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風のフルーティスト  作者: 蒼乃悠生
第一章 いろんな人に出会ったり
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3-2



   ■ ■ ■



 今日一日の練習を終えて、フルートの入ったハードケースを肩にかけて、校門に向かう。

 職員室から戻ってきた夏希(なつき)は、そのまま買い物に行くらしく、音楽室で別れた。

 空を見上げると、雲のかかった夜空が広がっていた。いまもまだ織姫と彦星は会えていないようだ。少し雲の厚さが薄くなったのに。

 学校からアパートまで歩いて帰られる距離。立派な校門を過ぎて、右に曲がった直後、

「お疲れ様です」

「ひゃあああ!」

 突然背後から声が聞こえて、悲鳴をあげてしまった。近所迷惑だと、咄嗟に両手で口を押さえる。

 くるりと振り返ると、街灯に照らされた福岡くんが立っていた。

「あれ? 帰ったんじゃなかった?」

「ちょっと用事があったんで」

「用事?」

 高校生が二十一時までどんな用事があるのだろう。

 そして、次に頭に浮かんできたのは、夏希(なつき)の愚痴だ。

「そいや、夏希(なつき)から聞いたよ。福岡くん、お家の人、厳しいんでしょ? 早く帰らなきゃ」

「はは」

「笑い事じゃないって」

 困った。これでは、夏希(なつき)にまたクレームが入りそうだし、福岡くんにとっても良いことにはならない。

 どうしたものかと悩んでいると、

「お姉さんの名前はなんと言うんですか?」

「私の名前?」

「お姉さんと呼ぶより、名前の方が呼び易いんで」

「あ、ああ、そういうことね」

 無駄にドキッとする。歳だな。

 とりあえず、私達は歩き出した。

眞野(まの)しほりだよ」

眞野(まの)さん、ですか。宜しくお願いします」

 爽やかな笑顔が向けられる。眩しい。眩し過ぎる。そんな若い子に名前を呼ばれて嫌な人が、この世にいるだろうか。いや、いない。

 ジンジンと高校生という若さを全身で噛みしめる。

眞野(まの)さん、いつもこんなに遅くなって、危なくないですか?」

『いつもこんなに遅くなって』という言葉に一瞬引っかかる。

「もう慣れっこだから。それにこんなおばさんを襲うような物好きはいないでしょ?」

「いや、この前の人、いましたよね……」

「あ」

 冷静に福岡くんに言われて、ハッと思い出す。そういえば、そんな物好きが一ヶ月前くらいにいたな。

 すると、どちらとともなく笑い声が漏れる。声を抑えながら、「忘れてた忘れてた」と正直に自分のミスだと白状した。

「あれからは大丈夫なんですか?」

 改まって福岡くんに言われ、思い返してみる。

「んー、怖い思いはあれっきりかな」

「それはよかったです」

「でも、またあんなのがあったら」

 怖いな。

 寸前のところで口を閉じる。いかんいかん。また甘えようとしている。この言葉を言ってしまえば、相手に期待していると思われてしまう。

「連絡、交換しときます?」

 優しい声色。

 思わず、足を止めて、福岡くんの顔を見上げた。

 夜風が二人の間をすり抜けていく。それは冷たく、心地よかった。

「じょ、冗談……? からかってるんでしょ」

 もっと違う言い方があるだろうに。

 福岡くんも立ち止まって、私を見据える。彼はニコッと笑った。

「冗談じゃないですよ? またなにかあった時は——」

 照れ臭そうにはにかむ福岡くん。

「助けに行きますから」

 王子様に見えた。

 こんな私でも助けてくれるの?

 でも、口に出したくても言えない。

「あ、あのね! 別に、あま、甘えたいわけじゃ、ないんだよ? 私の方が年上なんだし、もっとしっかりしなきゃって。だから、助けてほしくて、その、言ったわけじゃ、ないから」

〝またあんなのがあったら〟て言ったわけじゃないんだよ。

 きちんと伝えた。

 だって、『甘えるな』て言われたくないから。過去の亡霊達に言われた言葉を。

 ああ、穴があれば入りたい。潜り込みたい。私、高校生を前になにを言っているのだろう。大人らしく、堂々としていればいいのに、それすらできない。

 私はハードケースを抱えて、それで顔を隠した。それはひんやりとして、火照った顔は心地よかった。

 すると、急にハードケースが宙に浮かぶ。いや、取り上げられた。

「これは没収します」

 そう言って、福岡くんは、私の楽器ケースをさも自分のもののように肩から掛ける。

「ちょ、ちょっと!」

眞野(まの)さんは眞野(まの)さんらしくいればいいのに」

 慌てる私をよそに、福岡くんは自分のスマートフォンを取り出した。「眞野(まの)さんも早く出してください」

「本当に連絡交換、するの?」

「はい」

 恐る恐る出したスマートフォンを福岡くんは手に取って、慣れた手つきでIDと電話番号を入力していく。流石若者といったところか。

「俺の入れときましたんで、何かあったら連絡してください」

「助けに行くって言うの、ちょっとキザですかね」そう言って、彼はスマートフォンを返す。画面を覗いてみると、確かに彼の名前と連絡先があった。

「家まで送ります」

「いや、悪いよ!」

「ちなみに、俺の家、駅方面なんで」

「同じ方向だね。でも……い、いいの?」

 甘えてもいいのだろうか。

「女性一人で帰らせるわけにはいきませんから」

 いまだけ、甘えてもいいかな。

「星、綺麗ですね」

「え、星、見える? 雲が邪魔してない?」

 福岡くんにつられて私も夜空を見上げる。

「見えますよ。雲と雲の間。ほら、飛行機が飛んでるじゃないですか」

「飛行機って、どれ?」

 目を凝らすが、どれが飛行機の光かわからない。首を傾げていると、福岡くんは指差した。

「ほら、あそこ。月の近くで雲が途切れてるでしょ? いま、ちょうど光がチカチカしてる。あれが飛行機ですよ」

「あ! あの点滅してる奴? 確かに動いてる。あんまり空とか見ないからわからなかったなぁ。仕事場近くだと、ビルの光が強いから星も見えないし」

「この辺は比較的都心から離れてますからね。見ようと思えば見えますから、たまになにも考えずに星を眺めると落ち着きますよ」

 そう言って、柔らかな笑顔を向けてくれた。


読んでくださり、ありがとうございました!

もし気に入ってくださったら、コメント等をいただけますと円が嬉しくて躍ります!

執筆活動にも影響が出ますので、是非とも宜しくお願いします!

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