葬送刀の試練
「ごめんください」
エスパーダは火炎文明の、鍛冶が有名な惑星。ここでとれるアルデウム鉱石はかなり品質が良いらしく、たくさんの刀剣が生産されてきた土地だ。
レンガ二階建ての建物のドアを叩く。中からは若々しい風貌の、だが隠し切れない部分に「母親らしさ」を潜めた女性が出てきた。
ブレンネンに担がれたを見たとたんに、出た瞬間の笑顔が曇ったのがみてわかる。
「いったい何が…?」
「-親御さんならば、なにかをきっかけに活力を取り戻せるのではないかと思いまして…」
ブレンネンが、珍しく丁寧な口調でパルガンの両親に説明する。
「うむ。パルガンのことなら任せてもらおうじゃないか。」
パルガンの父親だろう。パルガンの種族はジーニストだが、両親は単なるシングラータだった。おそらく、ジーニストは突然変異か何かで生まれるのだ。
「それで、そこの二人は?」
両親の目線がアルターとポルボラのほうに移る。
「申し遅れました、わたくし水文明からやってまいりパルガン君そしてパッションワンダラー全体の技術面でのサポートを務めさせていただく、アルターともうします。」
アルターが、普段のキャラからは似ても似つかないような、「水文明らしい」口調で挨拶する。対照的にポルボラは、小さく名前のみを言い、「火炎文明らしくない」挨拶をした。緊張しているのか、シアノやセンジュを見た疲れか。
「-パルガンくんに療養してもらってる間、我々は自然文明へ向かう」
「自然文明?なぜどうして。」
アルターがブレンネンに言葉を返す。見慣れない『よそ行きモード』に笑い半分気味悪半分でブレンネンがちょっと苦笑いをうかべ、
「それは後で話そう!…御両親殿。パルガン君をよろしく頼みます。」
パルガンの両親は、ただ笑顔で答えた。パルガンを置いてブレンネンとアルターは、パルガンの実家を出た。
*
「今更…何が目的だ、シアノ!」
「目的だと?我らの使命は1つ、世界をずっと平和な状態に保つ!それは貴様だってわかっているはずだろ?!そんなくだらないことを聞いてなんになる!あの少年は禁じられた『神剣』を手にしようとした!」
シアノとセンジュの熾烈な戦い。接近しては離れての繰り返し、火花が散る。
「ふむ、お前は勘違いしている…あの刀を手にしようとしたのは彼ではない、パルガンだ…」
「何?」
「《匿銘刀オドリコ》」
センジュが姿を消す。
「小癪な真似を!《†喰らう大いなる深淵†》」
木陰に包まれ、薄暗い森の、一層濃い影から大蛇がわらわらと出てくる。その蛇の中の1匹が、何かを見つけて加速する。
その蛇が大口を広げ、バクッと噛む。何もないところから血がドクドクと流れ出る。センジュの姿が現れる。
「くっ…《美双刀サクラフブキ》……!…《剣の華》…!」
6本の腕の中の、上の右手が持っていかれた。中両手にサクラフブキを握り、《剣の華》は刀剣を多量召喚し、華のような陣形にすることで蛇の攻撃をしのぐ。
「無駄無駄無駄!《†深淵の遠吠え†》!」
この世のものとは思えないような叫び声がセンジュを襲い、それを防いだ剣の華が崩れる。だが、すでにサクラフブキによる治療は終わり、食べられた腕も新しく生えている。
「…《剣の蕾》」
崩れて地面に落ちた、剣の華で召喚された刀剣が消え、センジュの手に握られていたサクラフブキも一旦消える。
「《美双刀サクラフブキ》《火柱刀ヒメバショウ》《爆裂剣ホオズキ》《祓魔剣ヒイラギ》《匿銘刀オドリコ》《暴風刀エノコロ》」
センジュの全ての手に刀剣が握られる。シアノも思わず動きを止め、センジュの行動を探る。
センジュは、腰を低くし、膝を曲げ、膝立ちの姿勢になる。腕を開き、刀剣は千手観音の後光のように見える。
「《奥義 - 百花繚乱・舞》」
瞬間、センジュの巨体は姿を消す。
「通じんと知ってて同じ手を?!!行け!我が絶対のシモベ達よ!」
影から這い出てくる大蛇。だが、その大蛇が音もなく切れていく。その断面は燃えていたり、炭化していたり…切られた大蛇は、光となって消えたり、桜の花びらに変化したり。
「馬鹿な…?!……『喰らう大いなる深淵』が…破られた?!」
「終わりだ」
刀剣を持ったセンジュが、シアノの目の前に現れる。
そして、センジュはシアノに斬撃を加え切り裂かんとする。シアノは、ギリギリ翼でガードする。シアノは吹き飛ばされ、黒い羽根が舞う。
「う…嘘だ…このシアノが……負ける?…」
センジュは地面に倒れ込むシアノにゆっくりと歩み寄る。
「苦しまずに逝かせてやろう……」
そして、台座に刺さっている『葬送刀ジギタリス』を抜く。
「嫌だ…死にたくない……そんな……そんなわけが無い………助けてくれ…助けてくれ!サルファ!」
シアノが叫ぶ。森のどこかで、鳥が飛び立つ。
「《ゼニス》」
「ぬぅ…ッ?!」
「サ…サルファ…」
「シアノ、お前何か喋ったろ」
サルファが重い声で言う。助けに来たヒーローという感じではない。部下の尻拭いをする上司ということだろうか。
「まぁいい。喋ったところで、無限の力がどうにかなる訳では無いからな…」
サルファがシアノに手を差し出す。
「サルファ…僕は…サルファに攻撃したんだぞ…?」
「はは、言っただろ?…俺らは親友では無いが…"友達"なんだ」
シアノが笑い、手を取る。
「?!」
手を取ったシアノは違和感に気づく。サルファの魔力が、流れ込んできている…!
「《ゼニス》」
シアノの目から光が消える。元々光など入っていない眼ではあるが、虚ろな目にかわる。
サルファはシアノの手を握り直す。指を絡め、手を密着させる。
「ケテル コクマー ビナー ケセド ゲブラー」
「何を……?」
「-ティファレト ネツァク ホド イェソド マルクト」
周囲に散っていたシアノの黒い羽根が、舞い上がり、羽根の色が純白に変わっていく。
「-ダアト…《多無色魔法 - アイン・ソフ・オウル》」
繋がれた手から、無限光が溢れ出す。
それは、かつて世界を創り出したエネルギー。
*
「パルガン無しの旅だなんて…昔はパルガンがいなかったなんて、ほんと信じられなくなっちまったな」
ブレンネンがつぶやく。
「そう思うなら、今からでも返してもらいに行って来たらどうだい?船長。」
ゼレは冷やかすような口調で言った。それに対しちょっとフラゴルが顔をしかめる。
「…そういえばこの船のエンジンってパルガンさんが動かしてるんだよね?まずいんじゃないの?」
ポルボラがそう言うと、ブレンネンの荷物を持つ手が止まる。フラゴルも、ゼレも、手を止める。
「あっ………」
パルガンの、想像以上のデカさに気づいたところだった。
「セスランスに必要ない人間だ」
頭の中で、偽パルガンが囁く。
「違う…」
「情熱が無いのにパッションワンダラーを名乗るのか?」
「うぅ……」
パルガンは、うずくまっていた。
「誰からも必要とされていない…要らない人間だ」
幻聴、幻聴に過ぎない。何ひとつ実害はない。だが、パルガンにとっては脅威そのものだった。
「パルガン…昼食の準備ができているが、来るか?」
「…うん」
精神的にかなり参っていても、食べ物が喉を通らなくなるようなことはなかった。不思議な安心感だった。実際には多分養成所に居た期間の方が長いのだが、これが生まれの地という物なのだろうか。
「パルガン、向こうではうまくやれているか?」
父がそう聞くと、パルガンの脳内でフラッシュバックが起きる。
「いや……あ、いや、、うまくやれてる…よ……」
うまくやれてる、という様子ではない。それは親が1番わかっている。親というのは、子のことがなんとなくわかってしまう物なのだ。いや、わかった気になってるのかもしれないが……とはいえ、パルガンに何かあったというのは紛れもない事実だ。
食後、再び自分の部屋に戻って行ったパルガンを見送る。
「ねぇ、これって……」
「ああ……そういうことなのかもな」
パルガンの両親には心当たりがあった。1度、噂に聞いたことがあったのだ。急激に精神状態が悪くなる呪いが存在すると。
「まさか実在するなんて……」
パルガンの両親は図書館を訪れた。調べごとをする際は図書館が1番信頼できる。噂よりも断然、信頼できるのだ。
さて、どう探したものか。
本はものすごい量あった。従業員に聞いてもわからないだろう。そもそも、情報がアバウトすぎる。
適当に、図書館内を歩いていた。
「……?」
その2人が、同じ場所に目線をやる。不思議な感覚だった。2人は、互いが同じ違和感を抱いたことに気がつく。その事実は、違和感を確かめる理由として十分だった。
その目線は、本棚にある1つの本へ向かっていた。
背表紙には何か文字が書かれているが、読めない。
意を決して、その本を手に取り、なんとなく真ん中あたりのページを開く。…剣、だろうか。柄が燭台のようにデザインされている剣の絵が描かれている。だが、文字は知らない文字だ。やはり読めない。互いに隣を見て読めているか確認するが、2人とも同じような顔をしていた。
そんな中、後ろから少女の声がする。
「葬送刀ジギタリス……それは葬送刀ジギタリスだよ…」
独特の気迫を感じる声だった。その小さな子供の声には、子供らしさと同時に子供らしさと対極にある特有の雰囲気が含まれていた。
葬送刀ジギタリス…そう言ったか。
「彼はジギタリスの試練にやられてしまっている……あれを乗り越えれば力を得られる一方覚悟がない状態で再びあれを触れば…頸を掻っ切って死ぬ」
「…!?」
声も出なかった。図書館で静かにするという意識からではなかった。
「サナート、何をやっているの?……ごめんなさい、うちの子が何かしてしまったかしら、お詫びさせてください……」
「おねえちゃん!」
無邪気にその女性の方は駆け寄っていく少女にさっきまでの威圧感は無くなっていた。
……なにか、なにか恣意的な物を感じる。葬送刀ジギタリスに、引き寄せられているような……
引き寄せられている……?
2人はその本を閉じ、平積みの本の上に置き去りにして小走りで図書館を出た。
「これで合ってたの?ジギタリスを取られたらたまったもんじゃないよ…」
「でも……シナリオ通りだもの…」
「…そっか、おねぇちゃんがいうなら…♡」
*
いつの間にか、外に出ていた。目の前がぼやけて見える。
そういえば、自分はいつから家にいたのだろう。何年振りの帰宅だったのに、何も思わなかった。
フラフラと、足が勝手に動いているようだ。どこに向かっていくのだろう。いや、実際どこに向かうのかはどうだって良い。自分1人いなくなったところで、何も変わりはしない。
外にいるということは、家の中に外出を止める両親は居なかったのだ。それに、ブレンネンは自分を実家に置いて旅を続けようとしたのだ。辻褄が合う。自分は、本当に見放されたのだ。大した情熱も無く、火炎文明よりも水文明との方が交流が深い。あ、でもアルターも、自分では無くブレンネンについて行ったのか。変な笑いが込み上げてくる。
目の前には、台座に刺さった刀があった。葬送刀ジギタリス。
「パルガン!ダメだ、パルガン!!その刀に触れてはいけない!」
ブレンネンの声だった。
だが、もうどうでも良い声だ。
パルガンは、一瞬止まるも、刀を握り、抜く。
それに反応しポルボラが走り抜けていく。
「ダメだパルガンさん!」
ポルボラはパルガンの腕に飛びつき、刀を動かす手にしがみついて止める。
「やめてよ……ねぇ………」
「うわ、なんか変に力強いんだけど!」
そこに、パルガンの両親も到着する。
「その剣はダメよ!私たち全員、その剣に"引き寄せられてる"!」
「うるさい!どっちみち、もう終わりなんだ…!」
「《ザ・ヴァーラー》!」
アルターのショットガンから轟音が飛び、パルガンを抑圧する。
「なんで…なんで邪魔するんだよ…僕は要らない人間だよ……」
「馬鹿野郎!ふざけんな、お前がここで死んだら俺たち船動かせねぇんだよ!起きろパルガン!」
ブレンネンは、思いっきり振りかぶって……パルガンがアルターと手を繋いだ時のように振りかぶってパルガンにビンタした。
「冗談じゃないぞ、おい…!」
ブレンネンがつぶやく。
パルガンの目に、涙が浮かんでいた。
「目が覚めたようだな、パルガン。」
父親が口を開く。
「"一歩踏み出す勇気"…私たちはお前が5歳の頃自ら船員を志した時、止めはしなかった……だが間違っても見放したわけではない。お前のその、一歩踏み出す勇気を讃えたのだ。」
「あなたは1人じゃない…そうでしょう?……こんなに立派な仲間ができて、ここで止まっちゃうなんて、もったいないじゃない………」
パルガンは理解した。その、励ましの言葉は、偽パルガンの言葉のように、心に刺さる…溶け込む。深層心理的に、みんなの言葉を、偽パルガンの言葉を、表面の自分は否定したくなるも、深い部分の自分は、泣き叫びたいほど励まされているのだ。
……嘘をついていたのだ。自分に嘘をついていたのだ。自分がセスランスに必要ないというのは、攻撃の言葉ではない。ただ、本音を言っていたのだ。必要ないと、深層心理で思っていたのだ。ブレンネンに利用されていると、深層心理で思っていたのだ。だから、表層の自分は考えてもなぜそう思ったのか分からなかった。だから、否定し続けたのだ。だが、もう否定する必要は無い。
「構えろ……パルガンよ………お前はできる………」
そう聞こえた気がした。
「見えた…試練の攻略法…どんな時だってそう、必要なのは一歩踏み出す勇気……」
刀を構えると、やはり偽パルガンが現れる。
「セスランスに自分は必要ない」
「情熱の無い自分に価値は無い」
「そう……実際、自分一人居なくなってもいつか代わりが現れるし……情熱はあった方がいいに決まってる…でも、それを踏まえて自分の存在意義は…これから作っていけばいいんだ…僕、諦めそうになってた……一歩踏み出さずに諦めるところだったよ…ありがとう、ブレンネン、お父さん、お母さん…。」
偽パルガンがパルガンの方へ向かってくる。対してパルガンは刀を構えるのをやめ、腕を広げる。
「斬るべきものなんて無い…マイナス思考もプラス思考も、どっちも必要なんだ。プラス思考だけじゃ、人間は成長できないんだよ!」
偽パルガンは、パルガンに体当たりする形で走ってくる。パルガンは、その体を、斬らずに、抱き締めた。すると、偽パルガンは即座に光の粒になって消える。
「一体…これは…?葬送刀の試練はクリアなのか?!」
ブレンネンが驚く間に、辺りの偽パルガンが次々と光の粒になっていく。そして、葬送刀ジギタリスの方へ向かってきて、溶けていく。するとジギタリスの刀身はドス黒いものから、段々と神々しい色になる。
「やっと…目覚めの時か……遅かったな、マスター……」