まずはここから
サルマンの所有地の一部である小さな森の中。
そこにある洞窟の最奥に、巨大な月光石が置かれていた。
大人の頭ほどもある大きさで。
岩をくりぬいた台座の上にきちんと据えられている。
「わぁ、想像してたよりも大きいですね・・・」
クルテルが感嘆の声を上げる。
「だろ? だが、逆に言えば、ここまでのサイズの月光石でなければ、到底、『亡失魔法』なんて使えなかったってことだ」
顎に手を当てて、月光石を覗き込む。
「ま、そこまで念を入れてもかけ損なったんだから、この禁呪の難易度の高さが分かるよな」
「なるほど」
「それで、これからどうするんですか?」
サイラスが首を傾げる。
「まずは、ちょっと確認したい事があるんだ。叔父貴、頼む」
「ああ」
カーマインが石の側に寄り、手を翳す。
「・・・何をなさってるんです?」
「状態確認だ」
「状態確認?」
「ああ。亡失魔法をかけ損なった理由をまずは確かめる。サルマンの能力故の失敗なのか、それとも状態異常なのか、あるいは他の理由もあるかもしれん。それによって、こちらの対応も変わってくる」
「成程、そういう事ですか」
カーマインの掌全体から薄青い光が生じ、月光石を照らしていく。
その幻想的な光に、その場にいた者全員は息を呑んだ。
やがて光は徐々に薄らいでいく。
「どうだった?」
光が完全に消えると同時に、アユールが尋ねてきた。
「これは・・・」
「なんだ? 何か新しく分かった事でもあるのか?」
口元に手を当て、何やら考え込む様子を見せたカーマインの姿に、皆は怪訝な表情を浮かべる。
「・・・どうやら、亡失魔法は私たちが予想するよりも遥かに強大な魔力を消費するようだ。サルマンの魔力総量に加え、底上げとして使った月光石の補助魔力を充当しても尚、不足するほどに」
「・・・そこまで?」
「ああ。明らかに尋常な魔力消費量の域を超えている。恐らく、この禁呪を使用した過去の事例においては、複数の魔法使いが魔力を併せ、それでようやく、一つの亡失魔法を発動させる事が出来たのだろう」
「なんと、それほどのものとは・・・」
ランドルフが、声を絞り出すように呟いた。
「ああ、やはり禁呪とされるだけの事はある。いくらサルマンとはいえ、この巨大な月光石を補助で使用したとしても一人で発動出来る筈もない」
「まぁ、考えてみれば当然の話だな。この禁呪は長期にわたって作用し続け、術にかけられた者を苦しめ苛む呪いだ。最終的に死を迎えるまでの数年間、ずっと呪いを発動させ続けるためには、相当な魔力量を吸い取っておく必要がある」
と、そこで一拍置いて、言葉を続ける。
「・・・ということは、かけ損なった原因は、魔力不足による不完全発動・・・でいい訳だな」
「そういう事だ」
「まぁ、そのお陰で、叔父貴の『軽減』魔法をかける余地が出来て、今、こうして希望を持てるんだ。サルマンの思い上がりも、ようやく役に立ったんだな」
サーヤとレーナが不安そうに見守る中、アユールたちの作業は進む。
サイラスはアユールからの指示を受け、携帯した袋から月光石を取り出すと、アユール、カーマイン、ランドルフ、クルテルへと順に手渡していく。
「いいか? 一度で上手くいくと思うなよ。もしどこかで躓いたとしても、検証を重ねていけば最後には必ず成功する」
そう言うと、アユールはその場にいる皆の顔を見まわした。
「まずは、サイラス。お前はまだ学び始めたばかりだから、アシストに専念してくれ」
サイラスが力強く頷く。
「基本、俺と叔父貴でやっていくつもりだが、必要に応じて、ランドルフ、そしてクルテルにも応援を頼むかもしれない。頼むぞ」
「はい」
「畏まりました」
「それからサーヤ」
自分の名前が呼ばれることは予想していなかったのか、大きく肩が跳ねる。
「え? サーヤも何かするの?」
レーナが不安げな声で尋ねると、アユールは重々しく頷いた。
「サーヤの体内には、亡失魔法をかけたサルマンの魔力と、軽減をかけた叔父貴の魔力が混在している。そのバランスが下手に崩れたら、上手いこと停止している亡失魔法がどのように作用し始めるか予測がつかない。だからサーヤの体内にある残存魔力バランスを計測しながらの作業になるんだ」
「計測・・・?」
「なあに、難しい事じゃない。この魔道具を使って測るだけだ。装着するだけで痛みもないから安心しろ」
アユールが横に置いた袋から、小型の魔道具を取り出して見せた。
腕にはめて使用するのか、計測器の先に小さな輪が付いている。
レーナはサーヤの顔を心配そうにちらりと見るが、その視線に気づいたサーヤは、母親を安心させるように大きく頷いた。
「クルテル、装着を手伝ってやってくれ。それから計測の仕方をレーナにも教えておけ」
「え? 私が測るの?」
「念のためだ。計測は基本、クルテルかサイラスがすることになっているが、万が一、人手が足りなくなった時のためにやり方だけは聞いておいてくれると助かる」
「そう・・・。わかったわ」
その声に緊張が滲んでいたのだろう。
カーマインが労わるように声をかけた。
「そんなに心配なさらずとも大丈夫です。貴女の大切なお子であるサーヤの安全は、私たちが保証しますから。・・・勿論、貴女の安全も」
「・・・ありがとう、カーマイン。頼りにしてるね」
レーナが頬を赤らめて答える姿は、カーマインには見えていない筈なのに。
その台詞の効果だろうか、カーマインの顔が、一瞬で耳まで赤く染まった。
「叔父貴・・・。今更このくらいのやり取りで動揺するなよ・・・」
「・・・煩い」
クルテルがサーヤの両腕に魔道具をそれぞれ装着し、レーナにも計測の仕方を説明する。
準備が終わり、皆の視線が巨大な月光石へと向けられた。
「よし。・・・じゃあ、始めるぞ」
洞窟の中、巨大な月光石を前にして、アユールの少し緊張を帯びた声が響いた。




