神話を超えて
百花繚乱・舞の強み、それは防御・回避の困難さである。四方八方を見えない速度で動き回り、時折気配を残していく。並の剣士なら、混乱して目も当てられないことになるだろう。
だが、パルガンは違った。
まやかしを、まやかしであると切り捨てることができた。パルガンの持つ『領域』は、範囲内以外の情報を切り捨てることで、異次元とも言えるレベルの思考加速を可能にしていた。百花繚乱・舞も、攻撃はパルガンに対して行う。領域は、カウンター全振りの、捨て身とも言える行動だった。
程なくして、一撃目が来た。
センジュが3体……配置、方向、状況から、本物はどこか見極める。どれか、ではなくどこか。
パルガンが選んだ答えは、スルー。
思った通り、三体のセンジュは全て偽物で、パルがんをすり抜けて行った。
センジュは隙を作ってから攻撃する手法を多用するように思える。今回も、一瞬を置いて、もう2体の分身が現れる。
「《烈火居合》」
2つなら、同時に斬れる。
だから、その2つは斬らなかった。同時に斬れてしまえば、分身としての意味は無い。つまり、このふたつを斬っていては届かない位置から本体は来ている。
--読みは当たり、センジュが斬られた。
「見事……」
センジュが、再び消える。
一撃は与えた。そのうち、限界が来るはず。百花繚乱はいずれ解かれる……このままなら勝てる!
「《ドロップ》」
予想外の攻撃。『ドロップ』の名称で、爆裂剣ホオズキの生み出した火球……ブレイズ・バーストによく似ている。それが飛んできた。
烈火居合……無理だ。断炎斬りでなければ斬れない。パルガンは領域を解除し、抜刀して火球に対処する。
「《ラピッド》……《断炎斬り》!」
反応速度、思考速度の加速。領域内に侵入された時に発動する魔法と同じ。
火球が二つに分かれ--
そこにセンジュが斬り掛かる。
……しまった、領域を解かせる狙いがあったんだ………
--「怨毒刀ドクダミ……よく効くであろう……?」
パルガンが膝を着く。息が荒くなる。脂汗が滲む。
息が、胸が苦しい。体が動かない。
「ただの毒では無い………怨毒なのだ、パルガン……恨み辛み……怨念……それがこの刀に込められ…………いつしか神剣となった……とされている………」
葬送刀の試練の時のような。精神的なダメージ。
そしてセンジュが姿を消す。百花繚乱・舞の再開。
怨毒への対処を考える猶予は残されていなかった。
「……《領域》………!」
歯を食いしばり、居合の姿勢を取る。今度はミスしない。今度は……耐えてみせる。絶対に。たかが爆発ひとつ、僕だって……火炎文明なんだから………パッション・ワンダラーなんだから……!!
「《ドロップ》」
爆発が来る……
覚悟を決めるパルガンに、襲いかかる爆音、熱、衝撃。
「堪えるか……パルガンッ!」
パルガンは姿勢を崩さなかった。
「ならばもう一度……《ドロップ》」
パルガンは、パルガンすらも気づかない叫び声を上げていた。
「《ドロップ》」
パルガンの身体が炎に包まれる。
そして、センジュの直接攻撃が来る。
「----》ッッッ!!!」
言語として聞き取れないような声で、『烈火抜刀』を叫ぶ。
「否」
しかし、パルガンが斬ったのは幻泡剣が作り出した幻影だったのだ。
--しかし、パルガンはそれを分かっていた。
「《幻日環》ッッッ」
身を翻し、斬りつける。センジュの本体がいる場所に向けて。パルガンに着いた火が、刀にも纏われて、魔剣士のようになっている。
その一太刀は、センジュの腕の1本に致命的なダメージを与えた。
「何……」
パルガンが目を見開く。
「《金環日食》!!」
パルガンの斬撃は、センジュの腕の1本……爆裂剣ホオズキを持っていた腕を斬り落とした。即座に葬送刀に吸収される。
「《百花斉-
「《ドロップ》《延焼天》」
センジュが、百花斉放による美麗刀サクラの効果簡易発動で、腕の傷を治療しようとした一瞬の出来事。
パルガンは、ブレンネンがやっていたように、足元を爆発させ、その爆風で高速移動した。
そして、延焼天の一撃。
美麗刀サクラに届く。
「《金環日食》『麗しい刀よ、真の力を以って慈愛を与え給へ』」
美麗刀サクラに向けて振った刃。刃と刃が接触する一瞬に金環日食を使用する。無理やり神剣を吸収する咄嗟の思いつき。
刀身が桜色の淡い光を放ち、パルガンのやけどや毒、ドロップによる移動で原型を留めずグチャグチャになった脚が徐々に治っていく。
「……儘ならぬな………だが美麗刀は--
「《ドロップ》」
センジュに喋らせる間もなく、パルガンは再びドロップの爆風で推進する。治り始めていた脚も再び。
「『残心よ、我が元にその真の力を顕し給へ』……」
残心刀カラミンサの能力……センジュを中心に輪が形成される。3つほどのそれは、それぞれ別の方向に回転している。
「………《月食》!」
パルガンは自身の像を斬り離すその技を再度使用する。だが、残心刀の輪に触れた瞬間、像は見えない斬撃に刻まれて消える。
「《ドロップ》!」
刀の先端から放たれる小さな雫のような火球。
それも、輪に触れた途端斬撃に刻まれて消える。パルガンは見逃さなかった。輪が減っている。
残心刀の能力……条件は回数……斬撃の回数、防いだ攻撃の強さ?
「《灼陽炎》《ドロップ》《殲敵》」
火柱剣ヒメバショウの灼陽炎も織り交ぜ、3つの攻撃を飛ばす。なおもセンジュが動かないところを見るに、動かないことを条件に無敵の反撃をしている……直接攻撃したら切り刻まれて間違いなく死んでいただろう。残心刀の能力はこれでわかった。
残心刀の輪は無くなる。
「《ドロップ》《延焼天》!」
「《奥義 - 百花繚乱・舞》……ついてこい」
パルガンのドロップによる突進に、センジュは百花繚乱・舞を合わせた。斬り落とした腕はすでに再生し、匿銘刀が握られている。
「--ぁぁぁあ!!!」
ドロップによる勢いと、痛みに、叫び声を上げて誤魔化すパルガン。センジュは表情ひとつ変えず、パルガンから逃げる。
壁に着地する度に結界が波打つ。センジュは匿銘刀の力で透明化しているが、その波打ちのおかげで多少は補足できる。高速移動しながら、『ラピッド』を使用して思考を加速。脳にダメージ。パルガンはラピッドによる脳へのダメージとドロップによる脚へのダメージ、その両方を手に入れた美麗刀の力で取り繕っていた。
そんな中、地面に衝撃が走る。
センジュが、着地し、停止している。
「避けられまい……《怨毒》」
地面にヒビが入っている。センジュは、着地で慣性を打ち消した。パルガンはそうもいかない。美麗刀は即時治療ではない。足に負荷のかかるその着地はできなかった。
「うぁっ」
怨毒刀が、パルガンに突き刺さる。何とか姿勢だけは変えて、頭から串刺しになることは避けた。しかし、腹部に毒の刀が突き刺さっている。普通は意識を保てない。
--「《断炎斬り》ィィィィィィィッッッ」
パルガンの叫びがこだまする。怨毒。怨念と毒。叫び声。脚を掴まれ引きずり込まれるような感覚。悪寒。それを全て超えて、パルガンの断炎斬りが放たれる。間合い。確実に、セフィラを斬れる間合い……!
ピシッ
「パルガン………お前……イカレ…………否……そこまでの覚悟で……決死の覚悟で………貴殿は……サルファを討つのだな…………」
センジュが持っていた刀が、全て落とされる。それと同時に、パルガンも投げ出される。
『ゲブラー』のセフィラは今、殻から解き放たれた。
セフィラ、顕現。
腰に刀を携えた、5m程の体躯の怪物。頭には角が生え、脚は丸太のように太く、鳥類の脚のような外骨格が存在する。
その黒色の皮膚は岩のように堅く、生半可な太刀筋では間違いなく刀の方が折れてしまうだろう。
だが、それは直ぐにその場で座った。
「パルガン……お主は猛き武士だ……二本場などという無粋な真似はよそう……お主は充分に強い………そのまま鍛錬を続けよ……努々怠るな……」
最期の言葉を遺し、ゲブラーは抜刀する。
エーデルが魔纏刀を携えて現れる。
「介錯致す。『魔を纏う刀よ、真の力を以て万象を斬り給へ』」
ゲブラーは、鋒を腹に突き刺し、掻っ斬らんとする。エーデルが首に一太刀与え、首の皮一枚を残して頭と胴がほとんど分断された。その首と腹から、枝のようなものが伸びていく。
「《多無色魔法 - アイン・ソフ》」
いつの間にか現れたクリフォトが放ったアイン・ソフはゲブラーに命中し、黒い光の渦が巻き上がる。ゲブラーは消滅し、赤色の光の球が天に昇っていった。
*
- むかしむかし -
その森には、危険な魔物が多く出た。時折、人里に出没した魔物を、誰かが討伐しては、英雄として奉られる。
時は進み、携帯できるカメラが誕生。魔物の出没は記録され、多くの人に認知されるようになった。
そこで、誰かが気づいたのだ。
出没する魔物には、全て傷があった。それも、鋭い刃物で斬られたような傷。
なぜ森に住んでいる魔物は人里にまでやってきたのか。
森には怪物が住んでいる。『剣の怪物』が。怪物が魔物を斬り、森から追い出していると。
時は流れ流れ……魔物も姿を見せなくなった頃。いつしか怪物は、伝承に残る『剣神』と形を変えた。剣の道を往くものに、いつか姿を現す。魔剣士、剣士、双剣士、大剣……全ての剣の道のその先に、剣神が居ると。
「なぁっ、剣神伝説って知ってるか?!」
「……お父さんが寝る前に読んでくれたよ。」
ねじ曲がった剣神伝説は、元々とは違い、多くの剣士の憧れとなっていた。
「ゲブラー……だな。お前がパノプリアでないことは分かる。」
種族、パノプリア。一般的な火炎文明の種族で、皮膚の一部が鱗になっているのが特徴。対してセンジュは、6本の腕、巨体。鱗もない。パノプリアやらの多数派の種族ではないのは誰から見ても明らかだった。
「お前は……」
「クリフォト。」
クリフォトは、手を差し出す。握手。
「……見つけた。」
クリフォトがそうつぶやくと、『アイン・ドミネート』が発動。センジュはクリフォトの支配下に置かれた。
「マスター……指示を………」
「八握剣を見つけろ。」
クリフォトに支配され、パルガンに葬送刀を与えたセンジュ。
そして、支配が無くなった今でも、セフィラ顕現状態というアドバンテージがありながら、パルガンにとどめを刺すことなく、切腹した。
ゲブラー
意味:『峻厳』
*
ビナーに続き、ゲブラー。2つ目のセフィラが解き放たれた。
ゼニス・ワンダラーの星、アツィルト。
星……と言っても、宇宙に存在するわけでもなければ、平面になっている。
中央にそびえ立つセフィロトの樹。ふたつの丸い果実が生っている。だが、食べようとは思わなかった。
それは仲間の、魂だから。
(モーリェ……話したことはなかったが……情報通と聞いた……きっと雑学を語るのは楽しかっただろうな……)
サルファが手を合わせ、木に向かって祈りを捧げる。
(センジュ……クリフォトよりも先に見つけてやれなくてごめん……俺がもっと早くここに来れていれば……いや、悔やんでも仕方が無いよな………お前ならそう言ってくれるだろ?………お前の刀と…剣は……エーデルが回収してくれる………天国に届けるよ……)
サルファが、樹の前で手を合わせ、祈りを捧げていた。
「何を、やっているのですか?」
現れたのはピサンリ。声はロボットらしいが、しゃべり方はかなり自然。未来のアンドロイドという感じだった。
「……人は死ぬんだ。」
「はぁ」
サルファが去っていく足音。ピサンリは、何となくその大樹を見つめる。
「仲間……悲しそうだった。」
サルファの悲壮感の漂うその立ち姿。ピサンリの頭に、誰かがよぎる。誰かと過ごした記憶が。
「……私にも、仲間が……?」
*
魅開杖ファレノプシスの効果が切れ、バトルフィールドになっていた結界が姿を消す。
美麗刀の効果で、じわじわと傷が癒えていく。しかし意識を保っている余裕はなく、パルガンは意識を手放した。
「……エーデル様?」
オロチエルがあらわれ、エーデルに話しかける。エーデルは、センジュの落とした刀剣を拾い集め格納していく。
「お前か。」
「エーデル様、なぜあの者の味方をするのでして?」
一瞬手を止めたエーデル。だが、再び回収を再開する。
「何故そんなことを訊く。私は既にお前の主ではない。」
「あの者は……人を消しますわ。邪ではありませんこと?」
それは、パルガンがずっと聞きたかったことでもあった。サルファは邪悪である。支配されていないのであれば、味方する理由なんて……
「……古い友人だからだ。サルファは我々ゼニス・ワンダラーと共に平和に過ごしたいだけだ。事故やミスは誰にでも起こりうる。何処に完璧な人間がいようか。」
「古い友人……エーデル様……貴女は……何時の話をしているのですか?」
オロチエル。聖比礼エンドレ。エーデルが産まれた頃から……いや、産まれる前からずっとエーデルの家に。代々受け継がれてきた。
エーデルが立ち上がる。刀剣の回収は終わり。ゆっくりと立ち上がり……着物の柄が良く見える。髪が揺れる。
荘厳な立ち姿。
懐から1本の小さな木の棒を取りだし、片手でパキッと折る。その棒は光の粒子になり、消費される。ゼニスの護符。
エーデルは、オロチエルと目を合わせ、アツィルトへ帰った。
「なにか……忘れているような……?」
オロチエルは立ち尽くしていた。




