むず痒い朝
朝ご飯を用意しながら、昨夜の夢での会話を思い出す。
顔が赤くなっていないかとか、今変な動きをしていないかとか、すごく気になるけど。
こういう時だけは、声が出なくてよかったって思う。
だって誰かに聞かれても、うまく説明できる自信なんてないもの。
カトラリーをテーブルに置いていると、アユールさんと目が合った。
にこっと笑いかけられ、慌てて目を逸らす。
いけない。
これじゃまるで怒ってるみたいじゃない。
違うの。
どんな顔していいか、分からないの。
私のために頑張ってくれる姿が嬉しくて。
ご褒美をねだられて照れくさくて。
貴方が喜ぶのならなんでもしてあげたいのに。
求められた行為に戸惑ってしまう。
あれは、どういう意味だったのかな。
心配でもう一度、アユールさんの食事する姿を覗き見る。
スープをすくって飲む。
パンをちぎって口に入れる。
コップの水を飲む。
何でもない普段の姿が、いつもの光景が。
なんでだろう、妙に艶めかしくて。
ついつい視線が、貴方の口元に向かってしまう。
食べ物を含んで咀嚼して、飲み込むときに喉がこくりと動く。
いつもの食事風景。
なのに。
目が離せなくて。
こんなにもドキドキする。
「・・・さん。サーヤさん」
考えに耽っていて、名前を呼ばれたことにも気づかず、びくっとして顔を上げる。
「すいません。そちらの水差しを取ってもらえませんか」
にこにこと笑いながら、クルテルくんが手を伸ばす。
慌ててテーブルの端の水差しに手を伸ばそうとして、またアユールさんと目が合って。
駄目。
また目を逸らしたら、絶対に誤解される。
必死で視線をそのままに保って何でもない振りをして。
そしたら、私のさっきの態度なんて気にしてないみたいに、アユールさんは首を傾げながら笑ってくれた。
良かった。
普通にできた。
クルテルくんに笑顔で水差しを渡す。
やっぱり、アユールさんには大人の余裕があるのかな。
私なんて、もういっぱいいっぱいなのに。
「ごちそうさま。美味しかった」
アユールさんは、そう言って席を立ち、私の横をすり抜ける。
ぽん、と一回だけ、私の頭に手をのせて。
それもまたいつも通りで。
ねぇ、ドキドキしてるのって私だけなのかな。
どうして貴方はいつもと全く変わらないの?
そう思って。
少し悔しくて。
食堂から出て行く姿を、恨めし気に、ちら、と見た。
・・・あ。
その時、初めて気づいた。
アユールさんの後ろ姿。
顔も見えないけど。
廊下に出る時に少しだけ、見えたの。
髪が風に揺れて、ふわりと流れて。
貴方の耳が、首筋が、赤く染まっているのを。
それを見たら、胸が締め付けられるように苦しくなった。
嬉しすぎて死ぬかと思った。
『お前のこと、ぎゅーって、思いきり抱きしめたい』
『ゆっくりキスしたい』
『ご褒美、くれよ』
今もまだ、アユールさんの言葉が頭の中でぐるぐる回る。
体のほてりも静まらないままで。
だけど、きっと貴方もドキドキしてる。
私と同じくらい、照れくさい筈。
どうしよう。
さっきまでとは違う意味で、胸のドキドキが治まらない。
両手で頬を抑え、深く息を吐く。
ご褒美、今日あげることになるのかな。
そのとき、アユールさんはどんな顔して受け取ってくれるんだろう。
そう思ったら、ずっとふわふわして考えのまとまらなかった頭の中が、少しだけすっきりした。
痛いだけだった胸の鼓動も、ちょっと温かくなって。
あの時、アユールさんが言った『ゆっくりキス』の意味は、今もまだ分からないけれど。
でも。
うん、もういいや。
アユールさんが喜ぶことなら、なんでもいい。
食器を片してテーブルを拭く。
あ、玄関で、皆が私を呼ぶ声が聞こえる。
出発の時間が近いんだ。
私も早く用意をしなきゃ。
だって今日は、きっと私にとって大切な日。
そうよ、きっともの凄い事が起こるんだから。