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もっといい世界

「パルガン、これはお前に返そうと思う。元々お前のだしな!」

「ブレン……」

神鏡エクラを取り出したブレンネン。それに呼応して、リュールの大精霊ヘツエルも飛び出す。

「あれ、おじいちゃん?! 気が付かなかった……」

「収納空間にあるアーティファクトを検知するのは難しい……それこそタルエルほどの才がなければ無理に近しいだろう……」

ヤツエルが説く。

「タルエル?」

エクラを受け取ったパルガンの疑問が続いた。相変わらずオキツエルは寝ているようで、姿を見せない。居ない訳では無いらしいが。

「……我々アーティファクトがのべ十個であることは伝えたな……残りは三つ……うち一つは先のプレェトが利用していた宝玉アルケミのマカルエル……そして宝玉ミエのタルエルと、聖比礼シュンテシスのモノエルだ…………」

疑問に、ヤツエルが答える。

「マカルンはさっきアイツ(プレェト)が持ってたよねっ! モゥちゃんはみんなが集まればきっと気づいて寄ってきてくれるから、タルちゃんが実質最後かぁー……。」

「なんか、残念そうだけど?」

「前述の通りタルエルは大精霊の感知能力に長けている……タルエルが初期に加わっていれば手っ取り早くアーティファクトが集まったやもしれぬ…………」

「そうかしら? 私はそうは思いませんわ。」

オロチエルが切り出した。

「だって、パルガン様やブレンネン様がレーダーで発見したのは実際チカエルの時の1度っきり! 結局大精霊同士引かれあった故に集まっているのですから、そこは後悔する部分ではありませんことよ〜!」

「ん……ふふ」

パルガンが笑みをこぼす。オロチエルが問う。

「ちょっと、なんで笑いますの?」

「いや……毒吐くのかと思ったら……フォローだったからさ……」

笑いながら答えるパルガン。

「私、このタイミングで毒吐くほど悪役令嬢ではなくってよ?!」

「ははは、そっか」

少し笑ったのちに、パルガンの表情は落ちる。暗く暗い表情に、途端に切り替わる。

「……どうした、パルガン」

ブレンネンが、心配して声をかけた。パルガンは口ごもる。大精霊が消える。

静寂が流れる。

「仲間だろ、信じて話してみろって」

ブレンネンの助言に、遂にパルガンが口を開くまで。

「…………怖いんだ。アルターも、マルトも、ムボガも、今そばにいないと。みんな大切な仲間だから、そばにいて欲しいんだ……それに、フラゴルも大変なことになってて……それは……僕のせいだから……」

絞り出すような声で、パルガンが言う。心の闇が吐露される。

「そうか」

ブレンネンは、パルガンの肩に手を置く。パルガンが顔を上げる。


──バチンッ


そのパルガンの安堵を破ったのは、ブレンネンの平手打ちだった。

「えっ……」

「お前は本当に『僕のせいだ』なんて思ってるのか、パルガン。」

「……」

──答えられなかった。ブレンネンが、パルガンの両肩に手を置き、真剣な眼差しを刺す。パルガンが目を逸らす。

「よく考えろ! 保身に走るな。自分のことを考えるんじゃあないッ! もう一度聞くぞ。アルターがパッション・ワンダラーの隊列を抜けたのは誰のせいだ!」

魂に問いかけるように、ブレンネンが熱く語りかける。

「それは……僕の……」

再びの平手打ち。

「パルガン、お前はお前に嘘をついている! 断言する。お前のそれは本心ではないッ!! 船長である俺に! 親友である俺に! お前は嘘をつくと言うのか、パルガン!!」

「僕は!……僕は…………」

ブレンネンに嫌われるかもしれないと言う恐怖。自分を取り戻せなくなる恐怖。恐怖。それら全ての、本心を覆った殻が、ブレンネンによって叩き割られる。

「あれは……アルターの自業自得だ…………」

「言えたじゃないか……あれはあいつが、あんなド派手な方法以外を思いついていれば、機械が迫害されることもなかった! クノップが死ぬこともだ! パルガンは悪くない、ちっともな……!」

ブレンネンは、さらに続ける。パルガンの目から、光の粒が流れ落ちる。

「だが俺たちは! アルターを恨むことはしない……俺たちはアルターを止めなかったし、止めることもできなかった『責任』があるッ! いいか、責任とは悪ではない。悪いのは誰かと、責任が誰にあるかは別だ、パルガン!」

ブレンネンが説く。心を、魂を、その言葉が揺さぶる。

「次だ……マルトがはぐれたのは何故だ……!」

「……みんなが……マルトを探す前に……合流したから…………」

震える声。悪と責任の分別。

「そうだ。俺たちはマルトは大丈夫だろうと言って、探すのを後回しにした! フラゴルの『跡』を辿るのを優先したんだ。お前のせいじゃない。」

パルガンはただ涙を流していた。声を上げることは無く、ただただ涙が光る。

「では、フラゴルがああなったのは何故だ! 先に言っておくがパルガン。この期に及んで自分のせいだなどと言ったら、今度は平手打ち1発では収まらんぞ。」

「でも……それは僕が油断したから!」

ブレンネンの有無を言わせぬ平手打ち。それは、エンドレで防いでしまった。逆の手での平手打ちを、パルガンがブレンネンの腕を掴んで止める。

「パルガン!」

「なんで! フラゴルがお節介をしたって言いたいのか! ブレン──」

「俺ならお前を信じたさ……! お前は避ける、お前は耐える、今みたいにエンドレで防ぐとな……!」

「……!」

エンドレが収納空間に消える。ブレンネンを掴んでいた腕を振り下げる。ブレンネンが、二歩後ろに下がる。それは、距離を取った訳じゃない。

「いいかパルガン……恨むべき相手を間違えるな……少なくともお前じゃない……自分自身を恨むな!」

「…………」

「パルガン。……お前が恨むものはなんだ?」

「僕は……」

パルガンは、口を噤んだ。パルガンの心の中で渦巻く憎悪。それを吐露するのが、あまりにも恐ろしかった。まだ恐ろしかったのだ。

「……無理に今言う必要はない。いいかパルガン。恨みでもなんでもいい。芯の通った生き方をしろ。前に進み続けろ。いいな。」

部屋を出たブレンネン。船のドアの前に、人影。

──正確には、ムボガの影。

「おお、戻ったか、ムボガ──」

スライド式のドアが、ブレンネンがボタンを押したことにより開く。同時に、外からも開けられたのに、ムボガが扉の前で黙って立っていたことの意味を知る。

バーンの背に、力なく横たわるマルト。マルトの、死体。

「マルト……」

ゆっくりと、ムボガが口を開く。


「……僕が。」


そう言い残して、ムボガは船内に入る。すれ違う時に感じたのは、ムボガとは思えない、闇だった。



「死んだのか……マルト君。」

ゼレが呟くように言う。フラゴルも既に立ち上がり、気を取り直していた。空いたベッドに、マルトが寝かされる。

現実に存在する人間とは思えないような身体の作り。どんぐりに手足が生えたような。妖精の類いにしか見えないその見た目が、『死』という状態によって、生命であることが強調される。

「ムボガは塞ぎ込んじまっている……実際、ピサンリが行方不明になって未だ見つかっていないし、信頼できるクノップを亡くして、あいつは、独りだからな……」

ブレンネンの言葉に、黙り込むしか無かった。

「なにかしてあげたいけど……」

「せめて、ピサンリだけでも助かるといいが。」

静まり返る船内に、ドアが開く音。医務室のドアが開けられる。どうやら、プレェトは終わったらしい。

「その子は、私が弔ってあげよう。」

ローアルだった。

「ローアルさん?……弔うって?」

「彼はもっといい世界に行くのさ。蘇らせることはできないが、きっと幸せな死後を過ごせるだろう。」

ローアルは槍を構え、魔力を込める。マルトの死体の目の前に立ち、他のメンバーが一歩下がった。

「『迷える魂よ、光さす道を辿れ。』《葬送スペロ・テ・フィリチェム》」

ローアルが唱えると、たちまち光が溢れる。医務室だけでなく、船全体が光る程の、眩しい光。


その暖かさを、ムボガも。

「……マルトくん」

ムボガが呟く。その呟きに、光の中で、奇跡が呼応した。

「──いいんだ。お前が、俺の分まで旅してくれよ。そんでピサンリも呼び戻さなくっちゃな! 何でも屋どんぐりの未来は、お前に託したぜ、ムボガ。」

「マルト……?…………不安だよ、マルト……僕が、上手くやれる……?」

涙が、その木でできた体にシミを作る。

「行けるって! お前は、1人で俺たちにパルガンたちを連れてこられたし、今までにお前のパワーがなきゃ解決できない危機も数え切れないくらいあったよな……」

「それは……マルトの記憶力がないだけだけど。」

ムボガが口をとんがらせたように言う。

「おぉい! って、そろそろみたいだな……!」

マルトが、照れくさそうに笑う。

「お前に"どんぐり"の未来と、俺の友達を託す。じゃあな、ムボガ。元気でな。」

「…………うん」


最後の、楽しい時間。


暖かい光が収まると、ベッドにマルトの遺体はなかった。



しばし、後。


「これは君たちが持っておくべきものらしいな。」

宝玉アルケミを机に置くローアル。赤色の宝玉。能力は不明。

「え、いいんですか? ありがとうございます。」

パルガンが受け取ると、すぐさまチカエルが持ち上げて、収納空間に消える。

そういえば、再会を祝してパーティーしてるとか言ってたっけ。

「それと、これはパルガンに渡す報酬として用意していたものだ。君の働きはこの宝玉を渡すに値するものだったよ。ご苦労。」

「まさか神さまから労われることがあるなんてね……って、これまた宝玉?」

「は……神文明にあったとはな……ワンダリング・ゲートは結局見つからなかったことだし、これはこれは情熱的……!」

パルガンが手に取ろうとして触れると、収納空間に消えたので空振る。

「あっ……。……あれって、宝玉ミエ……とか言いましたっけ」

「そう、宝玉ミエ。」

「伝承によればその宝玉は、8000年ほど前に自然文明と神文明に国交があったとき渡ったとされている。」

「自然文明が……?」

「だが、超世界協定があるはずでは?」

ブレンネンの口から聞きなれない言葉が飛び出した。

「うん? よく知っている。流石はパルガンの居るパッション・ワンダラーの元締めといったところか。」

現世と超世界(イェツィラー)に交流は基本的にあってはならない。超世界協定というものがあり、神文明の威信を守り、死文明の暴走を防ぐ目的で採択されたものと聞く。

「だがね、現在の超世界協定は採択当初のものから改定されているんだ。我と目を合わせて死んだ者がいてな。あぁ、彼が現世で最後のワンダリング・ゲート使いだったな。それからは我々との通信は天使か精霊を介するのが原則となった。──見方によれば私の責任だ。だが私は謝らない。」

「別に謝罪は求めてないですけど。いや、ワンダリングゲートって、現世に使い手がいたんですか?」

「あぁ、天使が与えていたんだよ。ある一族にね。死文明が現世の人々の怨念を力にしているという話は聞いたかい?」

ローアルが語り始める。それに、『神の御言葉(みことば)』という雰囲気はなかった。ただ、教師と生徒。いや、もっと言えば、物知りの友人に教えてもらっている程度の空気感。だがその方が聞きやすいので助かる。

「我々神文明の、神・天使・精霊の三種族は、全て『信仰』を糧にしているんだ。……そういえば、私の眼が効かないのは神への信仰が全く無いからだな。活躍に免じて全く見逃すが……」

「あの、本題は?」

脱線した話をパルガンが強引に戻す。咳払い、ローアルが続ける。

「んん。その一族は、信仰心が特に篤かったんだ。現代にそれ以上が居ないくらいにな。」

ローアルが椅子から立ち上がる。背中側で手を組み、見栄えしない死文明の黒雲が広がる空を見上げた。

「天使たちは、『特権』を与えると共に、より高い信仰を集める手法として彼らに、神文明に繋がる魔法『ワンダリング・ゲート』と、それに必要な『神の血』を与えた。」

「なんだ、その情熱的なワードは?」

「なに、単純なこと。神聖属性の魔力を一族の子に混ぜ込んだだけだ。」

「それが、神の血……」

エピソードの終わり。ブレンネンが話を整理しようとする。

「つまり、神の血を引く極めて特別な一族が居たが……ローアルさんがそれを滅ぼして……あれ、宝玉はなんだったか?」

「……うん?」

混乱する会話。アルターは居ない。



誰も居なくなった死文明。天使が本当に全て消し去ってしまったらしい。天使の魔法が届かない屋内と言える屋内も、一番大規模なものがあの「収容所」だった。どうやら、現世の人間をさらっては収容し、恐怖という形でモヤ=怨念を蒐集(しゅうしゅう)していたらしい。助けた人間は既にローアルないし天使が現世に送った。

「そのうち収縮が起きるだろう。早めに帰った方がいい。」

「収縮?」

「現世が広がるぞ。喜んだらどうだ?」

「ひ、広がる?」

「あぁ、今日は説明し疲れた。そもそも、なぜ私が信仰も持たぬものに説明など!……と、これはパッションワンダラー諸君への報酬だ。収容所の中を掃除してくれたのは貴殿らだからな。」

ローアルが投げたものを、ブレンネンがキャッチした。金属製の、十字架状のなにか。

「これは?」

「1度だけ私を召喚できるペンダントだ。『神霊召喚 - 建速須佐之男命(スサノオ)』が(しるし)となる。」

「しるしって?」

「あぁ、詠唱の事だ。こちらではそう言う──」

ローアルの言葉の途中で、外からなにか音が聞こえる。ボボボボ……と言う表現がふさわしいだろうか。金属板をビリビリに破くことが出来たら、こんな音が鳴るだろう……そんな轟音。

窓に寄り、

「空が破けていく……?」

ゼレが呟いた。

「収縮が始まったな。ここまでとしよう。そのペンダントの使い所、間違えるでないぞ。《ワンダリング・ゲート》」

船は光におおわれ、円環の中に落ちていく。


光が晴れる。

「うわっ……あのゲート、場所の指定はできないってのか!?」

果てしない宇宙にセスランスが漂っていた。

「いや、違うよブレン……あれを見て。」

パルガンが言い、指差す。

──目線の先にあったのは。

宇宙(うみ)が広がってく……新しい星じゃないか!?」


「ワクワクしてきた……なんだ、情熱的ではないかこの情景は!」

そして浮かぶ船の隣を、なにか巨大な影が過っていく。

「なんだ!?」

「後方から大量の飛行物体! これ……イカ……!?」

それは、イカのような風貌をした生体だった。

「機械じゃないの?」

パルガンの疑問に、クチワが分厚いマニュアルを膝の上にドンと置き、ひとつのページを開く。

「レーダーのマニュアルによれば、この色は巨大な生命反応ですね。」

「ほう、大気圏を突破するほどの熱耐性を持った新生物……眷属かね?」

ゼレの考察。

「……盛り上がってきたな」

フラゴルがクスッと笑う。

「あたらしい世界……可能性の塊……」

ムボガも隠れながら心を踊らせた。

「さぁ、魅せどころじゃないか、クチワ! あの星に向けて出航だ!!」

「よーそろー! 飛ばしますぜ! 《インパルス・ドライブ 起動》! 出力(ゲイン)上げてくぞ!」

現在のセスランス・クルー全員が船頭に集い、椅子に座ってシートベルトをつける。ムボガは座ると言うよりは乗るだが。

本当は皆、心に穴が空いているのに。不安な気持ちでいっぱいなのに。

未開の地、可能性への確かな高揚が、 それら全てを覆い隠す建前となる。

希望も絶望も、光も闇も、火炎も水も自然も。全てをのせて、船は加速して行く。

皆さんの評価やブックマークが私のモチベーション、精神安定剤になります……ありがとうございます……

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