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ワキヤクレイヴ -wakiya crave-  作者: いちどめし
第一章『アルトチューリ編』 第二話 -村の英雄-

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scene2-1 ゴブリンの事情

 林道を抜けて一番初めに見える土壁は、金物屋の自宅兼作業場である。

 昼間には軒先で酒をひっかけていたはずの主の姿が見当たらないのは、中で作業をしているからだろう――と、平時ならばそう予想するところだ。


「入るのか?」


 静まり返った扉に近づくと、すぐ後ろに着いて来ていたグレイプに小声で尋ねられた。


「ああ、ここは知り合いの鍛冶場で……何か、武器になるものがあるかも知れないからさ」


 年季の入った木製の戸には鍵がかけられておらず、僕は罪悪感に身を少しだけ低くしながら、薄暗い作業場に侵入した。

 煩雑とした中で、部屋の奥に位置する作業台の周りだけは心なしか小奇麗にまとまっている。

 脇に置かれた背のない小さな木製の腰かけも、作業台と平行になっており、いかにもお行儀が良い。


 きっと、作業台は豪快で大雑把な性格をした彼の聖域なのだろう。


 そんな、金物屋自身にとってはきちんとまとまっているのであろう作業場において、出入口側の壁周りの散らかりようは明らかに異質だった。

 壁に立てかけてあったと思われる長柄の農具十数本が散乱し、剣を飾るのに使っていたらしい壁掛け用の金具は壊れ、壁の破片とともに転がっている。


「ここにいたヤツは、武器になるモンを引っ掴んで、慌てて出て行ったって感じか?」


「そうだろうね。おじさんの愛用していた剣も無くなっているし、自分用と、誰かに配るための農具もいくつか抱えて行ったのかも」


 押し入ってきた何者かに連れ出されたのではなく、戦うために自ら出て行ったのだろう。

 部外者で、しかも異種族であるグレイプの見立てでもそうなのだという事実に、少し安堵する。


 金物屋のおじさんは、少なくとも襲撃されて一方的にやられたわけではないのだ。

 もしかするとまだ戦っているか、そうでなくてもどこかに隠れ潜んで反撃の機会を窺っているのかも知れない。


「僕はこれを持っていくけど、グレイプもどれか使うかい?」


 僕が足元の鍬を拾い上げるのに続いて、グレイプは少し思案した後、散らかった農具の中から草刈り鎌を手に取った。


「こいつを使わせてもらうよ。オレにはそんな長いモンは使いづらいからな」



 金物屋の家を後にして、僕とグレイプは武器を構えながらじりじりと進み、何ごともなく居住区の石畳に辿り着いた。


 静まり返った家々を前にして、武器を持つ腕は自然と下がっていく。


「いねぇな」


 グレイプがぽつりとこぼす。

 僕は無言のまま数歩進み、しつこいと思いつつも辺りを見渡した後、彼の分かり切った確認の言葉に同意した。


 村の様子は、おばさんから聞いていたものとは随分と違っていた。

 僕の捉え方とおばさんの言葉選びとの間にいくらかの齟齬があったのだ――と片付けられるような違いではない。


 ゾンビに襲撃されたはずの居住区には、誰の姿も見つけることができなかった。

 見知った村の住民の姿も、襲来したというゾンビたちの姿も。


「争った後にすら見えねぇな」


「まあ、陽の出ているうちは畑の方へ出ている人がほとんどだから――」


 悲観的を装いながらも、犠牲者の姿はおろか血痕すらも見当たらないという状況に気が緩む。


 いくつか目についた民家の戸を叩き、そのいずれからも反応がなく鍵もかけられていないことを確認すると、僕の脚は自然と自宅の方へと向かっていた。


 居住区を進むうち、煙の臭いが鼻先を掠めるようになる。

 その嗅ぎ覚えのある匂いや、おばさんからの情報から判断するに、麦畑が燃えているのだと考えて間違いないだろう。


「なんで燃やしちゃうんだろうな」


 ふと漏らした独り言に対し、グレイプからの反応は無い。

 反応を期待したわけでもなかったけれど、隣を歩くグレイプを見やると心配そうにこちらを見上げる小さな友人と目が合ったので、僕はなんだか安心してしまって、そのまま言葉を続けた。


「ここは、村のほとんど全員が麦畑の世話をして、収穫をして、それを領主に納めたりして――それで生きているようなものでさ、不作の年なんかはみんなが相談して工夫して、なんとか乗り切って来て……今、畑がどんな状態なのかは分からないけど、こうしている間にも燃やされているのは、この村の今までであって、僕らのこれからでもあるんだなって考えると、なんだか――」


 自分でも何を言っているのかよく分からなかったけれど、言っているうちに感極まってしまって、少し言葉に詰まった。


「なんだか、信じられなくてさ」


 口をついた言葉は、多分、僕の本当に言いたい言葉ではなかったけれど、他には何も上手い言葉が出てこなかった。


「まあ、今日はサボってたんだけどね、畑仕事」


 苦笑交じりにそう締めると、グレイプが足を止めた。


「オレはほんの二日前まで、穴掘ったり埋めたりして、みんなで暮らしてたんだ。そこにあのクソ勇者がやって来て、洞窟の中にあるオレたちのテーブルをぶち壊して、食べかけの食事を蹴っ飛ばしていきやがった。オレとリンゴ以外は、きっともうみんな死んじまったよ」


 抑揚のない声だった。

 僕は今日会ったばかりのゴブリンが、偽の勇者――ウィア・ドルズ――に追われてこの村まで逃げ込んできたのだということを、もうすっかり失念してしまっていた。

 たった今泣き言を零した相手が、僕よりも辛い目に遭ったばかりであるのに違いないことを、今更思い出した。


「ああ、そんなつもりじゃなくて。ごめ――」


「よく分からねぇけど、この村に起きてることは、つまりそういうことなんだろ。だったら、許せねぇよな」


 真っ直ぐに僕を見上げる、グレイプの黄ばんだ目。

 顔が熱くなるのが分かった。


 昔、レイヴと洞窟の中に持ち込んだ子供向けの英雄譚の中で、ゴブリンはいつでも弱くて凶暴で頭の悪いやられ役だった。

 だけど今日、グレイプと出会い、ゴブリンだからといって悪いやつばかりではない、ということは知れたつもりでいた。


 ただ、それでも僕の中で、彼は自分より下の存在だった。

 自分の方が強かったから、ですらなく、彼がゴブリンだったから、だ。

 しかも、そう思っていたこと自体に、僕は今の今まで無自覚だった。


 そんな僕に、グレイプは今こうして同調しようとしてくれているのだ。


 そんな彼に、僕は無神経にも同情を求めたのだ。


 こんなに恥ずかしいことはない。


「……あぁ、すまねぇ、ちょっと、違ったか」


 僕が黙っていたせいで、グレイプは心配そうな顔をした。


「違わないよ、グレイプ。むしろ、君の方が大変な目に遭ったばかりなのに、泣き言を聞かせてしまって、ごめん」


「変なことで謝んなよ。オレの方が大変かどうかなんて、オレには分からねぇよ。どっちも大変だろう?」


 大きな手振りで、説得でもするように、やっぱり心配そうな顔で。

 この期に及んで、グレイプはまだ、僕に言葉が伝わらないことを危惧しているようだった。


 感情が溢れ出しそうになって、僕はいつの間にか止まっていた足を再び進めだした。


「ありがとう」


 後ろに続く足音に、顔も見ないままそう伝える。


 彼の顔を、これ以上直視できるわけもなかった。

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