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ワキヤクレイヴ -wakiya crave-  作者: いちどめし
第一章 一話 -約束の戦士-

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scene4-3 猟師編・余興

 立ち上がり、戦意を失わずにいる猟師の姿に、礼装の子供は嬉しそうに目を細めた。


「まだ元気そうで安心したよ。殺しでもしたらスフマートの機嫌が悪くなるからね」


「スフマート?」


「ゾンビを村に放った犯人のことさ。殺さず、逃がすなっていうのが彼の要望なんだ」


「殺さずっていうのは有り難いけどね、あいにくと、こちとらこの老体だ。次に何かもらったら、きっと死んじまうよ」


 絶え絶えの息で、それでも絶えない軽口。

 それは弱みを隠すためで、幼い頃から染みついたマァギタ一流の処世術であった。

 それでいて、このような窮地でも拭い去ることのできない染みついた所作であったことに、内心で苦笑した。


 懐に手を入れる。

 何かを企んでいるのに違いないあからさまな行動であることはマァギタ自身も自覚していたが、力量差から来る余裕故か、歩み寄る子供の真っ直ぐな瞳は、むしろそれを見守るかのようですらある。


「安心してよ、お姉さん。頼まれはしたけど、あの陰気な屍術師野郎の言うことを無理に守ってやる義理もないんだ。そうやってあくまでも抵抗を続ける意思を見せてくれるのなら、それが言い訳にもなるしね」


 宝石のような隻眼が、嗜虐的に歪む。


「さあ、鉄砲をなくして、今度は何が出て来るんだい。その手に握っている物を、早く見せてよ」


「何も――出てきやしないよ」


 手を伸ばしてもまだわずかに届かない距離で、黒い服の子供は立ち止まった。

 余裕を見せながらも、警戒を完全に解いたわけではないということだ。


 裏を返せば、それで警戒をしているつもりだ、ということになる。


 マァギタにとって、それは、その位置は、好都合だった。


 逃げ腰を装い、一歩下がる。

 同時に、懐に隠した指先に力を籠める。


「仕掛けは、アンタが済ませてくれたんだからさ」


 丸薬の潰れる感触。瞬間、溢れ広がる冷気。

 マァギタ手製の氷魔法の罠である。


「足元の警戒がお留守だったねぇ、ボウヤ」


「ボウヤなんて呼ぶな! ボクは――」


「おや、お嬢ちゃんだったかい?」


 したり顔を向けられて、胸から下を氷漬けにされた子供はヒステリックに、声にならない高音で吠えた。


「まあ、ボウヤだろうとお嬢ちゃんだろうとどっちでも構わないさ。か弱い猟師さんがやっとの思いで一矢報いたんだ。少しぐらいは話を――」


 細腕が何かを仕掛けるように持ち上がるのを見て、マァギタは咄嗟に丸薬を投げつける。


「話の途中に妙な動きをするんじゃないよ」


「……なるほど、使い捨ての魔法道具か」


 上げかけたまま氷塊に固められた自身の右腕を一瞥し、美しい貌が忌々しげに歪む。

 不機嫌さを露わにしてこそいるが、その目はそれまでにない鋭さを見せており、既に冷静さを取り戻しているようだった。


「今投げたのと同じものが、ボクの足元にも仕掛けられていたってわけだよね。いつの間にそんな罠を?」


「さっきも言っただろう。仕掛けを済ませてくれたのはアンタの方さ。さっきフッ飛ばされて髪留めが千切れなけりゃ、こんなチャンスが巡って来ることもなかったよ」


「魔法を込めた珠を髪留めに使ってたってこと? 随分と危ないアクセサリーだね」


「いざって時のための隠し玉さ」


 おざなりに会話を続けながら、取り落した猟銃を探すためにうろうろと歩き回る。

 仕掛けが成功した際の興奮で紛れていた痛みがぶり返してきたので、マァギタは治癒魔法の丸薬を懐から取り出し、奥歯で噛み潰した。


「それで、今度はどうするの? こんな氷、すぐに脱出できるだろうし、これ以上の手がないんだったらボクを倒すことはできないよ」


「おや、破られちまうのかい。大トカゲぐらいなら肉まで凍りついて致命傷になるほどの特別製だったんだけどね」


 マァギタは意外でもないというふうに言いながら見つけた猟銃を拾い上げ、焦る内心を抑えて罠の前に戻った。

 黒服を閉じ込める氷塊に異変は見とめられなかったが、動きを封じられた上に銃口を向けられても尚不敵な笑みを湛える隻眼に、虚勢の色はない。


 おもむろに銃口を下ろしてみせると、敵は見た目の年齢――十を超えたかどうかといったところか――相応の、拍子抜けしたような脱力した表情を見せた。


「なんだ、撃たないんだ。せっかく絶望させてやろうと思ったのに」


「効くかも分からない銃弾撃ち込んで、反撃の理由をプレゼントする根性は無いさ。効いたら効いたで、無抵抗のガキの頭をフッ飛ばしたとあっちゃあ夢見が悪い」


「それで、攻撃もしないなら、ここからどうするつもり?」


「あんた、目的は何だい」


 あざけりを含んだ問いには応えず、猟師は静かに尋問する。

 氷漬けの子供は満面に愉しそうな笑みを浮かべた。


「勇者の育った村に、挨拶代わりの余興を――ってところかな」


 マァギタの心臓が跳ね上がり、猟銃を持つ手に再び力が籠る。


「ストリーブのボウズもすっかり有名になったもんだ。勇者への妨害活動は王宮の法で禁じられているはずだが……そいつを破る酔狂なあんたらは、ただのケチな賊ってわけじゃあないんだろう? いったい何者だい」


 訊かれるのを待っていた、とでも言いたげに、青い瞳が怪しくきらめいた。


「ボクは魔王軍の戦闘員、キアロスクーロ」


「あんたが――」


 マァギタは目を伏せ、凍りついた地面を、野草を凝視する。

 キアロスクーロの告白はマァギタの予想の範疇ではあったが、それでも魔王軍という言葉は彼女を動揺させるのに余りあった。


「あんたが偶々、偶然、村に迷い込んだ、ただ恐ろしく強いだけのガキだったとして――」


 キアロスクーロに向けられているはずの言葉はあまりに静かで、早口で、虚空に向けた独り言のようである。


「死人も出てるこの状況で、そんな冗談を言うほどの莫迦だっていう可能性は、無いと思って良いんだね?」


 抑揚もなく言いながら、マァギタは腰の小物入れから艶のある丸薬を取り出すと、それを流れるような動きで猟銃に装填した。

 キアロスクーロが何かを言おうと口を動かしかけたその刹那、老いた猟師は飛ぶように距離を取り、風もなかった林道に鋭い銃声が響き渡った。


 丸薬は氷塊に着弾して一瞬だけ白く光り、暴力的な高音を撒き散らしながらキアロスクーロの姿を土煙で覆い隠す。


 風魔法の応用による連続斬撃を込めた丸薬。

 髪留めの氷魔法同様、普段の狩りでは使用するあてもない威力過多の奥の手である。

 マァギタは攻撃の結果を確認することもなく、再び林道を駆け出した。

ここで一旦、マァギタとキアロスクーロの戦いのシーンは終わりです。

キアロスクーロの名前を出すのが遅くなってしまったせいで、名前を出さずに描写することに苦戦しました。

また書き溜まったら投稿します。

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