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風のフルーティスト  作者: 蒼乃悠生
第二章 傷付いたりもした
16/42

3-1

 次の日。

 駅を出ると、雨が降っていた。

 空はどんよりとして暗く、当分の間、雨が止みそうにない。

 雨が降って、少しは夏の暑さも和らぐかと思えば、湿気も加わって更に蒸していた。これではサウナと変わらない。

 どんなことがあっても練習は続けなければならない。だから、私は学校に来た。天気予報でも予測されていなかった雨のせいで、全身濡らしながらも。

 来客用のロッカーにヒールを入れて、ハンカチで濡れた体を拭く。

 視界の片隅に、最も気まずい人が映った。

「わっ、福岡(ふくおか)くんだ……」

 肩を上下に震わせるが、彼は私に全く気付いていない。隣の少女と話に夢中になっているようだった。

「彼女……?」

 悩むような顔を、黒いショートボブの彼女に見せている。その眼差しは真剣で、とても重要な話をしているように見えた。——それは、私には一度も見せたことのない顔だった。

「ハハッ」

 彼女がいるなら、私のことなんて構わなければいいのに。人が良すぎるよ、福岡(ふくおか)くん。

 私なんて、所詮はモブなんだよね。

「主人公のヒロインになんて、元から無理なんだよなぁ」

 ポタッと、濡れた服から水が落ちた。



   ■ ■ ■



 それは長い溜息だった。

「しほり」

 名前を呼ばれたけど、私は楽器に息を吹き込む。

「アンタさぁ、集中力ないけど」

 尚も吹き込む。

「ねえ! 聞いてる⁉︎」

 とうとう夏希(なつき)は声を荒らげた。

「……なに」

 聞こえてる。

「『なに』じゃなくてさぁ!」

「なんでそんなに怒ってるの?」

 夏希(なつき)に反して、私は酷く冷めていた。

 そして、手に持つ楽器も冷たい。一曲通したはずなのに、フルートの管は氷のように冷たかった。普段なら曲を吹けば、温かい息が通り、管そのものが金属特有の冷たさがなくなる。

 なのに、どうしてだろう。

 そんな私に苛立ちが隠せないのか、夏希(なつき)は立ち上がった。

「そりゃあ怒るでしょ! 本番まであと一ヶ月くらいしかないんだよ⁉︎」

「……ごめん」

 もうそんな時期なんだね。

 そう呟いた瞬間、夏希(なつき)はキッと私を睨みつけた。いまにでも手が出てきそうな剣幕だ。

「コンサート、中途半端な状態じゃあ出られないよ」

「うん」

「いまのまま変わらないなら、中止にした方がマシ」

「中止?」

「それぐらいしほりの演奏が下手くそってことだよ?」

「そんな言い方しなくても……」

 ムッとする。

「するよ! じゃあ、しほりはなんとも思わなかったの? いまの演奏、どう思ったか言ってみなよ!」

 窓を見れば、外は雨がザーザーと降っていた。夏希(なつき)の問いに答えろと、追い立てるようだった。

 私は黙った。

 雨の音はしない。ただ、時計の針が動く音が耳に入る。


 カチカチ

 カチカチ


 そこに、もう一つの音が加わる。スマートフォンのバイブ音だった。マナーモードにしているので受信音はない。


 ブーブーブーブー


 四回鳴って、止まる。電話ではない。メールだ。

 チラチラとスマートフォンが入っているカバンに視線を送っていると、夏希(なつき)が「気になるんなら見れば」と投げやりに言った。

 私はカバンの中からスマートフォンを取り出すと、そこには奈良栄(ならさか)先輩からのメールだとわかった。それを見ていた夏希(なつき)は鼻で笑う。

「新しい彼氏?」

 そう切り出したと思えば、納得したように笑い出した。

「あー、そーゆうことかぁ」

「……」

「新しい恋に夢中で練習に集中できない、と」

「それはッ——」

 しかし、彼女の言葉の方が早い。

「ふむふむふむ。そうですかそうですかぁ」

 そう言って、私の肩を叩いた。加減のない力に、夏希(なつき)は本気で怒っていると感じる。

「音楽、なめんなよ」

 低い声。

 射殺さんばかりに鋭い眼差し。

 全身が震えた。

「別に恋愛すんなって言ってるわけじゃない」

「……」

「やる時はやれって言ってんの!」

夏希(なつき)、聞いて……」

 もう、夏希(なつき)に全部話そう。隠すなんてできない。いま、苦しんでいることを話そう。

 だって、福岡(ふくおか)くんは言ってくれた。助けてほしいくらい苦しんでる時は言って、て。

「なにを? 惚気を聞けって?」

 夏希(なつき)は鼻で笑う。

「違う。お願い、話を聞いて」

 私は首を横に振った。そして、離れて行こうとする彼女の腕に向かって、手を伸ばした。

「ねえ、夏希(なつき)

 指先が触れた瞬間、思い切り振り払われた——痛い。痛い、痛いよ。

「え……」

「甘ったれんじゃないよ!」

 全身に電撃が走ったようだった。ビリビリと痺れ、目の前が真っ暗闇になった。

 夏希(なつき)も、言うの?

 甘えるなって、言うの?

 辛い気持ちを吐き出すことは甘えなの?

「今年は初めての満員なの! わかるでしょ? 満員を目指して何年も頑張ってきた。いままでの努力を無駄にしたくない! わざわざチケットを買ってくれたみんなに、私達の演奏を聴いて感動してほしい。満足して帰って欲しいの!」

 わかってるよ。私も同じ気持ちだもん。

「なんで集中してないの?」

「ごめん。気をつけるから」

「いまさらぁ⁉︎ 遅いよ! 何回も言ってるのに!」

「気持ち、入れ替えるから。だから」

 一緒に音楽しよう?

 甘えないから、夏希(なつき)に甘えないから。

 だから、一緒に音楽したいよ。

夏希(なつき)

 もう一度手を伸ばす。すると、明らかに彼女はその手を叩き払った。

「あ」

 夏希(なつき)はしまったと言わんばかりに口を開けた。そして、私の目から背けた。

「ごめん、しほり。今日の練習は、これで終わりにしよ? あたし、頭、冷やしてくるから。また明日から頑張ろう」

 私に背中を向けたままそう言うと、逃げるように音楽室から出て行った。

 右手が痛い。ジンジンする。二回も叩かれた。二回も、叩かせてしまった。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

もし少しでも気に入っていただけたら、下にある評価(★★★★★)やコメント(誤字脱字だけでもOK)等で応援してくださると、非常に嬉しいです!

是非、宜しくお願いします!

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