魔獣・悪魔・剣神
「偽」
頭の中で、刀の中の精霊…いや、死神の声が響く。
間違い…という意味だろう。今のは斬るべきではなかったのだ。
実際ダメージが返ってきてしまっている。
この分身はハズレだったのだ。
「ブレンネンに利用されている」
「違う……違う違う違う!!」
もう一度刀を振り下ろす。
「偽」
「グッーー?!!」
違う。違うはずだ……
「違うなんて根拠は無い」
自分が語りかけてくる。この『偽パルガン』が。
「ブレンネンに利用されている」
「友情など存在しない」
「あの船に居場所はない」
偽パルガンが増えていく。マイナスの感情が増えていく。
「違う…違うよぉ……」
「違うんだよぉぉ…………」
パルガンは膝から崩れ落ちる。
「ダメか…《祓魔剣ヒイラギ》」
センジュの手に、緑色に光る文字が刻まれた、ただの鉄の棒…いや、錆びついた…『鉄剣』だ。それが握られる。
「………こっちだよ!!船長!」
「…センジュ御前?!」
そこにポルボラが来る。続いてブレンネンも。
「あれは何をやってるんだろう…?」
「なんだあれは…なんかわからんがやばいぞ!ポルボラ!」
「うん!《オン・ファイア》!」
ポルボラの体が燃える。オン・ファイアは自分の体を燃えさせて足を速くしたり跳躍力を高める魔法。ポルボラが最も得意とする魔法だ。そして、ポルボラは跳び上がる。
「スーパーヒーローキック!」
「ぐっ?!」
跳び蹴りによりパルガンを攻撃、抑圧する。パルガンの手から葬送刀ジギタリスが離れる。
「ム…まずい……」
センジュが呟く。
「"まずい"だって?」
後ろからゆっくり歩いて追いついてきたゼレがセンジュに尋ねる。
パルガンの手元を離れた葬送刀から、黒いモヤが出て、葬送刀は浮かび上がり、煙の塊になる。
「試練を放棄したと見做された………『魔獣ジギタリス』が我らを処刑しに顕現した」
「魔獣…だと…?!」
「こ…これって…これってやばいよね、船長……!」
「パルガン君、立ちな!逃げるよ!」
「コッコッ……」
狐の様な見た目の大きな獣…魔獣ジギタリス。
「『警告』の鳴き声だ…来るぞ。『祓魔の剣よ、その真の力を以って災禍を祓い給へ』」
魔獣が飛びかかる。センジュが持っている祓魔剣ヒイラギから光が吹き出す。
「《一突万倍撃》」
「ギャーッ!?」
センジュがヒイラギで魔獣ジギタリスを突く。一突きしただけなのに、ジギタリスの身体には幾千幾万の突きが繰り出されている。
「試練は失敗だな…お前に葬送刀は使えないようだ」
ポルボラがセンジュの力に驚嘆している。
「…だ、だが今のは事故で失敗しただけではないか?!…これで判断するのは…!」
ブレンネンがセンジュに向かって抗議する。
「どの道精神が崩壊し始めていた…無理だった」
「そんなの、最後までやってみなくちゃ分からないじゃん!」
続いて、ポルボラがセンジュの姿勢を非難する。
パルガンは、我ここに在らずという様子だ。
そんな中、ブレンネンが空に何かを見つける。
「…あ?なんだあれは?」
「む……面倒な者がきたな…《匿銘刀オドリコ》『真の力を以って災厄より我らを匿い給へ』」
*
「パルガンたち、うまくやれてるかなぁ…?」
「そんなこと言っても仕方ないですよ、彼らは火炎文明、我々とは元来関わるべきではないのです」
「あいつらはパッション・ワンダラーだし…」
アルターの故郷、グレベーシ。そこに立つ大きなビル群の中に一際目立つ、総合研究所。
研究長室に佇んでいるのは、アルターとルバタ。ルバタはアルターが無限の力を探しに行こうとした際に研究長代理として推薦されたほどの凄腕であり、パゴメノスの代わりとなったのは然るべきといえる。
「それはそうと…少し前、闇文明がきた時に攫われた人が結構いるんだよ……どうなってるんだホント…死文明に支配されたと思ったらまさか火炎文明が間接的に死文明から解放してくれるなんて…トンデモ展開もいい加減にしてほしいね……」
「主にアルターさんが破壊した建物の修理代もトンデモないんですが…?」
「あー…それは……はは……」
スーパーヒーローものでは、建物はクッションのような扱いをされ、どんどん破壊されては次回治っている。だが実際にはそうもいかない。
搭乗型ロボットでの戦闘は、必ずといっていいほど建物に大きな損害が生じるのが欠点だ。ロマンなどと言ってやたらめったらと使っていては、更地になってしまうかもしれない。
アルターは、死文明襲撃時に連れ去られた仲間を救出するため、死文明の痕跡を探っていた。死文明はワンダリング・ゲートを使用して移動するので、研究は難航していた。
「本当に…こんなの魔法じゃなきゃ無理だよ…でも魔法使える人は全員死文明に持っていかれたし…パルガン…」
アルターが、親に甘える子供のような声でつぶやきつつ伸びをする。それをみたルバタは深々とため息をつき、言った。
「火炎文明に“連れ去られた”ゼレさんは無事なのか…気になりますねぇ?」
「つ、連れ去られた…?ゼレは自分の意志で…!」
「セスランスの行方が分かっています。研究長自ら救出しに行ってあげるのが彼女のためなのではないでしょうかねぇ?」
ルバタが食い気味に返す。
少し遅れて、困惑顔のアルターの目がキラキラ輝く。
「そうじゃん!」
*
「あれは…パルガン?!なにか精神攻撃を受けたのか…?あれが確かポルボラ…」
木陰から、アルターはパルガンらの様子をうかがっていた。ただならぬ様子に、本当なら今すぐにでも飛び出したいところを、我慢する。
「ここまでくればもうよいだろう。」
と、声がしたと思えば、大男が突如現れる。いままでどこにいたんだ?
「おい、一体なんだっていうんだ?隕石か?」
「いや…この惑星には5つの衛星がある…隕石はそれほど降ってこない」
(…隕石?)
センジュらの会話を聞くアルター。隕石。
それから間もなくして、爆発音が聞こえた。
隕石の落下音だろうか。
アルターの、研究者本能が刺激される。
パルガンと、本能を天秤にかける。
「奴らは処刑人…この世界の始まりからずっとこの世界を守ってきた存在…」
「守ってきた…?」
黒い羽根が、ひらひらと舞っていた。アルターはその木洩れ日と舞う羽根に息をのむ。そして、その羽根の主を見つける。それは隕石ではなかった。
悪魔だ。
「葬送刀ジギタリス…貴様、知っての行いか?」
「葬送刀?何のことかわからない、あんたは誰なんだ?空から降ってきたのか?」
「お答えしよう…我は人呼んで“暁闇に魅せられし狂躁”L.D.シアノ・ヴェノム…貴様を処刑しに来た…」
アルターの頭に、なぜか忘れかけていた記憶がよみがえる。
「貴様、シアノ!」
「貴様には悪いが我は今苛立っているのだ…我が本気の力の餌食となるがよい…!《†武器召喚 - 祝福と不浄の対刃†》」
シアノの腕が、一方はドス黒い闇に、もう一方は神々しいまでの光に包まれる。やがて、その手には一対のダガーが握られた。いつか見た『本気の片鱗』だ。にもかかわらず、あいまいな記憶でもわかる。あの時とは比べ物にならない絶望感。
「《†蝕む大いなる深淵†》」
シアノの足元から、大蛇が飛び出てくる。シアノはその大蛇の頭部に立ち、アルターに接近する。
「まずい…あの大蛇に毒があるだろうというのは想像に難くない…未知数なのはあの双剣だが…解析ができない…!」
アルターのつけているゴーグルにはエラーの表示が出ている。
「ぐ…《変身》…!」
冷気が吹き出す。蛇は変温動物、冷気で止まるはず!
「誰かが戦っているぞ…!?」
「アルター!アルターだ!!?」
センジュがその異常を感じ取ると、パルガンはアルターの冷気を見つける。
「急いで戻らないと!」
「やつに敵対したところで勝算など是一つとして存在せぬ……故え無駄だ…!」
「おい、あんたがそんなにいうなんて、その処刑人ってのは何者なんだよ?!」
「止まらないだと?!…ただの蛇じゃねぇ!」
「クハハハハ!!我が絶対のしもべである『辰巳大蛇』がその程度の知恵で打ち破れると思ったのか?!」
蛇は構わず突進してきて、牙を立ててきそうになったので慌てて顎を蹴り逃げる。
「本当にこの世界の物なのかよ?!どうなってんだ、全く!物理の法則に適ってないぞ!」
-これが魔法ってやつなのかよ!……そう言おうとしていた。そういう意図の発言だった。
「気づいたか…どうせ死ぬ命だ、冥土の土産に持ってゆくが良い」
「…?」
「奴らは『ゼニス・ワンダラー』…"創造神の世界"から来たワンダラーだ……」
「創造神の…世界…?!」
「文明は"無い"。無文明…奴らは自分でその状態を無と呼んでいた」
-宇宙は無から生まれたのだ。
最初に無があった。だが神の世界から零れた10の『神の力』によって無は無限となった。
無限の力は、無限の光を放つようになった。その無限の光から、宇宙が、星が、生命が生まれたのだ。
「光のみだ……光以外は要らない…貴様のような世界の秩序を乱す存在は闇として消え去る!《†爆ぜる大いなる深淵†》!
」
「待て」
2人の間に、センジュが割って入る。
「おぉ……このような場所で貴様にまた会えるとはな…センジュ御前…ッ!」
センジュが到着し、少し遅れてポルボラと、バルガンをおぶったブレンネンも到着する。
「“また”か」
アルターが小声でつぶやく。
「《符 - 剣の舞》」
センジュのその詠唱で、センジュの手に剣や刀が握られる。
「《爆ぜる大いなる深淵!》」
その大蛇はセンジュのほうへ向かっていく。
「ここは逃げるぞ!ブレンネン!」
「あっ!クソ逃げるな!貴様!《深淵の-」
「《爆裂剣ヒメバショウ》『真の力を以って巻き上がる焔を呼べ』」
センジュの腕のうち一本に握られた、緋色の剣が光を放ち、シアノのあたりに火柱を巻き起こし詠唱を中断させる。アルターたちもそのすきに逃げる。
「ゼニス・ワンダラー…創造神の世界…」
アルターの脳内はそれで埋まっていた。
「創造神の世界とやらも気になるが、まずはパルガンだ、パルガンの実家に行ってみよう、好転するかもしれない」
廃人気味のパルガンを背負い、ブレンネン・アルター・ポルボラはパルガンの実家に向かった。