3-2
二人で選んだチョコレートを一つの箱に入れてもらった。
最初は別々でとお願いしたのだが、湊くんが喫茶店で一緒に食べましょうと言ってくれたので、私達のチョコを一つの箱に収める。そしてもう一つの箱にはマスターへのお土産として詰めてもらった。
私の荷物を進んで持ってくれる湊くん。
恋人でもなんでもないのに、二人並んで歩くのは、少し照れ臭い気持ちもあるが、嬉しかった。
箱の中身を二人で食べるのも恋人っぽくて、考えるだけでパンクしてしまいそう。
このまま手を繋げたら、カップルだと思われるのだろうかと、考えただけで赤面してしまう。
幸せな未来が頭の中だけで作り上げられる中、不意に過ぎる悪い考え。
もし私がはぐれたら、湊くんは心配して探してくれるだろうか?
不意に足を止めた。
人々が行き交う中、彼の背中を見つめる。
「ダメダメ、そんな迷惑なこと……」
邪心を振り払うように、頭を大きく横に振った。そして彼の横を歩こうと前を見た時、そこには既に彼の背中はなかった。
「あ、やっちゃった」
はぐれた。
人が多い中、名前を叫ぶのは羞恥心から憚られた。
だから、前にいるはずの彼を慌てて追いかける。駅前の人通りの多さが、私の行く手を阻むようだった。人にぶつかっては謝り、よく見渡しながら、彼の姿を探す。
「どうしよ……」
たった一瞬見離しただけ。だからそこまで遠くには行ってないはず。なのに、どこにもいない。黒のカッターシャツを着た、茶髪の男の子が見つからない。
慣れた道なのに、不安が心を占める。
オロオロしながらも、目を皿のようにして探した。
そこに、肩を優しく叩く手。湊くんだと思って振り返った。
「そ——……どちら様ですか……?」
見知らぬ若い女の人。香水の匂いが濃くて、思わず顔をしかめる。
「あなた、お一人ですかぁ?」
「いえ、そういうわけじゃあ……」
「じゃあ、いまぁ、お時間ありますぅ?」
「いまはちょっと……」
「あなたみたいなぁ、綺麗な女性に声を掛けさせてもらってるんですけどぉ、接客とか興味ありません?」
嫌な感じがする。
「接客は苦手なんで……」
相手が悪い気にならないように愛想笑いをしていると、女性の後ろから男性が一人、二人。いや、いつの間にか背後にも男性がいる。完全に囲まれた。
冷や汗がじわりと出る。
「お姉さん、可愛いねぇ! ちょっとやってみない? 儲かるよ〜」
悪い仕事を良いように見せる〝決まり文句〟を投げかけてくる。
後ろにいた男性が両肩を掴んで離さない。イエスと答えるまで逃さないつもりなのか。
怖い。あなたなんかに可愛いと褒められても、全然嬉しくない。
「いや……いやです」
恐怖で体が強張り、心臓が煩いくらい鳴る。
でも、断らないとダメだ。悪い仕事の勧誘は曖昧な言葉ではイエスに捉えてくるから。勇気を振り絞った言葉を、男性は簡単にへし折った。
「そんなこと言わずにさ〜、一回だけやってみなよ。何事も体験してみないとわかんねえだろ? 気持ち良いよ〜。体感したら、もう二度とやめられなくなるくらいクセになるからさ」
首筋に近寄ってくる気配。息が掛かる——気持ち悪い。
最初に女性で安心させておいて、複数の男性で囲むなんて卑怯だ。逃げられない。捕まえられてる。
首元に顔を近づけてこないで!
「いやッ」
「お姉さん、良い匂いする〜! 食べちゃいたいなあ」
「いやいやいや! 触らないで……」
怖い。
助けて。
誰か一人でいいから助けてよ。どうしてみんな通り過ぎていくの? 見て見ぬフリしないで。
「やめて、いやあ…… 湊くんッ」
「なになに〜? 彼氏〜? そんなの忘れてあげるよ〜?」
腰元を抱き、両腕を掴んできた。
思いきり腕を動かしても離れない。股に見知らぬ脚が入ってきたのが見えて、ぞくりとした。これ、ヤバイ奴だ——
「湊くん!」
怖い!
怖いよ!
私に触らないでッ!
「はーい。お兄さん達、すぐに俺の連れを離さないと警察呼ぶよ」
聴き慣れた声はとても低くて、すぐにはその持ち主が誰か気づけなかった。
頭を上げると、110の数字を画面に映しているスマートフォンを片手で持ち、男性達に見せていた。
その表情は完全に怒っている。
私の置かれている状況を把握すると、彼は舌打ちをした。温かな視線を送ってくれる眼差しも鋭い。
温厚で、優しい彼らしくない姿だった。
「さっさと手ェ離せよ」
「警察を呼ばれたら厄介だ。あーあ。興醒め興醒め」
私を捕まえていた男がそう言うと、その仲間達は簡単に離れていく。
あまりにも呆気ない解放に、頭が追いついていかない。
「大丈夫? 怪我は?」
「ううん、大丈夫……」
心配もしてるけど、やはり彼は怒っているよう。
「助けてくれて、ありがとう」
「急にいなくならないでくださいよ」
「ごめんなさい……」
「心配しました」
「おこ、おこってる?」
「そりゃ勿論」
「ごめんなさい……」
二度目の謝罪。
「ていうか、電話出てくださいよ」
「あ、ごめん。お母さんの電話が鬱陶しいから、ずっと電源切ってて」
「そりゃあ、何回かけても繋がらないはずですね」
「ごめんなさい」
三度目の謝罪。
身を小さくしていると、湊くんはスマートフォンをポケットに入れて、なにも言わずに私の手を取って歩き出した。
突然のことに驚きを隠せずにいるが、慌てて彼の歩く速さに合わせる。
少し手が痛い。少し歩くスピードが速い。
それでも嬉しいと思ってしまうのは、頭がおかしくなってるのかな。彼に触れている手が熱い。
「湊くん」
呼ぶと、すぐに足を止めてくれた。
「……すみません」
パッと離される手。気まずそうな顔をして、視線を逸らす。
「また……また、はぐれちゃいけないから……」
ドキドキする。言っちゃえという自分もいれば、はしたないから言うなという自分もいる。でも、心臓が高鳴るのは、もう答えが決まってるから。
「手、繋ぎたい……」
甘えたい。
大人っぽくない私だけど、私はどうしても彼に甘えたい。
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございました!
もし少しでも気に入っていただけたら、下にある評価(★★★★★)やコメントで応援してもらえるととても嬉しいです!
誤字脱字のみでも大歓迎!
是非是非宜しくお願いします!




