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風のフルーティスト  作者: 蒼乃悠生
第三章 いろんな感情に振り回されたけど
23/42

3-2

「ふ、福岡(ふくおか)くん?」

『はい』

 久しぶりに訊く福岡(ふくおか)くんの声。

 ほっとするように、強張っていた全身の力が抜ける。

「いま、時間いいかな」

『いいですよ』

 怒ってる?

 あんなふうに突き放した私を、怒ってる?

 そう思った瞬間、口が震えた。

『……眞野(まの)さん?』

 まただ。またなにも言えなくなってる。

 勇気を、出して。

「あの、あのね」

 なんて言おう。

 なにから伝えよう。

「あの、あの」

 言いたいのに、上手く言葉が出てこない。

 いままで起きた出来事への悲痛が、吐き出そうとする口の邪魔をする。

 おかしいな。もう落ち着いたのに。

 夏希(なつき)のおばさんとおじさんに元気をもらったのに。

 涙も枯れたはずなのに。

福岡(ふくおか)、くん……」

 どうしてだろう。

 どうして涙が溢れてくるんだろう。

「ふ、ふく……くん」

 名前も言えなくなって。

 寒くないはずなのに、全身が震えて。

「ふぇ……ふえぇ……」

 嗚咽が漏れる。

 言葉が紡げない。喉を締め付けるような苦しさが私を襲う。

 言いたいのに。

 夏希(なつき)にも、その両親にもちゃんと説明できたのに。何故か、福岡(ふくおか)くんになると感情が抑えきれなくなって、止まらない。

 悲しいとか、辛いとか、苦しいとか、後悔もある。いろんな感情が混ざり合って、ぐちゃぐちゃになって、言葉もまとまらない。

 なんで。

 なんで、こんなにも涙が止まらないの。

 ダメな三十代だ。福岡(ふくおか)くんよりも先輩なのに。しっかりしなきゃ、いけないのに。

眞野(まの)さん』

 優しい声。

『大丈夫ですか?』

 優しい声。

「だ、大丈夫、じゃ、ない」

 聴いていたい。

「大丈夫じゃないの」

 あなたの声が、私をおかしくする。

 だって、ずっとずっと聴いていたいと、身勝手に願ってるの。

「助けて」

 ダメだよ、そんなこと言っちゃあ。困らせちゃう。

「助けて、福岡(ふくおか)くん」

 私の方が年上なのに。

 顔をぐしゃぐしゃにして、電話を切ってしまおうかと思った。

 電話の向こうから、ふっと笑う声がした。

『いま、どこですか?』

「え? えっと、四つ葉病院、だけど」

『四つ葉かぁ……チャリでも電車でも時間がかかりそうですね』

 少し悩むように沈黙が流れる。

眞野(眞野)さん、賀翔高(がしょうこう)に来られますか?』

「いまから?」

『はい。落ち合いましょう。直接会った方が話しやすいでしょ?』

 流れ星が流れる。

「うん……うん、わかった……ごめんね、ありがとう」

『気をつけて来てくださいね』

 こんなにも彼の声が聴けてよかったと思ったことはなかった。



   ■ ■ ■



 校門に着くと、既に福岡(ふくおか)くんはいた。

 ティーシャツにハーフパンツでラフな格好だった。

 その姿を見て、ドキリと脈打つ。本当に福岡(ふくおか)くんに会ってるんだ。

「ごめんね。急に電話しちゃって」

「いいえ、大丈夫ですよ」

 前見た変わらない笑顔。

 ズキンと痛む心臓。

「こんな夜中に……お母さん、怒ったでしょ?」

「あー、それは大丈夫です」

 そう言って、私を安心させるように笑った。

 その笑顔を見た瞬間、心の突っかかっていたものがすっと消えるのを感じる。

「ふ、ふぇ……」

 目から温かいものが溢れる。

 ああ、ダメだ。

 泣いちゃあダメだとわかってるのに、溢れては筋を作る。何度も両手で拭っているのに追いつかない。

 唇を噛んで、嗚咽が漏れないようにしても、どうしてもうまくいかなくて。どれだけ隠したくても、隠しきれなくて。

 それでも福岡(ふくおか)くんにバレたくなくて、両手で顔を覆う。

眞野(まの)さん」

 名前を呼ばれて、体がびくりとする。でも、いまは声が出せない。絶対にまともに話せないとわかっているから。

「左手」

 わけがわからなくて手をずらすと、福岡(ふくおか)くんは手を差し出していた。そこに左手を添えると、ぎゅっと握る。

 そして、彼は徐に歩き出した。

 私は声を殺しながら泣いた。福岡(ふくおか)くんに導かれるまま、歩いて、泣いた。

 その手は温かくて、どんなものよりも安心できて。導いてくれる福岡(ふくおか)くんの背中を一歩後ろから眺める。

福岡(ふくおか)くん、私、演奏会ができなくなっちゃった」

 その背中に泣きながら言う。

「楽器を……お父さんから買って貰ったフルートを……会社の先輩に壊されちゃった」

「うん」

 福岡(ふくおか)くんは、ただ静かに聴いてくれた。

夏希(なつき)も、怪我を負わせちゃって……病院に……」

「うん」

「どうしよ……全部、私のせいだ」

 涙が止まらない。

 自責の念から、止まらなかった。

「大丈夫です」

 彼の足が止まる。

 顔を上げると、福岡(ふくおか)くんは振り返っていた。

「俺がついてますから」

 笑ってくれた。

 夜空にある月が照らしたその表情を見て、根拠もなく安堵を覚える。柔らかく見えた月明かり。そして、誰でもない福岡(ふくおか)くんだから。

「……ほんとに?」

「はい」

「……助けて、くれる?」

「もちろんですよ。それに」

 ぎゅっと握り締められる左手。

眞野(まの)さんのせいじゃありません。悪いのは、その会社の先輩です。だから自分を責めないでください」

「でも」

「いまは演奏会をどうにかするのが先決です。その為に、まずは必要なものを取りに、眞野(まの)さんのアパートに行きましょう」

 必要なものとはなんだろう。

 疑問に思いながらも、福岡(ふくおか)くんの言葉を信じてみようと思った。

 一秒も動揺を見せず、真っ直ぐ向けてくれるその視線に、信じてみたくなった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

少しでも気に入ってもらえましたら、下にある評価(★★★★★)やコメントなどで応援してくださいますと、非常に喜びます!

誤字脱字報告のみでも大歓迎!

是非是非宜しくお願いします!

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