囚われ
「サーヤと夢で逢えなくなったのは、恐らく、亡失の解除が成功した事で、私のかけた軽減も同時に消え、サーヤの体内にあった私の残存魔力とお前が月光石に込めた魔力との共鳴がなくなったせいだろう。お前の月光石のみとなった現状では、夢につなぐ媒介とするには弱すぎるのだ」
カーマインの推測に、納得したアユールは肩を落とした。
「そうか。完全に解除したからこその盲点だったか・・・」
「気づかなくても無理はない。普通であれば、私と同様、サーヤも自然と意識が戻る筈だったのだから」
肩を落とすアユールを慰めるように、カーマインは言葉を続けた。
「サーヤは、あの強力な呪いを生まれる前からかけられている。それに、私のように魔力耐性がある訳でもない。それ故に、解除された今も意識だけ深く絡み取られたまま、簡単に抜け出す事が出来ないのだろう」
「だとしたら・・・このままじゃ、あいつは永遠に囚われたままだ」
「ああ、このまま、ただ待っているだけでは、サーヤが目を覚ますことはないだろう。・・・だからアユール」
カーマインは、アユールの肩に手を置き、力強く言った。
「お前が迎えに行ってやるのだ」
その言葉に首肯しようとするも、アユールは戸惑いを見せる。
「だが・・・一体、どうやって・・・」
「それをこれから考える」
◇◇◇
サーヤは膝を抱えたまま、ぼんやりと考えていた。
もうどのくらい、ここにいるだろう。
アユールさんといる時は、ここでもっと一緒にお喋り出来たら、なんて思った事もあったけど。
独りきりだと、こんなにも違うのね。
一秒一秒が長く感じる。
もう何年もここにいるような気分にすらなってしまう。
寂しい。
ぽろりと涙が溢れる。
怖い。
もしかして、ずっとこのまま、ここにいるのかな。
もう二度と、皆に会えないのかな。
母さん。
大好きな母さん。
殺されかけても、私の命を守ってくれた。
きっと今頃、すごく心配してるよね。
解除出来たら、声を聞かせてねって言ってたのに。
楽しみだって笑ってたのに。
そんなことを考えると、嫌でも胸の奥の感覚に意識が向けられる。
この違和感がずっと消えなくて。
体中をざわざわと駆け巡る。
その感覚だけが鮮明で。
ずっと消えてくれない。
皆、どうしてるんだろう。
私がここにいるって事は、きっと本当の世界では、私は眠っているのよね。
ずっと目が覚めなくて、心配してるかな。
無事に戻ってこれたら、アユールさんにご褒美をあげるって約束してたのに。
こんなとこに独りきりじゃ、あげたくてもあげられないや。
ふ、と笑みが溢れた。
変なの。
どんなご褒美になっちゃうのかって、あんなにドキドキしてたのに。
今さら、「ご褒美をあげたかった」なんて。
「・・・アユールさん・・・」
気がつけば呟いてしまう、大好きな人の名前。
それは、私が逢いたくて、逢いたくて、堪らない人。
その時、私の意識がふっと一瞬、霞む。
あ、まただ。
私はそう思った。
ここにいるようになってから、時々、意識が霞む瞬間がある。
ほんの一瞬だけの出来事、でも、確かに意識が遠のいて、周囲の景色がぐらつくのだ。
これは以前の夢の中では起きなかった事で。
だから良いことなのか悪いことなのかも分からないけど。
ここに一人でいたって良い事なんてない。
待ってるだけじゃなくて、私も何かしないと。
「よし、とりあえず動こう」
私は立ち上がり、川沿いを歩き始めた。
その時、ふと。
アユールさんの声が聞こえたような気がして。
慌てて耳をすませたけど。
辺りは静かなまま。
小川のせせらぎと、木の葉ずれの音と、聞こえてくるのはそれだけで。
「気のせい、か」
そりゃそうだよね。
少しガッカリしたけど、気を取り直してまた歩き出す。
でもその時また。
「サーヤ」
今度こそ、はっきりとアユールさんの声がした。