4-2
「オイ、糞爺」
聴き慣れた声。
でも、激昂しているように声が低い。
ドアが開いていた。そこには仁王立ちする湊くんは、持っていた長財布を適当に投げ捨てた。
一方、梶瑛さんは彼のすぐ後ろにいて、後ろめたい気持ちがあるかのように俯いている。
「あ、あれ? もうコンビニに行ってきたの? なんか早くない?」
オロオロするshow先生。先程までの余裕は何処へやら。
「行ってない。つか、しほりさんから手を離せ、糞爺」
「先生に向かって糞爺はないだろ!」
「じゃあ、クズ先生」
「酷いっ」
show先生は目を合わせようとしない梶瑛さんに気づき、「凛子っ、話が違うじゃねえかっ」と必死に訴えていた。
先生の手が離れた瞬間、私は駆け出した。
「湊くん!」
飛び込むように抱きつく。会えたことが嬉しい。ほんの少しの時間しか離れていなかったとしても。
「ちょ、しほりさん⁉︎」
「会いたかったニャー」
「しほりさん! むな、胸元、見えてますから」
焦る湊くん。どうして、そんなに焦っているのかわからなかった。
「ちょっと! 年増! 湊から離れなさいよ!」
剥がそうとする梶瑛さんを尻目に、ぎゅっと腕に力を込める。
「ヤダ!」
「子供みたいなこと言わないで! 年増!」
「いや!」
「ババア! 離れろ!」
「ババアじゃないもん!」
「『もん』⁉︎ キモいんだけど!」
「離れないもん!」
そんなやりとりを優しい目で見守る彼は、私の頭をぽんぽんと撫でた。
「しほりさん、ボタンボタン」
「わかんにゃい! わかんにゃいから、服、脱ぐ」
ボタンを摘む。
「違う違う違う違うッ」
湊くんの制止を訊かずにボタンを外そうとするが、やはり上手く外せない。「うーん」と唸る。
覗き込もうとするshow先生に気づいた彼は、額に青筋を浮かべた。先生の行為に激怒した様子だった。
「お前ら、出てけッ‼︎‼︎」
「え、あたしも⁉︎」
彼はshow先生と梶瑛さんの背中を押して、リビングから追い出した。ジタバタする二人を問答無用で。
ぽつんとソファーに残される私。とりあえず、ブラウスを脱ぐ。瞬きを繰り返しながら、怒りを表す彼を眺めていた。
彼は赤面しながら、慌てて自らのティーシャツを脱ぎ、そのまま私にかぶせる。もぞもぞと首と腕を出すと、ノースリーブの黒いインナー姿の彼は頭を抱えていた。
「湊くんの、匂いがするニャー」
「しほりさん……」
「私ね」
そう言うと、彼は顔を上げる。
「湊くんとこれからも演奏したいの」
私の横に座った。
「でも、バイバイしなきゃと思って、〝お別れ会〟をしたかったの」
「お別れ会?」
「だって、もう会えないでしょ? 会う理由もないでしょ? それに私は大人で、湊くんは高校生、だから」
私の本音。酒によってダラダラと漏れていく。水が流れていくように、堰き止めるものはなにもない。
「でもね、本当はね、お別れなんかしたくない」
ぎゅっと、また彼に抱きつく。
「ずっとそばにいたい」
私の願望。
「例え、湊くんの優しさがみんなにも向けられていても」
例え、私が特別じゃなくても。
「湊くんが私に甘えられるまで、そばにいたい。年上だから」
すると、頭に何かが乗る—— 湊くんの口元だった。
「お酒の力って凄いんですね」
「ンニャ?」
「本当に、俺がしほりさんに甘えるまで?」
少し顔をずらし、じっと見つめられる。私も見つめ返した。
「イヤ」
私はハッキリと答えた。すると、今度は湊くんから抱きしめられる。
「俺から、ちゃんと言った方が……いい、ですよね」
ドキン。
心臓が鳴る。高鳴る。訊きたい。次の言葉を訊きたい。
彼は大きく深呼吸をした。何度も。
「これからも一緒に演奏しましょう」
「うん……」
「俺も、しほりさんのそばにいたいです」
「それって……しゅきってこと?」
「ん……?」
私の突然飛び出た言葉に、彼は更に顔を赤くした。
「私は——」
そこまで言いかけた時、急にドアが開く。show先生と梶瑛さんが立っていた。
「お邪魔させてもらうよ〜!」
「……失礼します」
show先生は両手に酒の瓶を持ち、「ワーイ!」と楽しそうにする。一方、梶瑛さんは苛立ったような表情と、殺意に似た雰囲気を醸し出しながら入ってきた。
「早く離れなさいよッ! 変態年増!」
「というか、なんで湊の服を着てんのよ‼︎」
ベリッと剥がされた。
彼女はいつになったら名前で呼んでくれるのかな。
困ったように首を傾げていると、今度は彼から近づいてきてくれた。
止めようとする梶瑛さんに「妙なことで先生と結託するなよ。お酒に溺らせるなんて、卑怯だと思う」と注意する。
よろよろとおぼつかない足取りで彼女は離れていった。「だから、ちゃんと先生の悪事を教えたのに」と訊こえた気がした。
ソファに置く手に、そっと重ねられる温もり。そして、体がぶつかり合う。心地よい体温。落ち着く香り。安心する大きな手。
「もう、嫌だなぁ」
ぽつりと呟く彼。恥ずかしそうにそっぽを向いたまま。
「い、いや? 私が? 私は、いやじゃないよ」
心配になって顔を覗き込むと、一瞬だけ目が合った。
「可愛い」
耳まで赤くしながらそう呟いて、明後日の方向を見た。
そして、私もつられるように顔が熱くなる。酒の力は恐ろしい。と、いうことにしてほしい。
「しほりさんは焦って、すぐに答えを出そうとしなくても良いんですよ。あなたらしくいてください」
その言葉の意味がわからなかった。わからなかったけど、首を縦に振った。
いままで、辛いこともあった。悲しいこともあった。好きなものをやめてしまいたいとも思った。
一時期は、甘えたり、頼ったりしてはダメなんだと思い込んでいた。大人だからと。
そんなことはできないのに。人は一人で生きていけそうで、実は生きていけない生き物。誰かに支えられて、やっとできることが沢山ある。
他人に体も心も傷つけられた。
そして他人に助けられることで実感した。自分は無価値だと思っていても、誰かが私の価値を見いだし、チャンスを与えてくれる。
そんな人に出会えたことで、自分のできることが見えてきた。居場所ができた。周りに人が増えた。
「湊くん」
傍にいられるのは、そこが居場所だから。
「これからもよろしくね」
ぎゅっと手を握る。
この手をいつまでも。
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是非是非宜しくお願いします。
次回で最終話になります。
あと少しだけお付き合いいただけたらと思います。




