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再会

「ショクジ ダ」

死文明の言語はどんなものなのだろう。カタコトの()()()を喋ったそのメタゴストの言葉には音以上のものを感じなかった。食事という言葉を、いつ使えばいいのかは知っているが、意味自体は知らないのだ。

食事と言ってメタゴストが投げ入れたそれは、なにか塊だった。毛玉のような、なにか、塊。

「た、食べ物……じゃないだろ。」

まだ危機的なほどの空腹は感じていないので、一旦は手をつけないことにした。放置したら腐るとか以前に、今の時点で腐ってるようにも見受けられる。

ブレンネンはまだ戻っていない。尋問というものの相場を知らないし、退屈な牢の中は時間が遅く感じる。或いは既に……いや、始末されていれば次は自分らの番だ。自分たちがまだ処刑されていないということはブレンネンもまだ処刑されていないということだ。

より気になるのは、ムボガとマルト。



檻には、特殊な(まじな)いがかけられているようだった。普段常に側に居るように感じていた眷属が、誰も居ない。バーン、ラプシ、ムトト、コピル、ディーチェ、誰も。脱獄の恐れは無しと見られているのか、なにか仕掛けがあって脱獄がわかるようになっているのか、警備員すらいない。当然ムボガも近くにはいない。

孤独は人を狂わせる。特に、あるべきものがない状況は耐え難いものだ。ついには、抗議の言葉一つも発することはなくなった。


ガチャッ


マルトを驚かせたのはその音だった。鍵のかかる音と同じ……鍵の開く音?

数時間ぶりに立ち上がり、扉を押してみる。小さな体だが、何かが支えているかのように、すんなりと開いた。

「……みんな」

眷属も戻る。だが喜ぶ元気はなかった。

何があったんだ? 出て良かったのか?

なぜ牢屋に入れられたのかも分からず、なぜ出られたのかも分からない。混乱するマルトの耳元に、声だけがした。

「左右はわかるか? 今から指示をする。角が来るたびに指示を待ってくれ。いいな。」

「その声……どこにいるんだ?」

アルターと話したことはない。だが声は知っていた。真面目ながらに楽しそうな声が特徴的。アルターの声だ。どういう訳か、本人は居ないのにアルターの声がした。

「話はあとだ。右に進んでくれ。」

「……わかった」

なにか、良い方向に向かっている気がする。

だが、一抹の不安。あの月光蝶のせいで、グレベーシ事変のせいで……

──クノップは死んだのだ。



「アレが?」

「おそらくそうであろう……外套のあるメタゴストは往々にしてミタマであると聞く……」

外套でいえば、プレェトもそうだった。死文明の定番ファッション……なのか? いや、死文明にファッションという概念があるかどうかは怪しいところだ。

パルガンは考え事をしながら、もはや無意識的にムクロを祓い、そのミタマに狙いを定めた。

「やぁぁーーッ!《跡》《夕焼》!」

なおもごった返す(むくろ)の群勢を踏み台にして、(みたま)に一撃を繰り出す。

「えぇっ!」

「アーレァ・ヤクェ……スト……戦闘開始」

片腕で刀を受け止めてしまったそのミタマが何か気合を入れるようなポーズをとると、辺りのムクロを吸収し、モヤで出来た鎧のようなものを纏う。

「や……っっばい……よねぇ?!」

一歩一歩、地響きのようなものを鳴らしながら来るミタマ。だんだん次の一歩が速くなっていく。後退りは、振り向いての逃走に変わった。

モヤには亀裂が入り、割れる。現れたのは、黒くて長い帽子……シルクハットを被り、杖を携えた……英国紳士とでも言おうか。

「一部のミタマ……あれのように一部のメタゴストは生前の姿を引き継ぐ……其れ即ち生前からの恨み辛み……負の感情が大きいということ…………マスター、これだけは確実に言えるが……やつはプレェトより幾倍か強い……!」

絶望の空から、一つ大きな声がする。


「のりなサァーいっ! オロチエール!!」


鋭く飛んできたのは、聖比礼だった。

「そなたは……! ハチエル様ではありませんこと?!!」

「エぅぅ、キャラ変わりすぎぃネ?」

ハチエルの宿る聖比礼。空飛ぶ絨毯、アネモス。それはパルガンを乗せ、浮かび上がり、ミタマから距離を取る。

「大精霊?!」

「おーう、不躾ごめんネ。私はアネモスの大精霊のハチエール、よン! 以後お見知り置きっ」

「ハッちゃんは相変わらずだね!」

ミタマはパルガンの方を見上げる。徐に帽子を手に取り……

「ちょっと、同窓会は後に──」

びゅうというのは、帽子が空を切る音、横切る音。冷や汗が伝う。切れたと早とちりした頬に血が巡り、熱を感じる。

「!」

エンドレが展開され、戻ってくる帽子を防ぐ。

「嘘つき! アルターの嘘つき! 物理学って!」

次は杖でパルガンを指す。

「動けぇっ!!」

フィーリング(体感)操作っ、ネ!」

パルガンの両手首に、透明な腕輪が現れる。

「やぁっ!」

腕を動かすと、自在にアネモスが動く。エンドレと違い魔力が消費されている感覚もない。

「魔力なしで空が飛べる?!」

「そのトーリ!」

「来るよ!!」

チカエルの声の後、案の定ミタマの杖の先端からモヤのビームが射出され、パルガンのいた位置を穿(つらぬ)いていった。恐らく触れただけでアウト、そんな感じ。

アネモスは、初見のパルガンが操作しているとは思えない動きだ。蝶のように舞いビームを避ける。アネモスの吸着により、パルガンが落とされることもない。

「ひゅー! 飲み込み早ァいネ!」

「でも、このままじゃ跡は付けられない……」

真っ直ぐ突進できる状況を作らなければ。つまり杖を手放させれば良いのだ。

「《灼陽炎》……届く!」

ミタマの足元から炎が噴き上がる。

「来る!」

火柱の中からモヤのビーム。

「貴方はこの私がその程度で止まるとお思いなのですか?」

「しゃべった?!」

コツ……コツ……

燃え上がる炎──灼陽炎によるものではない。帽子、服の至る所から、死文明特有のモヤのような色の炎があがっている。骸骨の英国紳士。眼孔、肩、胸……至る所から炎。その火種は、怨念。

「その姿……パルガン……忘れもしません……私の名前はドゥオール。前世の名を……プレェト。」

ミタマ(プレェト)はお辞儀をする。ショータイムといった雰囲気。


「前……世………?」

「転生だと……? まさか……あり得ない…………プレェトは特異体ではないのだぞ……?」

ヤツエルの、絶望の入り交じった声。

「私も驚きましたよ……新しい世界に生まれ変わった時……なんということか、記憶がまだあった……パルガン、貴方への怨念もです……でもその世界に貴方はいなかった……それから私はもう一度死んでみました……するとどうでしょう? 別の世界。知らない世界、知らない常識。新天地に、再び記憶を持って蘇ったのです。貴方への怨念を全ての原動力として……そうして私は再び貴方と相見えることができたのです……あぁ! 私は死文明ですが……神に感謝を。」

絶句する。戦場の音が、何も聞こえなくなる。大精霊も何も言わない。ヤツエルすらも、全く。上機嫌に語るプレェトの声だけが、空漠たる死文明に広がった。


「私は一瞬たりとも赦したことはありません……貴方を……私の計画を台無しにし……私のことを滅多刺しにして……虫のように……汚物のように刺し……! 苦痛と共に私を殺した貴方のことを……!」


──もしそれが蘇って復讐してくることがあるとしたら、あなたは目の前の凶悪犯を撃てるか?


その問題の答えは存在しない。強いて言うとすれば、「考えるだけ無駄だから迷わず撃て」である。


「なんで……お前が……ここに……」

ラグを挟んで、言葉が漏れる。

「説明はもう終えたでしょう。《ボースハイト》」

プレェトの姿が影に溶ける。続く、影撃ち。

「ふむ……厄介なものを身につけたものです…………」

影撃ちは、エンドレに吸収される。

「お主! マスター! しっかりしてくださいまし! 良きに図らうのですわ、プレェトならば過去に一度葬ったのでしょう?!」

「やるよ、パルガン。『日食』ならきっと因果を断ち切れる……!」

「……取り乱したが……常識外の状況とは言え……いくら生まれ変わろうとプレェトはプレェト……そうであろう、マスター……」

「ありがとうみんな……」

「戯言を」

プレェトの蹴りに、パルガンは吹き飛ばされる……そして。

「もう一度やってやる……恨みも全て斬って……完膚なきまでに叩きのめす!」

──パルガンの眼が燃える。

着地し、構えをとる。そして、詠唱する。

「《奥義 - 百花繚乱・幻》」

五芒星を描く炎の軌跡が現れる。灼陽炎が至る所で吹き出し、暗いこの場所を明るく照らす。それは、

「奇怪なことを……」

パルガンの像が残る。プレェトに斬りかかる直前で固まった像。

「……無駄なことです《ボースハイト》」

姿を消す。

「後ろですよ! 《影撃ち》!」

「なに!」

エンドレで無効になったはずの攻撃。なのに、またも、パルガンは吹き飛ばされる。

「何が起きてますの?! 無効化できませんわ?!」

「察するに……魔力が足りぬ……」


「……おや?」


吹き飛ばされていたパルガンが、姿を消す。そこまで遠くへ飛んだのか?


「《ドロップ》ッッッ!!」


パルガンは、上にいた。彗星の如き勢い、ドロップで加速している。焦げた体。立つ煙。そして、プレェトへもドロップを。

「はっ?!」

爆炎の中、刀の先がプレェトに触れた瞬間に世界が止まる。刀はプレェトの手のひらで止まり、鮮血かモヤかの代わりに、火花。

「私が転生の過程で何も得なかったとでも?」

プレェトの腕に、鱗のような硬質の皮膚が形成されて行く。

「一度目の転生で手に入れた力……《龍化》」

皮膚が洋服を裂き、先ほどまでの高貴な風貌とは対極的になる。

「こっち風に言うなら『形質顕現』でしょうか? 神の力ですよ。」

「プレェト……答えよ……なぜ貴殿は転生している……転生神はなんと……?!」

ヤツエルがプレェトに問う。自分の知っている転生とは違う、ということだろう。

「転生神 ですか……さて? 心当たりありませんね 気が付いた時には新天地でしたよ…………こんなところで嘘を吐いても私に何の得もないことくらいは分かっていただきたいものです」

「セフィロト、オーバーフローしたか……はたまた……!」

「何の話か知らないけど……硬いんだったら何回も斬りつければいいよね……!」

パルガンは、普段よりも重い声だった。その怒り。威圧。

振り下ろした刀はプレェトに捕まれ、刃を粉々に握りつぶされる。

「《葬送刀ジギタリス》」

鞘が携えられ、流れるように納刀される。

「《烈火抜刀》!」

「《影撃ち》」

抜刀に手刀が合わせられ、刃は飛ぶ。

「圧倒的な力というものも、飽きるまでは楽しいものですねぇ……いいですよ、付き合って差し上げます。」

(まずはみんなを助けるところからだ……!)

パルガンの『日食』の発動条件は、まだ詳しくはわかっていない。ただ、だんだん分かってきているのは、仲間が関係しているであろうということ。



「そっちには神文明の天使が向かっている。看守たちが天使にやられるまで待機していてくれ。」

アルターの声が、指示を出す。一度奪われた自由を目の前にチラつかされている。鍵が空いているのに、待機とは。

「了解」

しかし、大局的に物を見ているのは間違いなくアルターの方だ。ゼレは待機指令を甘んじて受ける。無力感に苛まれ、触腕は壁をつつく。

その静寂を破ったのは、ひとつの爆発音だった。

「待たせたな!」

「船長!」

ブレンネンと、ムボガだ。

「マルトくんは?」

「すれ違っちゃったみたい!」

「ま、アイツは大丈夫だろう。さぁ、出るぞ!」

引っかかりはあるが、人を見る目というのなら、ブレンネンには優れたものがある。

「了解」

少しの間の付き合いでも忌々しく思える牢を出て、焦げ臭い廊下に踏み出す。

「よう」

ゼレに、フラゴルが軽く会釈する。

「感動の再会も後だ!《ブレイズ・バースト》ッ!」

雪崩れ込むムクロは、ブレイズ・バーストによりボウリングのピンとなる。

「《武器召喚 - アリストテレス》」

「《殲滅剣カタバミ》」

魔法を封じる(まじな)いは解かれた。攻勢である。

「背中は任せたよ!」

「ああ」

ブレンネンが爆破し、生き残りをゼレが撃ち抜く。フラゴルは二人の背で、殲滅剣の偉力を発揮する。

「『当千の剣よ、真の力を以て繋がりを断ち給へ』……《(しゃく)》!」

根がどんどん伝っていく。場所を中継して、ムクロからムクロへ、ムクロからオボロへ伝わり、遠くまで根が伸びていく。

「指揮官を見つけた! 殲滅剣で叩けば一掃できるはずだ!」

「やるね、殲滅剣(フラゴル君)!」

「俺が飛んで行って挟み撃ちにする! 脱出するぞぉぉっ!」

ブレンネンが飛行し、赤い流星がムクロの群勢の上を駆け抜ける。

「《ブレイズ・バァァァァーーストォォォォ!!》」

複数の火炎弾が放たれ、爆発はブレンネンをも隠す。

「相変わらず、船長は無茶苦茶だね!……《武器召喚 - 貴方だけを見つめる(ヘリアンサス)》」

天使の輪のような、でも無機質な機械。輪と球。

「僕もやらなくちゃ……すぅーーっ…………《形質顕現》!!」

その巨体は、爆煙を吹き飛ばしてムクロを潰していく。

「フラゴル君……仕掛けるよ」

「……」

剣の構えられた音が、返事となってゼレに伝わる。ヘリアンサスのランプが、赤色になる。

「《殲敵》」「《殲滅モード》」

無双が始まる。

プレェトはガチの例外です。今後プレェトのような形で転生するキャラクターは存在しません。実際、私自身プレェトを再登場させる気なんてサラサラなくて、急に件のミタマがプレェトに乗っ取られました。何なんでしょうかコイツ。

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