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風のフルーティスト  作者: 蒼乃悠生
第一章 いろんな人に出会ったり
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2-3


   ■ ■ ■



 私と夏希(なつき)は小学校時代からの友人。

 二人共、特に音楽系の学校を卒業したわけではないが、フルート奏者とピアノ奏者としてタッグを組んだ。

 特に私は誰かに師事したことはなく、独学と夏希(なつき)のアドバイスをもらいながら、ソロのコンテストに出て結果を残してきた。

 ちなみに、夏希(なつき)はプロに師事しながら、教師を続けている。

 アマチュアの私がどこまで音楽の世界で名を残せるか、夏希(なつき)に助けてもらいながら挑戦している真っ最中。

 フルートは人気が高く、ライバルが多い。音楽学校を卒業したわけでも、フルート教室に通ったことも、プロに師事したこともない、私のフルート技術はただの独学である。

 そんなこんなで、ただでさえフルート奏者が音楽の世界で厳しい中、私は他の仕事をしながら、今も尚フルートの活動をしている。音楽で食っていけないからアマチュアなのだが。

 いまは、秋のコンサートに向けて頑張っている。夏希(なつき)とお金を出し合った、二人のコンサート。少しずつ知名度も上がってきて、今年は初めての満員で、いままで以上に気合を入れている。

『クラシック好きの為のコンサート』をテーマにしている為、有名なものからマイナーなものまで用意してみた。

 そして、いまから練習する曲は、ロドリーゴの『ある貴紳のための幻想曲 第2楽章 エスパニョレータとナポリの騎兵隊のファンファーレ』。

 ギターと管楽器のための協奏曲。

 この曲のイメージは、寂しさがある。苦しさもある。言い換えれば、絶望に近いのかもしれない。でも、希望がある。光のような小さな希望が。

 さあ、その希望の光を掴みに行こう。

 そう思った時だった。夏希(なつき)の弾く手が止まった。

「しほり」

 少しムッとした表情。これは怒られるパターンだ。

「……はい」

「似たようなフレーズを繰り返すでしょ? 同じ吹き方じゃあ、聴いてる方は変化がなくてつまんないよ」

 やっぱり、それ言っちゃいます?

「はい、わかってます」

「ピアノも同じリズムなわけよ。こんなに何回も同じメロディがあって、ただ音域が変わっただけ、じゃあ済まされないでしょうが」

「はい」

「イメージ、少し弱いんじゃない?」

「……イメージ、かぁ。大体は決めてんだよ? ロドリーゴの時代背景から、内紛で辛い思いをしている中、希望の光を……」

「辛い思いって、例えば?」

 彼女の追求の眼差しは緩まない。

「えっと、貧困してたらしいから、お腹空いたとか」

「他は?」

「他、はー……うーん」

 大体のイメージはある。でも、細かいところは決めていない。夏希(なつき)は、別に内容はどうでもいいのだ。彼女が言いたいのは、漫画や小説の物語が移りゆくように、音楽も常に変化している。その変化が足りない、そう言いたいだけ。

 言葉に詰まっていると、夏希(なつき)はわかりやすく溜息を吐いた。

「アンタさぁ、本番がもう少し後だからって気を抜かないでよね。学生みたいに合わせる時間は多くないんだから」

「わかってますよー」

「『アランフェス協奏曲』の方が良かったかなー」とつい呟いてしまい、夏希(なつき)は「そんな問題じゃない」と頭を叩いてきた。

「しほり、なにかあった?」

 ドキ。

「え、なんで?」

 出来る限り平静を装う。だが、夏希(なつき)の訝しむ視線は変わらない。

「アンタが悩んでたり、嫌なことがあったら、演奏に出る。素直に出る。誰よりも出る」

「そんなに言わなくても……」

 落ち込むから言わないで。

 昨日の夜は言わずに、母の小言の話だけでいいや。

「お母さんだよ。いつもいつも彼氏とかいないのか? ていう話。老後の面倒を見なさいよって、勝手に言われちゃってさ。嫌になっちゃう」

「本当にそれだけ?」

「はい」

 思わず否定しそうになったが、ぐっと首元まで登ってきた言葉を飲み込む。

「ど、どこでわかったの? その、なんかあったって、気づいたの」

 恐る恐る訊いてみると、夏希(なつき)は未だに怪しむ視線を止めないまま、『カヴァレリア・ルスティカーナ』を弾き始める。暗譜しているようだ。

「最初のピッチ合わせ」

 何度も演奏してきたのだろう。指を動かしたまま、そう言った。

「始めからじゃん」

 夏希(なつき)との付き合いは長い。だから、音合わせの時に、ピッチは合っているが、ぶら下がり気味だと言ったのだろう。奏者である私のテンションが低いから、フルートは素直に音で表してしまった。

 私はフルートを縦に抱き、夏希(なつき)の演奏に耳を傾ける。そんな様子に、彼女は眉をハの字に寄せた。

「なにしてるの」

夏希(なつき)のピアノ、聴いてんの」

「そんな暇ないでしょ?」

「だって、弾いてるからさー」

「あたしはアンタと違って、体を動かしてないと落ち着かないのよ」

「焦ってる?」

「焦り……とは違うわね」

 ニヤリと笑う。

「アンタの〝本気〟と早く合わせたいだけよ」

 少し面食らう。そう言われるとは思わなくて。私の演奏も捨てたものじゃない。そう捉えていいんだよね。


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