グレベーシ戦線 - 時の止まった場所
船内では少し重い空気が流れていた。クリフォトへの不満だ。主にアルターがそうさせていた。
アルターは与えられた専用の部屋(パソコン室)で何かやっている。プログラミングかなにかだろう。ドアの隙間から、なんというか、怨念というか、怒りというかが漏れ出ている。
「あいつ、何やってんだ?」
ブレンネンがこぼす。
「コーヒー渡す時にちらっと見えたんだけど、画面に貼ってあった紙には『どこでも呼出』とか『軽量と多機能』って書いてあったかな…」
パルガンがその独り言に返す。とりあえず、プログラムを書いていることは確かだ。アルターのやっていることは、自身が饒舌に語るため多少はブレンネンやパルガンでも知っている。プログラミング、ソフトウェアを作ること。なのでアルターのそのスキルが異常なことも理解できる。異様な構築の速さと完成度。アルターの装備は多様な機能があるが、それはアルターの書くコードが簡潔にまとまっており、容量を食わないからこそなのだ。
「にしても、グレベーシになにがあるって言うんだろうな…」
「ふう…グレベーシに到着、着陸態勢に入ります。」
インパルス・ドライブの加速モードが解け、クチワからアナウンスが入る。
その時だった。
「…なんだこの音?」
パチパチという音…フラゴルには聞き覚えのある音だった。
「これは…銃弾が弾かれる時の音だ!攻撃を受けてる!」
「えぇっ?!…バ、バリスタ射出!」
クチワが咄嗟の判断で反撃すると、さらに被弾音が激化する。
「ど、どうすれば…?!!」
手詰まりのクチワの後ろから、アルターの醸し出している怒気と足音が近付く。
「ハッチを開けろ、早く!」
「アルター?!…さん」
アルターがパソコン室から出てきてクチワに言う。
「アヴニールを出す」
「えぇ、でも、この高度でハッチを開けたら着地とか色々まずいんじゃ…」
「大丈夫だ、操縦には慣れてる。さあ開けてくれ!」
アヴニールは船の倉庫に積まれている。補給用ハッチを開ければアヴニールは直接出撃できる。
アルターは倉庫に走っていく。
「了解、ハッチオープン…!」
クチワが鬼気迫った顔でハッチを開ける。そして、同じくしてアヴニールが船後部から飛び出し、アルターの声が無線用スピーカーから聞こえる。
「セスランスは離脱しろ!」
「り、了解、セスランス離脱!」
セスランスは大気圏外へ抜け戦火から身を守る。
地上では、着地したアヴニールに対し怪訝な目線が向けられていた。火炎文明の船から出てきたアルター専用フェクギアは、矛盾を感じさせる。アルターは外部スピーカーをオンにして言う。
「なぜ攻撃する!?」
「なぜって、あれは火炎文明の船だ…!」
誰かもわからないが、誰かがそういう。
「火炎文明の船だったら無条件で攻撃するのか?!」
いささか論理性に欠けると判断するアルター。
「火炎文明は敵だ!」
「火炎文明の味方をするんですか?!」
ざわつきは徐々に罵声に変わり始める。
「《氷点下ブレード》」
アルターはアヴニールに水色の、冷気を纏ったその大剣を握ると、地面に突き刺した。衝撃で少し揺れる。
ざわつきが収まる。
「ルバタは何をやっている?」
火炎文明となにが…?国王がほとんど形骸化したこの星では研究長が最高権力。アルター不在の間の研究長に指定したルバタはアルターが考える限り最適解だった。こんな状況考えにくいが…
「ルバタとシモスは捕まりました…多分死刑になるかと…」
アルターの手がビクッと震えた。
ルバタが、死刑になると。
「………セスランス、聞こえるか。」
アルターは無線を繋ぐ。
「こ、こちらセスランス!」
妙に張り詰めたクチワの声が返ってきた。
「この星の問題は俺1人で解決する。セスランスは離脱してくれ。」
その無線を聞き、衛星軌道上で待機していたセスランスは、グレベーシの重力圏を抜けて別の星へ向かった。
*
「まずは事情を聞かせてもらおう」
アルターはアヴニールに乗ったままそう群衆に呼びかける。
「では…私が。」
さっきルバタの状況を話した兵士だ。少し違う格好をしている。指揮官の服だ。
「名前は?」
「カラマリと申します。」
カラマリ。ゼレと同じくスタウロゾア、身体の一部がゲル状になっていて手足に追加して触手を持つ種族。カラマリはゼレと比べ少し触手が多いようだ。
「なぜ反火炎文明がこんなに?」
「今は火炎文明と戦争状態ですので…」
戦…争…
「…開戦のきっかけは?」
「いえ、一端の兵士には…噂程度で良ければ、『ほんの些細なことだった』と戦犯として捕えられたルバタ氏は言っているそうです…」
気になる。ルバタとは直接会って話す必要があるだろう。
「相手は?」
「火炎文明としか…」
星や艦隊ではないようだ。セスランスの真似事をしたワンダラーかなにかという線もある。なんにせよ腹が立つ。
「ルバタはどこへ捕えられている?」
「ハウ・イスト・バーナクル刑務所です…」
グレベーシ北極付近の永久凍土地帯。ハウ・イスト・バーナクル刑務所はそこにある。
「"時の止まった場所"とか言ったか…」
別名、時の止まった場所。脱獄は無理だ。脱獄防止の機能の殆どはアルターが作った物で、隙は無い。解除コードも存在せず簡単に破壊できるような脆いものでもない。
「面会は許可できません」
アルターに返されたその返答は意外なものだった。
「…なぜ?"出所後の雇用先"、面会条件は満たしてる。」
「戦争犯罪人は普通の受刑者とは訳が違うのです」
戦争犯罪人…ルバタがそうだと言うのだ。あのカラマリの妄言でないことはこれでわかった。
「なら…」
アルターは、その刑務所を出る。永久凍土の冷気を感じる。…だが、アルターはルバタとの面会を諦めた訳では無い。
あの刑務所の警備システム…隙は無いと言うのは、実質の話。対策の検討すらされていないような新しい技術がアルターの手元にはある。例えば、光学迷彩。目の前が見えなくなるという最大の弱点が残っている為に発表していなかった技術。監視カメラと警備兵はこれで欺ける。
赤外線センサーも存在するが、電力を遮断してしまえばいい。痕跡ゼロという訳には行かないが、アルターの目的はあくまで面会のみ。脱獄なんかの損害が生まれる訳じゃないんだ、停電程度は事故で方が着く。
全て、問題無し。
「《光学迷彩プログラム》」
アルターは、永久凍土の何も無い開けた場所に出て、光学迷彩のテストを始めた。防寒着と、それに包まれた肉体が見えなくなり、頭だけが浮かぶ。傍から見れば化け物だ。
そして、覆面。顔が完全に覆われ、アルターは目の前が見えなくなる。
「《感覚拡張プログラム》」
バイオセンサーによって、感覚を研ぎ澄ませる。視覚だけは、光の反射によって完全な透明化が出来なくなってしまうために補助出来ない。
真っ暗なまま、気配、音、嗅覚で周りを知覚する…はずだったのだが。
「意外と厳しいな…」
あまり見えない。物は試しと、少しその辺を歩いてみる。歩けるには歩ける。バイオセンサーで触覚が強化されているせいか気持ち悪い。
次にジャンプしてみる。
「うおっ」
どうやら垂直にジャンプできていなかったらしく、 転びかけてバックパックのジェットが作動する。ジェット噴射によって無理やり直立姿勢にされる機能。ジャイロセンサーで制御される。
「…ジャイロセンサー…ジャイロか……」
そのままアルターはふたつのプログラムの電源を切り、覆面も取る。
アルターの中に浮かんだアイデア。ロケットは姿勢制御が必要であるが、ロケットに視覚は無い。ならどうしているかと言うと、ジャイロセンサーを利用して傾きを検知、コンピューターで計算しノズルを動かすことで制御している。それを、無視界歩行でも使えるのではないか?
*
カラマリの居る部隊は、それほど特殊な部隊ではない。グレベーシでは一般的な、機械化歩兵部隊。拠点には発電機もあり、ノートパソコンなどのメンテナンス・研究・開発用の設備もある。グレベーシは資源が豊富なので、ある程度大きな部隊の拠点はだいたいこんな感じだ。
他の兵士が糧食を食べている中、アルターはひとりノートパソコンに小さな機械を繋げてプログラミングをしていた。人間を模して作られた機械。試作機だ。
「よし…これでひとまずは動くはず…」
実行コードを入れ、機械に電源が入る。電源が入ったことを示すために取り付けられたランプが光る。
その機械は、人間のように直立二足歩行をする。内蔵パーツの配置や、重りの追加でバランスは人間に近くなっている。人間以外にはなしえない直立二足歩行を、機械で再現したのだ。
アルターが刑務所を訪れたのは昼前。今は夕方。数時間程度で、ハードウェアもソフトウェアも作り上げてしまっている。物理的に少しおかしい気もするが、それがアルターなのだ。
機械が、1歩1歩歩く。危うくもない。頭部についているジャイロセンサー、胴体部には演算装置。歩く以外の機能を持たないので、歩くことに全リソースを割ける。一旦は歩けさえすればいいので、どれだけ負荷がかかっても今は問題ない。そのためにジャイロセンサーから来る情報をリアルタイムで処理し即座に歩行制御に反映できるのだ。
|マイクロコンピューター《マイコン》がなぜ野営地にあるのかはちょっとよく分からないが、多分水文明だからだろう…マイコンの存在も、アルターの超常的な開発スピードも、本人らにとってはいちいち驚いたり不思議に思っていられる状況でもない。今は戦争なのだから。
そして、直進、カーブの2つの歩行試験をパスしてその試作機はアルターの手元に戻ってきた。そして成功データを元に、限界までソースコードを簡略化し、それはやがて姿勢制御プログラムになる。そして、次の実験に移る。今度は、試作機がやった歩行を、アルターがやるのだ。
アルターは、転ばず、不快感のない、無視界でのスムーズな歩行をする必要がある。永久凍土での実験を経てアルターがたどり着いた結論は、マイコンなどの演算装置を使い、ジャイロセンサーや赤外線センサーを利用して目の代わりをさせること。だが、ジャイロセンサーはともかく赤外線センサーは厳しい。自分自身から発せられる赤外線の遮断も光学迷彩の機能の1つであるため、周囲からの赤外線を受信する必要がある赤外線センサーは使えない。よって、赤外線センサーより処理負荷がかかり精度の悪い気流センサーなどを使用する必要がある。
さらに、その他センサーを使い、演算し、見えない状態で自由に歩いて…走って…しゃがんで…動くためには…
「量子マイコン…」
量子マイクロコンピュータ。研究所に開発チームがあった。アルターが居る時はまだ試作機も出来ていない状態だったが、データくらい残っているはず。未完成だったら、そこから完成させればいい。とにかく、各種センサーによる擬似的な視界の確保には、それが必要だ。それがなければ、演算にタイムラグが生じ、潜入の発覚に繋がる。
だが、1つ問題があるとすれば、アルターが研究所に行ける確証がない。アルターとはいえ、火炎文明の船に乗ってきたこともそうだし、実は研究所に登録されているアルターのデータはパゴメノスが消してしまっていた。本人確認手段がない。この状況で本人確認を怠るような人間は居ないだろう。
潜入するしかない。透明化無しで。幸い刑務所とは違い裏口なら、ある。
*
裏口に警備は居なかった。裏口の存在を知っているのはアルターだけだったので当然。裏口は直接アルターの研究室に繋がっている。
透明化は完成していなくとも、特殊な繊維やクッションによって足音が出ない仕様の靴と服に、最低限の装備で潜入すれば、気配を極限まで無くすことは出来る。直接視認されない限り、見つかることはないだろう。
裏口の終点の扉の前で、研究室内に誰か居るか探る。音はしない。
「よし…」
小さく意気込んで、ドアを開ける。上にスライドするタイプのドア。周囲の壁と同化している上に、そもそも目立ちにくい場所に付いていて、うっかり開くこともない。
確か、量子マイコンの開発チームは2つ降りた階。
下見をしていないから、いまこの研究所がどうなってるのか分からない。ただ、かなり下の方の階でせわしなく足音や金属の擦れるガシャガシャという音が鳴っていることから、恐らく軍事基地にされている。
アルターは、消音機構内蔵麻酔弾を込めたザ・ヴァーラーをグッと握り、ゆっくり部屋を出て構えた。幸いにも、目の前に人がいるということは無かった。そして、ゆっくりと階段を降りる。
監視カメラは敢えて無効化しない。どうせ監視している人はいないし、無効になったら敵襲と騒がれてしまう。
この研究所の階段は、テロ対策のために各階ごとに別の位置に付いている。さっきあったエレベーターにはID認証がついていてアルターは使えなかった。やはりアルターのデータは消されている。
だが、階段の位置は覚えている。今の階の階段は、奥から2番目の左のドア。廊下はそれほど長くない。
部屋に人がいないか、聞き耳で探る。
よし…いない。念の為銃を強く握ってドアを一気に開ける。
誰もいない。上の方の階だから、多分軍事的に使うには不便なのだろう。
階段を降りて、次の階にも、人は居なかった。
もう一度階段を降りる。
このフロアは区切りのない大広間になっており、量子マイコンの研究チームが使っていた。区切りはないがデスクや段ボールで壁ができている。どこにあるのだろうか…?
すると、がさっという音がした。
「誰だ!」
咄嗟に声が出る。向こうのセリフだと言うのに。
と思ったのだが、どうやらそう言うわけでもなさそうだ。向こうも侵入者らしい。
なぜなら、逃げるそいつの手には量子マイコンらしきものが握られていたのだから。
「待て!」
麻酔弾を発射するも、ギリギリでドアに弾かれる。
急いでフロアを駆け抜けて、同じドアを開けて階段を降りる。
リュックのようなものを背負っていた。パラシュートかもしれないが、ジェットパックではないだろう。つまり、少なくとも下の階から上がってきたのだ。関係者か?
どちらにせよ、奴が量子マイコンを持っていってしまった。
どんどん階段を降りていく。時々やつのリュックが見える。確実に追えている。こちらの方が速い。
そして、距離は縮まりようやく同じ廊下。
一直線なら動きながらでも…
「当たる!」
麻酔弾を発射する。それはしっかりと相手に刺さり、注射され、昏睡させる。
「ふぅ…こういう時に医師免許が役立つわけだ…量子マイコン確保。ついでに洗いざらい吐いてもらおう」
カラマリ隊前線キャンプに連れ帰られたその男は、尋問にかけられる。彼が何者なのか。なぜマイコンを持っていったのか。それを解き明かすために。




