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風のフルーティスト  作者: 蒼乃悠生
第四章 優しい音が手を引いてくれた
36/42

3-2

 二人で選んだチョコレートを一つの箱に入れてもらった。

 最初は別々でとお願いしたのだが、(そう)くんが喫茶店で一緒に食べましょうと言ってくれたので、私達のチョコを一つの箱に収める。そしてもう一つの箱にはマスターへのお土産として詰めてもらった。

 私の荷物を進んで持ってくれる(そう)くん。

 恋人でもなんでもないのに、二人並んで歩くのは、少し照れ臭い気持ちもあるが、嬉しかった。

 箱の中身を二人で食べるのも恋人っぽくて、考えるだけでパンクしてしまいそう。

 このまま手を繋げたら、カップルだと思われるのだろうかと、考えただけで赤面してしまう。

 幸せな未来が頭の中だけで作り上げられる中、不意に過ぎる悪い考え。

 もし私がはぐれたら、(そう)くんは心配して探してくれるだろうか?

 不意に足を止めた。

 人々が行き交う中、彼の背中を見つめる。

「ダメダメ、そんな迷惑なこと……」

 邪心を振り払うように、頭を大きく横に振った。そして彼の横を歩こうと前を見た時、そこには既に彼の背中はなかった。

「あ、やっちゃった」

 はぐれた。

 人が多い中、名前を叫ぶのは羞恥心から憚られた。

 だから、前にいるはずの彼を慌てて追いかける。駅前の人通りの多さが、私の行く手を阻むようだった。人にぶつかっては謝り、よく見渡しながら、彼の姿を探す。

「どうしよ……」

 たった一瞬見離しただけ。だからそこまで遠くには行ってないはず。なのに、どこにもいない。黒のカッターシャツを着た、茶髪の男の子が見つからない。

 慣れた道なのに、不安が心を占める。

 オロオロしながらも、目を皿のようにして探した。

 そこに、肩を優しく叩く手。(そう)くんだと思って振り返った。

「そ——……どちら様ですか……?」

 見知らぬ若い女の人。香水の匂いが濃くて、思わず顔をしかめる。

「あなた、お一人ですかぁ?」

「いえ、そういうわけじゃあ……」

「じゃあ、いまぁ、お時間ありますぅ?」

「いまはちょっと……」

「あなたみたいなぁ、綺麗な女性に声を掛けさせてもらってるんですけどぉ、接客とか興味ありません?」

 嫌な感じがする。

「接客は苦手なんで……」

 相手が悪い気にならないように愛想笑いをしていると、女性の後ろから男性が一人、二人。いや、いつの間にか背後にも男性がいる。完全に囲まれた。

 冷や汗がじわりと出る。

「お姉さん、可愛いねぇ! ちょっとやってみない? 儲かるよ〜」

 悪い仕事を良いように見せる〝決まり文句〟を投げかけてくる。

 後ろにいた男性が両肩を掴んで離さない。イエスと答えるまで逃さないつもりなのか。

 怖い。あなたなんかに可愛いと褒められても、全然嬉しくない。

「いや……いやです」

 恐怖で体が強張り、心臓が煩いくらい鳴る。

 でも、断らないとダメだ。悪い仕事の勧誘は曖昧な言葉ではイエスに捉えてくるから。勇気を振り絞った言葉を、男性は簡単にへし折った。

「そんなこと言わずにさ〜、一回だけやってみなよ。何事も体験してみないとわかんねえだろ? 気持ち良いよ〜。体感したら、もう二度とやめられなくなるくらいクセになるからさ」

 首筋に近寄ってくる気配。息が掛かる——気持ち悪い。

 最初に女性で安心させておいて、複数の男性で囲むなんて卑怯だ。逃げられない。捕まえられてる。

 首元に顔を近づけてこないで!

「いやッ」

「お姉さん、良い匂いする〜! 食べちゃいたいなあ」

「いやいやいや! 触らないで……」

 怖い。

 助けて。

 誰か一人でいいから助けてよ。どうしてみんな通り過ぎていくの? 見て見ぬフリしないで。

「やめて、いやあ…… (そう)くんッ」

「なになに〜? 彼氏〜? そんなの忘れてあげるよ〜?」

 腰元を抱き、両腕を掴んできた。

 思いきり腕を動かしても離れない。股に見知らぬ脚が入ってきたのが見えて、ぞくりとした。これ、ヤバイ奴だ——

(そう)くん!」

 怖い!

 怖いよ!

 私に触らないでッ!

「はーい。お兄さん達、すぐに俺の連れを離さないと警察呼ぶよ」

 聴き慣れた声はとても低くて、すぐにはその持ち主が誰か気づけなかった。

 頭を上げると、110の数字を画面に映しているスマートフォンを片手で持ち、男性達に見せていた。

 その表情は完全に怒っている。

 私の置かれている状況を把握すると、彼は舌打ちをした。温かな視線を送ってくれる眼差しも鋭い。

 温厚で、優しい彼らしくない姿だった。

「さっさと手ェ離せよ」

「警察を呼ばれたら厄介だ。あーあ。興醒め興醒め」

 私を捕まえていた男がそう言うと、その仲間達は簡単に離れていく。

 あまりにも呆気ない解放に、頭が追いついていかない。

「大丈夫? 怪我は?」

「ううん、大丈夫……」

 心配もしてるけど、やはり彼は怒っているよう。

「助けてくれて、ありがとう」

「急にいなくならないでくださいよ」

「ごめんなさい……」

「心配しました」

「おこ、おこってる?」

「そりゃ勿論」

「ごめんなさい……」

 二度目の謝罪。

「ていうか、電話出てくださいよ」

「あ、ごめん。お母さんの電話が鬱陶しいから、ずっと電源切ってて」

「そりゃあ、何回かけても繋がらないはずですね」

「ごめんなさい」

 三度目の謝罪。

 身を小さくしていると、(そう)くんはスマートフォンをポケットに入れて、なにも言わずに私の手を取って歩き出した。

 突然のことに驚きを隠せずにいるが、慌てて彼の歩く速さに合わせる。

 少し手が痛い。少し歩くスピードが速い。

 それでも嬉しいと思ってしまうのは、頭がおかしくなってるのかな。彼に触れている手が熱い。

(そう)くん」

 呼ぶと、すぐに足を止めてくれた。

「……すみません」

 パッと離される手。気まずそうな顔をして、視線を逸らす。

「また……また、はぐれちゃいけないから……」

 ドキドキする。言っちゃえという自分もいれば、はしたないから言うなという自分もいる。でも、心臓が高鳴るのは、もう答えが決まってるから。

「手、繋ぎたい……」

 甘えたい。

 大人っぽくない私だけど、私はどうしても彼に甘えたい。

最後まで読んでくださり、誠にありがとうございました!

もし少しでも気に入っていただけたら、下にある評価(★★★★★)やコメントで応援してもらえるととても嬉しいです!

誤字脱字のみでも大歓迎!

是非是非宜しくお願いします!

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