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風のフルーティスト  作者: 蒼乃悠生
第一章 いろんな人に出会ったり
6/42

2-2

「おし! 気分上々! コンサートの曲に入ろっか」

 流れる汗をタオルで拭きながら、夏希(なつき)に笑いかけた。だが、彼女はあまり明るい顔をしていない。

 何故だろう? と首を傾げると、呆れたような声色で次の楽譜の準備をする。

「『熊蜂の飛行』が練習曲ってあり得んでしょ」

「そ? 私は指の慣らしにもなるし、コンディションが悪かったらすぐにわかるし、いいと思うけど」

「ロングトーンがない。苦手なのはわかるけど、ちゃんと基本練習しないと」

「苦手じゃないよ! 好きじゃないだけ」

「しほりは連符が好きだもんね〜」

「私の強みは連符くらいしかないもん」

「『カヴァレリア・ルスティカーナ』やる?」

「やらないよ」

 マジ勘弁! 私はリッププレートを指で拭いながら、首を激しく横に振った。

『カヴァレリア・ルスティカーナ』は、ピエトロ・マスカーニが作曲したオペラ。

 夏希(なつき)が言っているのは、それの『歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲』を吹かないかと誘っている。

 ゆったりとした、美しい旋律。ロングトーンがきちんとできていないと吹ききれず、メロディの途中で切れてしまう。

 譜面上は簡単に見えるが、いざ吹いてみるとかなり難しい。譜面通りに演奏することが辛いのだ。

 それがわかっているからこそ、私は嫌な顔をする。

「じゃ、ロドリーゴ、やろっか」

 いくら生徒が帰った後だからといって、音楽室を無限に使えるわけではない。とりあえず、今日は二十一時までと決まっている。時間がない。

 楽器に息を吹き込んでいると、突然、ガチャリとドアを開ける音がした。

「あ」

 目を向けると、昨日、助けてくれた男の子が入ってきた。自然に目が合う。

「どしたぁ?」

 夏希(なつき)が首を傾げ、私を見た。私は慌てて両手を振った。「あ、いや」

「おっ! 珍しいなぁ、福岡。どうしたの?」

 夏希(なつき)の視線は私を素通りし、音楽室に入ってきた男子に向けられていた。

「すみません。忘れ物を取りに来ました」

 福岡と呼ばれた少年は、ペコリと夏希(なつき)に会釈すれと、スリッパを履いて入っていく。

 あれ? 私の存在は無視ですか。

 最初、少し目があったくらいで、その後からは全く合わない。明らかに向こうは私を見ようとしなかった。

「忘れ物って、ノートでしょ?」

 ニヤッと悪戯っ子のような笑顔をすると、夏希(なつき)は「ちょっと待ってね」と言って、隣の個室に入った。

 彼女はすぐに出てくる。私が福岡くんに話しかける間も無く、緑の表紙のノートを手に持ってやって来た。

「ありがとうございます」

「どういたしまして! 大事なノート、忘れずにしなさいね」

「先生みたいにボケないよう気をつけます」

「一言多いんだよ」

 夏希(なつき)は空笑いをしながら、彼の背を見送る。

 私は呆気にとられ、ただ少年の姿を追うだけで終わった。

 じっと私を見遣る。

「なぁに? 福岡に見惚れてた?」

「違うよ」

 私は目が合わないようにリッププレートを無駄に拭きながら、楽譜を見つめる。夏希(なつき)にバレたらなんて言われるかわかったもんじゃない。知られない方が後々楽だ。しかし、なんか苛々する。

 ピアノに座りながら夏希(なつき)は言った。

「福岡と知り合い?」

「べ、別に」

「ふーん。あの子さぁ、アイドルみたいな顔してるよね。性格もよくてね、荷物抱えてる時は進んで持ってくれるし、困った時は助けてくれる凄くいい子。なかなか紳士よ?」

「あ、そう」

 私の顔を覗き込んだ彼女は、含み笑いをした。

「今度は年下狙いですか〜?」

「……違います」

 ピタッと体にくっついて、茶化してくる夏希(なつき)を剥がしながら、首を横に振る。そんなつもりはない。歳が離れ過ぎてる。非現実的だ。

「まー、歳の差がありすぎるもんねー。三十三と十七だっけ? 十六歳差かぁ、数字出したらスゴイな」

「んもー! うっさい!」

「はいはい。いろいろ面倒だから、高校生に手を出すのはやめときなよ」

「だから、しないって!」

 頑なに目を合わせようとしなかった人と、そんな関係になるわけがない。

 昨日のお礼、言いたかった。でも、あんなふうに完全拒否されて、腹が立つような、悲しいような。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

もし少しでも気に入っていただけたら、評価(★★★★★)をしてくださると、執筆活動が更に頑張れます!

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