いつか言葉に
「お姉ちゃんって魔法使いなの?」
マリーは、目を丸くしながらサーヤを見上げた。
サーヤは首を軽く横に振る。
「・・・姉ちゃん、喋れないのか?」
マリーの兄が怪訝そうな顔でそう尋ねたので、こくりと頷くと、そうなんだ、と呟いた。
サーヤの足元には大人しく伏せているベアルーガがいる。
その背中を撫でると、ベアルーガが気持ちよさそうに頭をすり寄せた。
「すごいね。静かになっちゃったね。ねぇ、どうやったの?」
「バカだな、マリー。姉ちゃんは喋れないんだぞ。そんなこと聞いても困らせるだけだろ」
兄の名はフィルと言った。
「ねぇねぇ、マリーも触っても大丈夫?」
「バカ、無理に決まってんじゃん・・・っていいの?」
フィルは妹を窘めようとしたが、サーヤは大丈夫だと頷いて見せた。
二人は恐る恐る手を伸ばす。
ベアルーガは、一瞬、片目を薄く開け、ちらりと二人を見たものの、すぐにまた閉じて大人しく伏せている。
二人の小さな手が、もふっとベアルーガの農茶の毛皮に沈み込む。
「わあ、ふかふか」
「すっげぇ。思ったよりも柔らかい毛なんだな」
「気持ちいい~」
さっきまであんなに怖がっていたのが嘘のように、にこにこしながら背中を撫でまわし始めた。
「っと、やばい。木の実拾いに来たんだっけ」
「あ・・・」
「おい、マリー。お前のポケットの中にはどんだけ入ってる?」
「えーとね、このくらい」
「そっか。オレのは・・こんくらいだ。ずいぶん落っことしちまったみたいだな」
そう言うと、ふう、と溜息を吐いた。
それから少しの間考え込むと、フィルはサーヤに向かってぺこりと頭を下げた。
「悪い、姉ちゃん。もうちょっとだけ付き合って。どうしても何か食う物を持って帰りたいんだ」
子どもたちの事情はよく分からなかったが、とりあえずサーヤはこくりと頷いた。
もう森まで来ちゃったし。
せっかくだもんね。
そう思ったサーヤは、フィルたちが集めていた木の実の他にも、色々と食べられる草や実を採ってはフィルに手渡してあげた。
「姉ちゃん、結構、食べ物に詳しいんだな」
すぐに両手では持ちきれなくなり、マリーのスカートを手で広げ、そこにもどんどん入れていく。
「わあ、食べ物がこんなにいっぱい」
「姉ちゃん、ホントにありがとな」
森の入り口までベアルーガに乗せてもらい、街に向かって三人で歩いていく。
地面に散らばったままの食べ物や野菜の入った袋をサーヤが拾い上げるのを見て、フィルは事情を察したらしく、ぽりぽりと頭を掻いた。
「なんか・・・ホントに悪かったよ」
もの凄く申し訳なさそうに謝るから、却ってこちらが恐縮してしまう。
にこっと笑って、なんでもないと首を振った。
私も楽しかったんだよ。
森に入るの、久しぶりだったから。
無事でよかった。
気を付けて帰ってね。
手を振って二人と別れ、再び荷物を抱えて帰路に着く。
思わぬところで時間をくっちゃった。
皆、心配してないといいけど。
焦る気持ちが、自然とサーヤを小走りにさせる。
・・・あ。
屋敷の玄関前にアユールが立っているのが見えた。
サーヤの姿を遠くに見つけ、ほっと安堵の表情を見せている。
「サーヤ、良かった。帰りが遅いから心配してた」
そう言いながら、側まで来ると荷物をひょいひょいと手に持った。
「重っ。これ全部抱えて市場から歩いてきたのか。大変だったろ?」
確かに重かったけど、アユールさんは軽々持ってるよね。
ふふ、本当に心配症。
私、森育ちだからね。けっこう体、丈夫なんだよ?
そう言いたいけど今はまだ無理だから、とりあえずにっこりと笑って首を横に振る。
「そっか。・・・ま、お前、働き者だもんな」
台所に荷物をどさっと置くと、私の頭をぐりぐりと撫でた。
アユールさんは、何だかんだと、すぐに誰かの頭を撫でる癖がある。
撫でてもらえるとほっとするし、凄く嬉しいけど、たまに特別感が欲しくなったりする時もあって。
だって、クルテルくんにも、サイラスくんにも、よく撫で撫でしてるんだもん。
いや、そんな優しいアユールさんが大好きなんだけど。
でも、何だろう。
あの二人にするのと全く同じままだと、ちょっと寂しいっていうか。
何か私にだけしてくれることがあればいいのにって思っちゃうというか・・・。
私は、きっと欲張りなんだ。
こんなに、こんなに、私の声を取り戻すために頑張ってくれてるのに。
もっと自分のことを見てほしい、なんて。
どうしてこんなに我儘になっちゃったのかな。
離れている時間が苦しくて。
いつでもどこでも側にいたくて。
大好き。
そう貴方に伝えたい。
何百回でも、何千回でも。
思ったときに、すぐにこの気持ちを言葉にしたい。
早く、早く、このありったけの気持ちを、感謝を、貴方に伝えたい。
夢の中の、あのほんのひと時だけじゃなく。
今、私が包まれているこの世界で。
この呪いが、解けたら。
この呪いが、解けたら、必ず。
アユールさんが屈んで私の顔を覗き込む。
「いよいよ準備が整ったぞ。明日の朝一で出発だ」
太陽みたいな瞳を輝かせて、いつもの力強い声で、貴方は私にそう言った。




