あの世に最も近い国
「選べ、敵が味方か」
自然文明の門番がそう言った。シングラータのように、身体の一部が樹木になっている。自然文明特有の種族だ。
構えている盾は木製ではあるが、そのツヤや雰囲気からは、金属製にも劣らぬ防護性能が感じられる。槍も同様だ。矛先まで木製なのに、おそらく鋭く切れるだろう。
高い技術力だ。門番に装備させる、量産型の兵装ですらこれだ。戦いになれば、もっとものすごい技術を目にするであろう。
「無論、味方だ。いや、味方になって欲しい…と頼みに来たのだ。」
「…身分を示せ。」
「我らはパッション・ワンダラー。火炎文明の者を主体に、水文明の者も2人。」
門番の2人が目を見合わせる。悪い者には見えない…という顔だろうか?
「……国内では一切の魔法を禁ずる。自然文明でない者は魔法を使うに値しないというのがこの国の風習だ。…入国を許可する。」
それを聞き、入国の許可と捉えブレンネンらが門をくぐり国内に入っていく。アルターとゼレは門番に一礼しそれを追いかけた。
「入れたのはいいが、ここに本当にあの世に通じる魔法があるのか?」
アルターが、パルガンに尋ねる。
「まだわからないよ。ただ、この自然文明があの世に1番近いのは確か。」
「あの世か………」
アルターは辺りを忙しくチラチラ見て、何か探しているようにも見える。
「アルターならあの世とかワクワクすると思ったんだけど?」
「未知の探求自体はかなり好きだ…だが人智を超えたものとなるとちょっと…手に負えないっていうか…『創造神の世界』自体俺はちょっと……」
「そっか……」
パルガンは、少し残念そうにした。
「あの世だのなんだの言ってもよぉ、結局ワンダリング・ゲートが無いと始まらないんだろ?」
ブレンネンが言うと、続いてフラゴルも口を開いた。
「ワンダリング・ゲートなんて重大な魔法、そこらに落ちてるようなもんじゃないだろ」
フラゴルの言葉に、少し黙る。確かに、どう探せばいいのだろうか。
「私が思うに、ワンダリング・ゲートが使える魔法使いはかなり重要な人物だ。きっと国の直接の庇護下にあるだろう。」
「うーん、よくわかんないけど、国に関わることだったらおじいさんに聞くのが鉄板だよね?」
「なんだそれ」
アルターのツッコミも無視して、パルガンが、おじいさんを探す。それらしい生きる大木を見つけたので、パルガンは駆け寄って行って話しかけた。
「ねぇ、おじいちゃん」
「……わしに何か用か?珍しいの、他の文明のもんが来るなんて」
「ワンダリング・ゲートって知らない?!」
食い気味で早口気味にパルガンが言う。
「ほっほっほ……お主らのような単なる観光客に、そんな重大なことを教えるわけにはいかんよ…」
予想できていた返しだ。だが、少なくとも、この大木はワンダリング・ゲートについて知っていると言うことになる。
「ねぇ、どうする?」
パルガンが小声でアルターに相談する。
「俺は…水文明の代表だ。」
するとアルターが前に出る。
「私たちはただの観光客では無い。わかってくれるかい、御前や。」
「………」
アルターとゼレの言葉に、おじいさんが、うつむく。考え込んでいるのか?急に黙ってしまった。
「……あれ、寝てるよ…」
パルガンが、おじいさんの入眠に気づいた。アルター、ゼレ共に唖然。
「無駄足…だね」
ゼレが口を開いたとき、後ろから足音が聞こえた。
全員が振り向くと、1mにも満たないほどのサイズの小さな切り株がとことこと歩いてきている。子供なのだろう。
いつの間にやら集まっていたガヤがちょっとざわつく。
「えぇと、ぼく、どうしたのかな?」
ゼレがしゃがみ込んでその子供に話しかける。
「え、えぇあ、あゎぁぁ…ぼく、ぼくの名前はムボガですます……」
「…ムボガ君、落ち着いて言ってみてほしい。私たちは怖い人たちではない。」
ゼレは変わらず、優しい声で話しかける。
ムボガには多分、パルガンたちが巨人に映っているのだろう。
切り株に手足と顔がついたような感じだ。男の子なのかどうかもわからない。…いや、木だからどっちでも良いのか。
「こ、お、おこおおおこお困りごとなら"何でも屋ドングリ"!!!」
ムボガはそういうと、群衆をすり抜けて走り去ってしまった。
「…あ、追いかけないと!」
「あぁなんでこんな面倒なことになるのかな!」
パルガンに続き、悪態をついたフラゴルと、 ブレンネン、アルター、ゼレがムボガを追いかけていく。
どんどん進んでいくムボガ。曲がり角やらなんやらを通っていく。そして、路地に入ったかと思えば、塀の隙間から、国外に出た。そして、なんとかたどり着いたその場所は、森の中の大きな木だった。ムボガがそのうろの中に入る。
「ここはもう国外、魔法も使っていいよね?」
パルガンがブレンネンに目配せする。ブレンネンは首を縦に振った。
「《小さなお友達》」
パルガンが魔法を唱える。小さなお友達、風の便りと同じような便利魔法。文明問わずさまざまな人間が使用している魔法で、身体を縮めることができる。
魔法の効果で縮み、ムボガの後に続いてうろに入る。
「おいみんな、ムボガがやっと帰ってきたぜ〜!」
わんぱくそうな声が奥から聞こえている。うろの中とはいえ、常識はずれな大木なのか普通に部屋のようになっていた。
「た、ただいま、あ…その……えーと……」
「ムボガ、どうしたの」
続いて、落ち着いた声が聞こえる。
「お客さん、連れてきたんだけど…………」
空気が一瞬凍った気がする。だが、フラゴルがそのままうろの中を進んでいった…。中には一際大きい空間があり、純白の綿の姿をした妖精や、ムボガと同じような切り株など、植物にかなり近い見た目の子供が数人集まっていた。
「ま、マジかよ…ムボガがお客さん連れてくるなんて!」
フラゴルに続いて、パルガン、ブレンネン、アルター、ゼレ。
「しかも、他の文明から………」
「あ、お、お仕事、聞かなきゃ!」
ムボガがそう諭すと、わんぱくな子がちょっと駆け足で、パルガンたちの前に整体した。
「"1000%解決!お困りごとなら何でも屋ドングリ!!" 俺はリーダーのマルト!そんで、こいつがムボガ!」
マルトと名乗った、手足のついた種って感じの子。が、ムボガの方に駆け寄り、ムボガの背中を叩く。
「ムボガです…よろしくお願いします……」
「ムボガはなぁ!普段はこんな感じだけど、マジになるとすげーんだぜ!!」
「へぇ、そうなのかい」
ゼレが反応する。どうやらゼレはムボガを気に入ったそうだ。ムボガは赤面してる気がする。(植物なのでわからないが)
「是非とも見たいよ、君の本気とやら。」
心做しか、フラゴルがムッとしているような?いや、気のせいだろう。
「それで、こっちがピサンリ。魔法がすっげー上手なんだ!」
「別に…紹介しなくってよかったのに…。」
ピサンリは綿を思わせるフォルムの…妖精だろう。と言っても、やはりアーティファクト内の大妖精とは雰囲気が全くもって違う。
「あぁ、それと今日はちょっと居ないけど、クノップっていう奴もいるぜ!クノップはカラクリを作る名人なんだけどよー、そいつの父ちゃんがクノップに仕事の手伝いさせるもんであんまりこっちに来れないんだー…。」
マルトが少し寂しそうな顔をして俯く。
「ありがとう、マルト君。それで、何でも屋ドングリさん?私たちのお願いを聞いて欲しいんだ。」
マルトはすぐに顔を上げ、笑顔を取り戻す。
「僕たちは神文明に行きたい。そのために、『ワンダリング・ゲート』が使える人を探しているんだ。」
パルガンはマルトに依頼の概要を説明する。シアノが口を滑らせたおかげで掴んだ手がかり、創造神の世界。おそらく神文明にある…。
「ワンダリング・ゲート?ピサンリ、わかる?」
「知るわけ………」
ピサンリは不貞腐れたような態度で答え、マルトは座り込んで考え込んだ。
「こ、こういう時は…と、と図書館、とか…いや…あぁ…どうかな…?」
否定を恐れてか、どもりながら案を出すムボガに、マルトが指パッチンする。ムボガは指パッチンにすこしビクッとする。
「それだっ……ムボガに1,000点」
「何点満点なんだ…?」
ブレンネンがボソッと呟いて、パルガンは笑いを堪えるのに必死だった。
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ワンダリング・ゲート
非常に高度な魔法であり、魔法文化が進んでいる自然文明でさえワンダリング・ゲートを使える者はほとんど居らず、ワンダリング・ゲートを使える者はその国に保護されるか、奴隷となるか、抹殺されるか。
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「自然文明以外の者は立ち入り禁止だ。去れ。」
意外にも、図書館の前には看守がついていた。おそらく、大きな図書館なので国の歴史とかそのへんが乗ってるのだろう。
「そこをなんとか、俺たちはこの子らの連れなんだが…」
「無理なものは無理だ。連れと言っても、その子らの方が若くては話にならない。さっさと立ち去れ。」
ブレンネンが説得するも、あえなく断られてしまう。『小さなお友達』の効果は解除していたので、パルガンはしゃがみこみ、ムボガの肩(?)に手を乗せて言う。
「ムボガ君、かわりに調べてきてね。頼んだよ?」
含みのある笑顔だった。ムボガはちょっと気にはなったが、マルトが先へ進んだのでついて行く。
看守の目が気になるので、パルガン達は町中へ進み、会話のため路地裏に入った。
「あとは待つのみ、か…情熱が足りないな…」
「いや、待つだけじゃない。時に、どうしてジギタリスが覚醒したときにミャーローは飛んで来れたのかな?」
パルガンがにっこりと笑う。
「まさか、大妖精同士には超感覚の1種があると?!」
アルターが気づく。
「チカエル、できるでしょ?」
チカエルは、なんだか気乗りしなさそうにパルガンのパックパックから飛び出す。
「できないことは…ないけど、私あんま得意じゃないんだよねー…」
流し目でつぶやくように言う。
「イッくんはそういうの得意なんだけど…」
「イッくん?」
「そう、イクエル。今どこにいるかわかんないんだけど、あの子テレポートとか出来ちゃうし、口開かなくっても喋れるし?」
「あぁ、そういう大精霊も居るんだ…」
「うわさ話は良くないよ」
不意に、声がする。声がしたものの、耳から受け取った声ではなかった。脳内に直接。知らない声。ヤツエルのものでもない、中性的な声。
「イッくん…?!」
「あぁっ、ちょっと、チカエル!!」
チカエルは、パルガンの元を離れ、図書館の方へ飛び去ってしまう。今の声がイクエルのものということだろうか。
パルガンがすかさずチカエルを追おうと路地裏から通りに飛び出す。
だが、パルガンは歩みを止めた。
「なんだ…これ?」
そのパルガンを見て、みんなも路地裏から出てくる。
「パルガン、どうし…なんだこれ…?」
人が、いない。路地裏に入るまでは人は普通にいた。何かおかしい。幻覚の類の能力か?『美双刀サクラフブキ』や、『葬送刀の試練』のように、別空間に移動させる魔法は存在する。だが、なぜ今。
「攻撃を受けている…と考えるべきだね」
「《変身プログラム》」
ゼレの発言に反応し、アルターがアーマーを装備する。
「パルガン、どうした!なぜ武器召喚をしない!」
アルターが大きな声で言う。
「ここがまだ自然文明の国内という可能性は捨てきれない!武器召喚は魔法にあたる、ここで創造神の世界とかの手がかりを失いたくはないでしょ?!」
魔力を使っていないため魔法の判定にならないアルターを除き、全員が素手の状態で精いっぱいの警戒態勢をとる。
「ぐ…まさか襲撃されるなんてよ…こんなとこであの謎の宗教に止められるなんて全くもう…クソッ…!」
「フラゴル君、集中したまえ。愚痴は後で私がたくさん聞く」
フラゴルが弱音を吐いている間パルガンは、少し遠くを見ていた。
「ん、どうした?パルガン」
アルターがそれに気づき、寄っていく。
「何か見える…少し遠いけど、なんか黒いものが、うごめいて…?」
次の瞬間、パルガンは知る。その黒いものが遠くではなく、目の前にいたということを。
「みつけた」
「うぅ?!!」
咄嗟に手で振り払う。黒い…スライム?
「みつけた みつけた」
「《サウンド・ヴァーラー》!」
音波が黒いスライムの方へ射出されたのがわかる。スライムの身体に音による波紋ができ、ブルブルと震えて少し液が散る。
「ヤツエル!ヤツエル!」
パルガンが叫ぶ。葬送刀の大精霊であるヤツエルを送り手にしたのは間違いだった。まぁ、今となってはチカエルもどこかへ行ってしまったわけだが。
「みつ けた」
「パルガン君、大精霊ヤツエルは図書館の内部にいるかもしれない。私たちだけを捕らえても、仲間の1人である大精霊がそのままでは意味がなかろう。」
「パルガン、行くぞ!」
フラゴルが、パルガンの手を取り走り出す。
*
「ちょ、ちょっとぉ…なんだよこれぇ!!」
「わ……あぁ…あわわ……」
「なによ……もう………!」
ドングリの3人もまた、図書館内部で黒いスライムに襲われていた。しかも、図書館内には多くのスライムが居た。
「少年、気を強く持て。このような類いの魔物は負の感情に作用する場合がある…」
そのスライムの群れの奥から、ヤツエルが飛んでくる。
「妖精…?!」
「我は葬送刀ジギタリスの大精霊、ヤツエル…マスターからの命令には無いが…護衛を承ろう。《大妖精の権能》」
ヤツエルの身体から光の粉が発せられる。その粉は、忌避剤の役割を果たしており、スライムを追い払う。
「すごい……」
(このスライムは死文明の物……とすれば標的はマスターのはず)
「マスターの場所へ向かうぞ」
「おう!」
ヤツエルはドングリの3人を連れて、図書館を発った。
「ヤツエル!ヤツエル!」
少し遠くで、パルガンの声が聞こえる。
「ついて来い」
少し移動して、パルガンの元へ到着した。
「愚臣ヤツエル、只今。」
「ヤツエル、ジギタリスってどうやって出すの?!あれって魔法判定じゃ無い?!」
「ジギタリスの召喚はジギタリス本体に備わっている機能ゆえ、魔力を使わず、魔法とはなりませぬ。召喚はそのまま名前を唱えていただければ。」
「わかった、ありがとう!」
パルガンは、少し試練の時を思い出して身震いするも、グッと堪えて、息を吸って唱える。
「《葬送刀ジギタリス》」
何も無い空間から、影が生まれ、その影はパルガンの手に握られると、やがて刀の形となる。
燭台を模された柄に、気品のある刀身。アンバランスなその刀。
「あとはマスターの身でわかるはず…。」
「うん…いける!」
「パルガン!」
ブレンネンが叫ぶ。見れば、スライムがパルガンの方へ飛び跳ねて来た。
「《月食》」
そう唱えながら、刀を振り下ろす。すると、軌跡が紅く光り、円を成す。その円はスライムを包み、スライムを紅く染めていく。スライムはそのまま光の粉となって消える。
「これが…葬送刀ジギタリス……!」
アルターが感嘆の声を上げる。その場にいた全員が、スライムとはいえ死文明の一部を倒すことができたという事実に、驚嘆する。
「センジュが姿を見せないということは…もはや僕だけで死文明に抗えるとセンジュが判断したんだよね……守ってみせるよ…火炎文明も…水文明も…自然文明も!」
「みつけた みつけた」
「みつ けた」
「みつけた」
わらわらと、スライムが集まってくる。
パルガン、ブレンネン、フラゴル、アルター、ゼレ、ムボガ、マルト、ピサンリ、ヤツエル………
背中を預け合って円陣を成す。
パルガンがジギタリスを構え、ブレンネン、フラゴルは少し低い姿勢、ファイティングポーズを取る。アルターはアームをパチパチと鳴らしている。ゼレは腕部分から刺胞の入った触手を伸ばす。ヤツエルはただ浮いている。マルトは覚悟を決めた顔つき。ピサンリは、気怠げな顔をしつつも魔法陣を投影した。
「ムボガ、出し惜しみは無しだぜ!」
「えぇ……マ、マルトくん……………」
「やりなさい、ムボガ…足手まといは要らないわ……」
マルトとピサンリが、ムボガに声をかけている。
スライムは、口々に「みつけた」と発しながら、今はただ蠢いている。
「うぅ……臨 兵 闘 者 皆 陣 列 在 前…《巨人の加護》…!」
ムボガが小声で九字を切り、何か魔法のようなものを発動する。
「はぁぁーーっ………!」
すると、ムボガの身体がみるみる大きくなる。
「ム、ムボガ君?!」
ゼレが驚く。
ムボガはすっかり大樹の形をしたゴーレムに成り変わる。
「"マジになるとすげぇ"ってそういう……??」
ドングリの3人や大木のおじいさんはこれでも「人間」の扱いです。
スライムは魔物。
人間は現世出身の、人間の言語で話す知的生命体全般を指します。
魔獣・魔物は『眷属召喚』の魔法や、ジギタリスの試練など特殊な場面で登場する生き物全般を指し、それ以外は神・幽霊・大精霊・ゼニスの4種に分けられます。
神は神文明の住民全般。(天使も居ますが、種族的には神と同一です。)
幽霊は死文明。(死神も幽霊の1種です。)
大精霊とゼニスは出自不明としておきます。