の奇跡によって治療される。
刀剣のぶつかり合う音が、森に響いていた。
「やぁっ! てやっ!」
サウラが、一見するとその身体に見合っていない大剣を片手で軽々と振るう。恐らく魔法で適応されているのだろう。
(斬撃が見た目に違わず重い……上手く受け流さないと刀が折れるかも)
パルガンは隙を伺う。巨大な盾を構えたサウラに刀で一撃を加えるのは至難の技だ。
──だったら……
「はぁっ!」
パルガンはサウラの盾に蹴りを繰り出す。
「効かない?!」
「発想は悪くないであろう! だが、相手が悪かった! ハァッ!」
盾に足を置く形になってしまったパルガン。サウラのシールドバッシュにより思いっきりよろける。隙を作ろうとした苦し紛れの蹴りが、逆に自分の隙を作ってしまう。
「もらったァ!」
「《聖比礼エンドレ》!!」
サウラの確信に満ちた一太刀は、エンドレに防がれる。
「……障壁!?」
「悪いけど、今の僕がどれくらい行けるのか試したいんだ。親善試合だし、手加減なしだよ!《神鏡エクラ》《神鏡リュール》」
エクラが懐に表れ、リュールはエクラの前に。
「「《神座之光耀》」」
オキツエルとヘツエルが同時に発声する。
すると、周囲の光がエクラに集まり、リュールがそれを一束のビームにして照射する。そのビームが、盾に反射し、エクラに集められて、リュールを通って強化され、繰り返す。
「うわっ!」
やがてエクラと盾の間で爆発が起きた。
「ぐぬぉ……だが、生身の貴殿では今の爆発は無事では済まんであろう!」
煙が晴れる。パルガンは、赤色の宝玉を手に持っていた。
「《宝玉アルケミ》」
「ぜーんぶ、吸っちゃうよぉ〜!」
フリルのついた、アイドルめかしい装いの大精霊マカルエル。口調もアイドルチックだ。
「えーい、放出!」
アルケミを中心に強烈な衝撃波が起きる。プレェトが使った時と同じ。
「な!!」
盾で受けきれず、サウラはよろける。
「《ドロップ》《灼陽炎》!」
間髪入れず、火炎球と火柱の攻撃がサウラを襲う。
「やったかな?」
「《エルブス》!」
火柱も消えぬ間に、パルガンを囲うように赤い雲のような物でできた輪っかが現れる。
「魔法……?」
「《スパーク》!」
「いっ?!!」
その輪の直径を引くように、雷が通る。一瞬だがパルガンは感電、刀が落ちる音。炎が消え、サウラには焦げた痕がつきながらも、致命傷には至っていなかった。
「驕ったな、パルガンよ!《延焼天》!」
「ッ!」
寸前で、聖比礼エンドレが展開され防がれる。だがこの防御手段も二回目。
「ほほう、貴殿の意思とは関係なく召喚されるか! ならばこれはどうだろうかな、《ジェミニ》!」
「後ろ!?」
パルガンは背後からの攻撃を刀でいなし、反撃を加える。
「すり抜けた!?」
「魔法生成物に実体は存在しない!」
1歩下がる。互いの間合いの際で睨み合う。
「魔法? でも君、聖剣士って感じだけど。魔法は魔剣士の領分だよね!」
「なぁに、これは汎用攻撃魔法であるぞ!」
「それが魔法の新時代ってこと?」
「いかにも! 魔法はもはや魔法使いだけのものではない。」
剣を互いに向けながら、隙を伺うように歩む。
「魔力の希薄な僕たちが、攻撃魔法なんて!」
「……《エルブス》!」
エルブスの雲が、再びパルガンを囲う。
「《宝玉アルケミ》──」
「《スパーク》!」
パルガンはアルケミを軽く投げると、雲から放たれた雷はアルケミにすべて吸収される。地面に落ち、跳ねも転がりもせずに停止した。
「もっかい放出っ!」
「《聖比礼アネモス》」
アルケミから放出されたエネルギーは、今度は円形ではなく扇形の波になってサウラの盾に直撃する。
「捉えた!《断炎斬り》っ!」
「パルガン……貴殿は本当に良き対戦相手だ!」
サウラがそんなことをつぶやく。命乞いの類では全くない。単純な尊敬の表し。
「《かがり火》!!」
サウラは突然後ろに一歩引き、パルガンの攻撃を盾で華麗に弾く。弾くと同時に、剣が振り上げられた。
だがパルガンも、エンドレの展開により抵抗する。
「くっ」
「ほほう、止めるか! だがそれは読めていたぞっ!」
サウラは剣を手放した。パルガンは剣に目が、意識が向く。
「《稲妻落とし》!!」
その強烈なカカト落としは、収納空間越しのオロチエルでは反応できなかった。まさに雷の速度。反射的に構えられた刀さえ、叩き折ってカカト落としは首に命中した。
「──」
声を出すことすら叶わずに、パルガンが力無く倒れる。
「ふはははは!!!! 主神の力により、勝利を賜った! この勝利を主神に捧げようぞ!!!」
サウラは剣を高々と掲げる。陽の光が剣に反射して、その刃を飾った。
*
「悪いが、手加減はしてやらねぇぞ。死んでも親善試合の……神の力、だったか? で生き返れるってのは知ってる。」
フラゴルは殲滅剣を抜き、声高らかにラトに向けて煽り口上を吐き捨てる。
「お前をぶっ殺して、さっさとあのサイコパスにわからせてやる……ついでに荒稼ぎしたカネくすねてやるから。」
「おーそうか。なら負けらんねえな。合図は俺が。」
羽織っているローブを翻し、赤い宝珠がこれ見よがしにつけられた魔法の杖を構える。
「そのお面カチ割ってやるよ。よぉーい……」
「──ドン」
瞬間、ラトの宝珠は赤く燐光を放ち、魔法陣が形成される。
「《光星波動》!」
放たれたのは光星波動。フラゴルを包み隠したその光。ラトは仮面の下で口角を上げる。
「ふん、大したこと──」
瞬間、ラトの首は飛ぶ。
「いい目覚ましになった」
体中から煙が上がっている。光線で確かに皮膚が、肉が焼け焦げている。パルガンのエンドレのような無効化手段も持たない。根性だけで光線を耐えた。立ち止まらずに、ラトの頸部に剣を振り下ろしたのだ。
*
地響き。また地響き。ムボガが地面を叩く度に、木の葉がざわめく。
「いいことを教えてあげよう、これは親善試合! だから、死んでも蘇生できるんだ! 今から殺すが、恨んでくれるなよ!」
ベラーノは、飛び跳ねてその攻撃を避けながら、ムボガに話しかける。先程までの、小さなムボガとは違い、ベラーノが見上げるような巨体のムボガ。
「うらぁぁあ!」
「うおっと……こりゃ、聞いてないな……いよっと」
振り下ろされた手を踏み台に、飛び上がる。
「《天為泰山壊》」
武技を唱え、気合いを込めて落下しながら斧を振り下ろす。木片が散る。
「がぁぁぁっ!!!!」
痛みをバネに、空中のベラーノを勢いよく叩き落とす。
ベラーノは投げられたボールのように飛んでいく。
「《眷属召喚 - トリスノイデス》!!」
ベラーノが召喚した眷属。堅牢な甲を持っているようで、踏み台にして着地し、ムボガの追撃をも易々と受け止めてしまう。
「追い詰められたらトリスノイデスを召喚! 学校でやったら卑怯者扱いはされるが、実際いい戦術だよなぁ! 特に普段から魔法を使う訳でもない、戦士ならば!」
「いぃぃぃぃぃ!!!!」
言葉にならないような叫びを上げて、ムボガが激昂する。
「ったく、ガキんちょが、可愛げ無いねぇ!《天翔是正》!」
トリスノイデスによって防がれたムボガの攻撃。攻撃の手が一瞬緩んだ瞬間を見計らい、トリスノイデスを踏み台にして地面に伏した状態から一気に飛び上がる。
「あぁぁ……!!?」
「特別サービスだ、とくとみて勉強するんだな!」
やがて天空で、集まった魔力の作用によって自動的に浮かび上がり、風が吹き荒れる。
「『天翔る姿、以て是となる迅勝万雷の戦神。其の力よ我が許に宿り、粛正の一撃を与えん。』……《多赤色武技 - アブソリューション》」
ムボガを蹴散らして、隕石が落ちる。斧によってムボガは木阿弥となり、仮死状態になる。
「これが魔法の新時代だ……さて、サウラが来るのを待つか。」
*
意外にも、ぶつかり合っていたのは拳と拳だった。魔法使い同士、攻撃魔法を使わない殴り合い。ゾンマーとブレンネン、拳で言葉を交わしていた。
発せられるのも掛け声。ハッやらオラやら。汗や血が飛び散る。
戦いのさなか、目が合う。示し合わせたかのように、互いに1歩引き、距離が空く。
「《ブレイズ・バースト》!」「《ヘリオス・バースト》ォ!」
ついに巨大な火球が放たれ、ぶつかり合い相殺される。程なくして、小さな火球の連弾、早撃ち勝負に切り替わる。
「ならばァ!『紅蓮の炎集いて、ここにひとつの強大な火焔となり、我が眼前の敵を討ち滅ぼさァん!』《多赤色魔法 - へイリオス・バースト》ォォ!!」
「ぐおっ!?」
その火焔球は森を更地にする勢いで木々をなぎ倒す。ブレンネンも巻き込んで。
「時代に置いていかれた者などォ!」
「ゾンマーお前、環境を考えろ!!」
「ハァ!??」
「ブレイズバースト・パァァァンチ!!!!」
「ブァッ、爆ぜたァ!?」
爆発の中を無傷で突っ切ったブレンネンが、ゾンマーの不意を突いて一撃、爆発する拳で殴る。
「キィィック!!」
その蹴りもやはり爆ぜる。
「ゾンマー、今一度ミンチ肉にしてくれよう!」
「なっ──」
ブレンネンは、ゾンマーを木に押し付け、残像が見えるほどの拳を繰り出す。
「ラァァァァァァァァッッシュ!!!」
ゾンマーが飛び散る。
「ふん! 親善試合ではどこまでやられようとも、蘇生が可能! 懐かしいなぁゾンマーよ! あの時もこうして一年生トップと呼ばれふんぞり返っていたお前を叩き直してやったものだ……」
原型すら留めず、聞くことすら出来ないゾンマーに、ブレンネンが懐かしんだ声をかける。
*
「『アルの名の元、ここに親善試合の勝敗を決定する。』」
サウラのその口上によって、光が降り注ぎ、ゾンマーだったものがゾンマーに戻る。
「──っは、ぜぇ……ぜぇ……」
ゾンマーは胸に手を当て、肩で息をする。
「しかぁし驚いた! あれが魔法の新時代というものか!」
「あぁ。」
ベラーノが前に出て、代わりに説明する。
「各地で伝説とされていた神話的な魔法が、現実の物と立証されたんだ。エスパーダで起きた『天使の梯子事件』によるところが大きい。」
「天使の梯子?」
パルガンが聞き返す。
「2、3年前だったかな……エスパーダで天に真っ直ぐ伸びる光の柱が突如現れて消えた。それを見た1部のイカれた魔法使いがなんだかんだと吹聴しだして……そのうち、『魔女』が現れ始めた。」
「魔女か。」
「剣の道をゆく者の先に現れるっつー剣神センジュが居るだろ、簡単に言えばその魔法版だな。」
センジュ。センジュはゼニス・ワンダラーだった……なら、魔女もゼニス・ワンダラーなのだろうか?
「その魔女……とは、どんな見た目だと伝わっている?」
ブレンネンもそこが気になったのか、前のめりになってベラーノに聞きただす。
「2人組で……身長にかなりの差がある姉妹。魔法の鍛錬をしていたら急に現れたんだ。」
「おー? 会ったことあんのか。」
「ああ。そいつらと戦う中でペラペラと説明されて……何言ってるかわかんねぇけど、なんとなくできる気がして……魔女が使う『多単色魔法』が使えたんだ。」
あまりにも荒唐無稽なおとぎ話。だが、それに信ぴょう性を感じてしまうパルガンがいた。多単色魔法……語は多色魔法にかなり似通っている。
「ねぇ、前にブレンが、葬送刀のことを教えてくれたっていう2人組居たでしょ。その人たちがもしもゼニス・ワンダラーだとしたら……」
「あれが、魔女だったってことか……」
考察としては納得のいく話だった。
「あの、でも……魔女が教えたのが多単色魔法なら……ベラーノさんのトリスノイデスは?」
「魔女にまつわる話はもうひとつある。限界まで徹夜して魔法を研究していた水文明の科学者が、ついに過労で倒れ……夢の中で現れた魔女に渡された魔導書が現実にも……なんて話だ。」
「つまり……魔女が与えた魔法が……学者を通し……市井に伝わったのだな……」
急に出てきたヤツエルが、その話を解す。
「うおっ」
ゾンマー隊が狼狽える。
「貴殿は! あの奇しき宝珠や障壁の精霊と同じ雰囲気を感じるっ! 名を名乗って頂きたい!」
アルケミに宿っている大精霊マカルエルと、エンドレに宿っている大精霊オロチエルは、戦闘の中でサウラに見られている。まぁ、その2体を見ただけでヤツエルを大精霊と気づくのは勘が鋭いと言う他ない。
「我々はアーティファクトの大精霊……精霊とは違う……我はヤツエル。」
軽く名乗りを上げて警戒心を解かせる。視線を集めてはいるが。だが、その後すぐに、パルガンにヤツエルが耳打ちした。
「マスター。多単色魔法はゼニス・ワンダラーの特権だ……」
「え、それってつまり?」
ヤツエルは、ハッキリと断言する。
「ゼニス・ワンダラーに裏切り者が居る。」
*
「ふふ……やはりか。私の仮説は正しかったらしい。」
1枚の紙切れ。殴り書かれたメモ、大々と書かれたひとつの文章は、おびただしい下線で強調されている。
「徹夜で暗号解読をした甲斐があった。『全てが新しく、如何にして古き場所にある』……」
ゼレはたどり着いた喜びを反芻するように、アルターの暗号文を解いた結果を復唱する。
「全てが新しく……そして……古い場所……」
その周りには、見覚えのある草花があった。故郷と同じ植生。新しい星にもかかわらず、古く感じる場所。そして、ゼレの眼前にある物。地面に埋められた、重苦しい鉄の扉。地下に通じているようだ。
フラゴルのところに戻って報告しようとした矢先に、物音。
「誰だ!」
アリストテレスが構えられ、空気感は一変する。
「怪しいものではない……とも言えないでしょうか?」
背の高い……魔女だ。
「尾行していたのか?」
「あなたは……パッション・ワンダラー所属のゼレさんでいらっしゃいますね?」
「……違う。人違いだ。私はアリス。ゼレという名前では──」
「あら、それはそちらの拳銃の名前でしょう……? 抜け目ないですね……パルガンさんはどちらにお見えですか?」
魔女の、丁寧で柔らかい、同時に奇妙な空気をまとった言葉遣い。
「まずは名乗りを上げろ。お前……ゼニス・ワンダラーか?」
にっこりと微笑んだ魔女……メンシュ。
「パルガンさんに……お取次ぎ願えませんか?」
「答える気はないか……」
ゼレは、銃の激鉄をおこし、天に向かって放つ。それは鏑矢のように音を立てて上がり、光り輝く。
「……なんの真似でしょうか?」
「この世界は弱肉強食だ。お前らがゼニス・ワンダラーがどうかは……戦えばわかる。私たちに勝てたらいくらでもパルガン君と話させてやろう。」
「お姉ちゃん、こいつ仲間を呼んだ! 逃げようよ!」
隠れていたもう1人の魔女、サナートが出てくる。
「いいえサナート──」
その談議をかき消した、銃声。
「……何するんですか」
「ゼレ!」
強化魔法によるものか、かなりの早さで到着したフラゴルら。
「パルガンくんたちはこの遺跡の探索を。この2人は私たちが足止めする。」
「遺跡……?」
「あぁ。恐らく……研究長の隠れ家だ。君が行くべきだろう?」
ゼレは、目を合わせることはせずに、ただ目の前のメンシュを見ながら。
「行かせるわけ──」
その軍勢の中にいたパルガンを見てサナートは飛び出す。
「《殲敵》」
魔法エネルギーで形成された刃は、サナートの目の前に三角コーンのバーのように現れた。
「じゃあ、フラゴル、ゼレ、信じてるからね。死なないでよ。」
「当たり前だ。俺は何があっても止まらない。」
フラゴルが決めながら、サナートのそばに歩み寄る。サナートも後退し、メンシュとサナート、ゼレとフラゴル。2人組同士で相対する。
親善試合が終わり、和んだ空気が、張り詰めて行った。




