千の手を持つ剣豪
意識が遠のく中、自分を呼ぶ声が聞こえていることがわかる。ブレンネンの声だ。
「パルガン!パルガン……!!」
目を開こうとする…開かない。
声を出そうとする………出せない。
何にせよ、プレェトに殴打された腹部がまだ痛む。回復術師がもういないので、普通の治療法を使うしかなくなってしまったのだが…
「生きてはいるのだがね……流石に外傷がキツすぎる、目覚めるのはまだしばらく難しいね。」
…知らない声だ。この声は?なんだ?
全く聞いたことのない声。
「おい、生きてるったって、こんな状態でほっといたらパルガンがこのまま死んじまうかもしれないんだぞ?!何もできないのかよ?!」
「早とちりで人が治ったら私は餓死してしまう。」
…なんというか……この冷たい感じ……水文明の人間か?
*
アルターが水文明に残ると言った。見送った後に、平和になって行くこの水文明の星から通信を飛ばし、クチワら船チームを呼んだ。怪我人の確認をして、物品の確認をする。
そして死人の埋葬。
そして、船の最終点検をしている頃だった。
「私も連れて行ってくれないか?」
ゼレが、歩いて船の前にきたのだ。
「ああ?それはないだろ。」
ゼレと戦っていたフラゴルが即座に否定する。
「パルガンとアルターのようにはいかない。曖昧なもんじゃなく、お前と俺は明確に敵だ。論理的なおふざけはウケねぇぜ なあ船長、どうするよ?」
「…………一緒に飯食ったらいいやつかもな!」
「おいおい……」
…そのゼレが、セスランスに乗せてくれと頼んできた。正直全くの想定外だ。
アルターを乗せていたのは成り行きのようなもので、別にこの船はあくまで火炎文明の船。ブレンネンは船長として断るべきのはずなのだが…
フラゴルが小声でブレンネンに話す。
「おい、スパイかもしれないんだぞ…」
「ふむ…もしそうだとすれば情熱的ではないかも…いや、だが裏切られたらそれはそれで情熱的ではあるだろう?!」
小声で、でも大きく返すブレンネン。
「おいおい…情熱ってもんの解釈違いだぜ…俺はもう知らん………」
フラゴルが船内に入っていくのを見て、ゼレがブレンネンに目を移す。それを察知しブレンネンはゼレに語った。
「ついてきてもいい。だが必要なのは「何ができるか」だ!ゼレといったな?お前は何ができる!?」
「あぁ、それなら私は船医ができるよ 別に魔法ではないが…正しい措置ができる」
「む、そうか」
ブレンネンの頭にピュールの顔が一瞬よぎる。これまで船医…回復術師はピュールが担っていたからだ。ピュールの代わりたりうるのか?そして今負傷しているものを助けられるのか?
*
「確かに、時間が経過するほど体力が失われて行くというのは事実だ。だが、船内でできることは無い…かえって悪化してしまう場合もある。」
「おい、船医になったってのに初任務がそれなのかよ?ヤブ医者か?」
さっきからフラゴルが訝しげな顔でゼレを見ている。ブレンネンは彼女を半分ほど受け入れたようだが、一貫して、ゼレを敵視しているようだ。
「失礼だな、火炎文明の者は………この傷の深さだと、すこし神秘的な療法になるね。」
「神秘的な?だがお前は機械文明の…」
「それはステレオタイプっていうんだよ、ブレンネン船長。……パルガンくんの故郷に帰ろうか」
「は?それで何になる?」
フラゴルがゼレを睨む。ワンテンポ遅れて、ブレンネンが操舵室の方へ行き、クチワに行き先を指示する。「うす」と生返事が返ってきて、その指示にクチワも一瞬首を傾げたのちに、アルターが取り付けた機械を動かして操舵を始める。
「それじゃあ、パルガンくんは体が動かないように固定しておいてくれたまえ、動くと内出血が酷くなる」
「ああ……」
フラゴルが、嫌そうにパルガンに固定用の器具を取りつける。
「ねぇ、フラゴル君。確か君の座右の銘、『止まらない』……だったよね」
いつの間にやら、フラゴルの後ろにゼレが来ていて、ゼレが囁いてくる。背筋にゾワッと何かが走る。…嫌悪感ではない。
「そ……それがどうした!」
「私の恋は止めちまうのかい?」
「………………………?!!!!」
音としてしか捉えられなかった言葉が、徐々に紐解かれていく。……なんと言った?!…耳が赤くなっているのがわかる。
「…貴様何を言って!?」
居ない?!
「う…うぅ……」
「パ、パルガン?!!」
てんてこ舞いだ。部屋に戻ったであろうゼレと呻いたパルガン。天秤に一瞬かけた自分を呵責しブレンネンを呼んだのだった。
*
「着陸する!」とクチワが威勢よく声を張る。それを、船内に取り付けられたスピーカーが復唱した。
便利な物だ。
船はゆっくりと減速し、やがて地面に降り立った。
ドアが開くと、ドッと歓声が上がる。
だが、船の中の雰囲気を見てか、すぐにその歓声もおさまってしまう。
「私の子はどこへ行った…!?」
そんな声がした。それと同時に、先ほどまでの歓声が、ざわつき声になり、次第に怒声に変わり果てる。
水文明との戦いで失った人間の両親が、怒鳴り込んでいるのだ。
ブレンネンも、フラゴルも、ポルボラも、クチワも、ゾルヒウンも、もちろんパルガン、ゼレも、その他の船員も、誰も言葉を発せなかった。
怒号がどんどん勢いを増していく。やがて、声だけで押しつぶされそうになっていたところに、何が異様な気配を感じた。
「…何だ?」
何かが、飛行機的な、キーンという音がしている。野次馬もその音を聞いてか、少しずつ静まり始める。
「おい、この音…」
ーー辺りが砂埃に包まれる。
「な、何?!」
咳き込む音が聞こえる。足音の駆け巡る音もだ。野次馬が逃げ出している。
もしかして…シアノか?!
と思ったが、その心配は要らないようだ。その影は、全くシアノのものとは似つかなかった。だが、その巨躯はシアノと同じような、「異形」の雰囲気を漂わせる。
ズシンと、足音が辺りを揺らす。
5対、10本の腕。3mを超えるほどの巨躯。
「いや…あれはパルガンが行っていたやつよりも大きい…それに腕がたくさんあるなんて特徴言っていなかった!」
ただただ、正体不明の恐怖が向かってくる。
…ストレスによるものか、なにか耳鳴りがする。耳鳴りが大きくなる。
気にしないようにもできない耳鳴りがしだした。頭も痛くなり、目の焦点が合わなくなる。脂汗が出る。
一生のように感じられる3秒間の頭痛が起きた。全員に。
その頭痛が無くなったことに気づき、ゆっくり目の前にピントを合わせると、すでにその脅威は去っていた。ガヤも居なくなっている。
「…なにか…攻撃を受けた…?!」
「どうやらそのようだね……」
「ポルボラ、辺りを見てきてくれないか?」
フラゴルがポルボラに指示する。いろんな事情が相まってポルボラの声を聞くのは久々なので、何だか少し高く聞こえるのだが。
「うん、わかった!!」
ポルボラがバンと胸を叩き意気込み、すごいスピードで駆け出していく。ポルボラの俊敏性はピカイチ、偵察には向いている。
「…ん?…」
ゼレが違和感に気づく。……嫌な予感だ。少し怖くて、ゆっくり、ゆっくりとその違和感を確かめる。
ドアが開いている。医務室…いや、パルガンの部屋なのだが…いや…ドアが開いている。閉めたはずだ。確かに。
恐る恐る、覗き込む。
ベッドから、拘束具が垂れている。……垂れている。パルガンに取り付けられていたはずだ。なぜ、ブラブラとしているのだ?…………
ーーパルガンが居ない!
「パルガン君がいない!」
「なにッ!」
「!」
*
「パルガン。目覚めろ……」
ブレンネンの声では無い。だが、最近聞いた声だ。
「某はお前の傷を治すことができる…」
「!」
「だが……それは後だ……」
…なぜだ?何かさせようというのだろうか。
「お前たちが水文明と交戦したが………結果として……実質的にはあれは敗北だ……………」
いや、あれは死文明がいたからだ。プレェトがいなければこうはならなかったはず…「言い訳を考えたな?パルガン…」
ーバレている。
「某はお前たちに力をつけなくてはならない…」
なぜだろうか。…死文明、水文明、……どこかとの戦闘を望んでいるのか。
「お前は弱い…だから負けるのだ。…………それでは死文明には勝てん。それに、別の脅威にも…」
別の脅威?
「…お前の剣が死文明の者に当たらなかったのはなぜだと存ずる」
そんなの……プレェトは実体を持っていないからだろう。
「む……まだ喋れぬのか」
パルガンが声を出し損じているのを見て、センジュが近づいてくる。…なんだ?歩いたと思うのだが、いま、瞬間移動したような…?
「《美双刀サクラフブキ》、治癒の力を与えよ」
どこかから二振りの刀が出てきて、センジュの手に握られる。淡いピンク色のあしらわれた刀だ。
センジュがその刀を少し空中で振るい、座り込んでいるパルガンの頭上で交差させる。
なんだ?目の前がチカチカする。瞬きした瞬間瞬間に、なにか景色が見えているような。その一瞬が、段々と長くなっていく。現実の、森の中にいるこの風景が薄れていく。
次に瞬きをした時、息を飲んだ。ふっと鼻を通り抜ける香りに魅せられる。
一面の花吹雪であった。
その花びらが、パルガンの身体に当たっては溶け込んでいく。足元は、地面も見えない花びらの山である。淡い色。あの刀と同じような色だ。ふと、自分が深呼吸しているのに気づく。先程まで息をする度に鈍痛が走っていた腹部も、なんともないようだ。
「!……ハァ…ハァ……」
唐突に、目の前が森であることを思い出す。太い幹のうろに、動物がいるのがわかる。太い蔦になんらかの毒々しい果実が生っている。視界がはっきりして初めて感じた。ここは、火炎文明の星なのか?
「ここは確かにお前の故郷の星、エスパーダだ。どうやらお前はこの星のことを某より知らないらしい。……いや、どうでも良い話だ。そんなことにうつつを抜かしている場合ではない。」
「じゃあ、今から何を?」
「ついてこい。」
センジュが動き出したので、何もまだ分からぬままに着いていく。
森の中を歩くのは初めてだ。そもそもエスパーダにこんな場所があるなどと知らなかった。
というのもパルガンは小さい頃にもう訓練所に入っていたので、故郷ですら冒険したことがない。なのに今宇宙の旅をしている。考えても見れば、不思議な話だ。故郷より他の場所の方が長くいるなんて。
…いや、それが故郷を捨てる、ワンダラーになるということなのだ。後悔がある訳では無い。
森の変わり映えしない雰囲気が変わる。何か、プレッシャーというか、違和感を覚えた。…生き物の気配が無くなったのだ。
さっきまでは野生の生き物がいた。虫も居たし、なにか光る目を見た。それが、居なくなっている。どこへ向かっているのだろうか?
「着いたぞ……」
「…おお……!」
森に、一筋光が入っていた。その光が、台座に刺された剣を照らしている。
「伝説の…剣…?」
「いや、刀だ……それにそれは伝説なんて聞こえの善いものではない…封印された悪魔の刀、葬送刀ジギタリス。」
「葬送…」
死者との最期の別れ。最初の墓参りのことを指す場合もある。だがこの場合は………
「死文明を滅ぼす刀だ」
「これが…?」
パルガンは、センジュの背後から離れ、刀に近づく。
「まだ触れてはならぬぞ」
この一帯のただならぬプレッシャーを放っているのはこの刀だ。鍔は…なんの形だろうか?四葉のような輪郭をしているが、十字型に抜かれている。
柄には燭台のような模様が施されており、刀身を火に見立てているような形だ。刀といったものの、柄のデザインはかなり剣に近い。その柄に、刀らしい反った刀身と鍔がついている。なんというか、好きになれないデザインだ。
「その刀を握れば……宿っている『死神』に出会うこととなるだろう……そして生命エネルギーを吸われ始める。この刀は自身が死文明に近づくことで死文明を倒す力を発揮するものだ…。」
「死神…」
イメージは湧かない。だが、ここに来たんだ。ここに来たからには、資格はあるはず。死神が何はあまり分からない。
だが、必要なのは、1歩踏み出す勇気…だ。
「さぁ……行くぞ、パルガン…」
自分を鼓舞する。1度息を大きく吸い、吐く。
そして、手をゆっくり刀の柄に近づかせ、手のひらが触れる。そして、指をゆっくりと折りたたみ、やがて掴んだ。そして目が合う。
「汝、何を欲する」
これが、死神………豪華と形容したいものの、華美でない服装。ローブがひらひらと揺れているほか、身体からは黒い火の粉が散っている。
辺りは暗い、暗い空間が広がっていた。
「汝、何を欲する…」
「…僕は力が必要だ。仲間を守るための力が…仲間を殺させない力が…!」
「"守るため"だと?…笑わせる。貴様に仲間だと?」
「なにを…?」
森に戻っていた。真っ暗闇の空間ではなく、森の中に戻っている。刀は地面に刺さってはいるが…カタカタと揺れて抜けそうだ。
「お前は仲間じゃない」
その言葉に、その声に、前を向く。
…パルガン、自分だ、自分がいる。
「お前に守る権利などない」
もう1人現れる。
「お前は最底辺だ」
もう1人。
そしてさらに驚いたのが、その言葉ひとつひとつが……パルガンが時折考えることそのものだったからだ。
『パッション』ワンダラーなのに、ブレンネンとまるで違う。パルガンに情熱など、あるのだろうか。いや、ないのだ。
ブレンネンのような情熱、ポルボラのような情熱、フラゴルのような情熱、そのどれもがパルガンにはない。
これは、自分の中から本当の自分を見つける試練。そうパルガンは受け取った。
「ふむ……あの刀を掴み…第二の試練に進んだか…やはり……」
「偽物の…本心じゃない自分を斬っていけばいい…それだけだ…できるだろ!」
パルガンが自分を鼓舞する。
「ブレンネンに利用されている」
「違うっ…利用されている訳じゃない!僕とブレンネンの間には確かな絆が…」
言い切ろうとした時、なにかフラッシュバックが起きる。トラウマが掘り起こされたかのようなフラッシュバックが一瞬だけ見えた。
現実では、偽パルガンが目の前に迫っていた。
「『陽炎斬り』!」
パルガンは、刀を一気に抜き思いっきり振り上げる。だが…
「っっっーーッ?!」
斬った部分が、痛い!ダメージがこちらに返ってきている!
「偽」
脳内に先ほどの死神の声がする。不正解ってことか…!
…つまり、パルガンは自分がブレンネンに利用されていると思っている……?
…そうかも…知れない……
続く