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マクリントプの思い出

レーナの言葉に、少しは思うところもあったのだろうか、アデルの語調からは自信が失われていた。


沈黙から来る気まずさを誤魔化そうと、アデルはお茶菓子に手を伸ばした。


さくり、という音が微かに響く。


瞬間、アデルの目が大きく見開かれた。


「この味・・・」

「あ、このお菓子を食べるの、初めてですか?」

「い、え・・・。そうではなく・・・」


手に残った食べかけのマクリントプをじっと見つめる。


「あ、の、これはどなたが・・・」

「えと、クルテルくんに教わりながら、僕とサーヤさんの三人で作りました」


テーブル脇に立っていたサイラスが、不思議そうな顔をしながらも質問に答えた。


アデルの瞳がクルテルを映す。

そして、少し気の抜けたような顔で笑った。


「そう、ですか。クルテルさんが・・・」


そう言いながら、ぽろっと涙が溢れて。


「お義母さま?」


クルテルが慌てて立ち上がる。


「え? アデルさん? どうしたの?」

「ご、めん、なさい・・・。まさかクルテルさんがこれを作れるとは思わなくて・・・」

「え?」


まだ手の上に残っていたマクリントプを、確認するように口に入れる。

目を瞑って、ゆっくりと味わって。


「・・・ムキュルが隠し味なんですよね」

「え、あ、はい。そうですけど」


独り言のように呟いた言葉に、クルテルが返事をする。


「普通のマクリントプは、ムキュルじゃなくてアリオを使うんです。でもそれだと、甘味も香りも物足りなくて、食べてみると少し味気ない」

「え? そうなんですか?」

「それに、ムキュルの方が栄養価も高いんです」

「・・・知りませんでした。家では昔からこれを食べてたので、てっきりこれが普通の作り方だと・・・」


アデルの眉が、情けなさそうに下がる。


「・・・私が改良したレシピなんです」

「え?」

「私が、アリオの代わりにムキュルを使って作り始めたんです。悪阻で食欲の落ちてしまったラエラさまのために。ラエラさまは甘いものがお好きで、これだけは召し上がってくださったから」

「ラエラ・・・」

「クルテルくん?」


驚いた様子のクルテルを、周囲の皆が見やる。


「母さまに・・・作った? 貴女が?」


アデルがこくりと頷く。


「・・・母さまを知ってるんですか?」


これもまた、静かに頷いて。


「まさか、会った事が・・・?」

「・・・昔、ラエラさまにお仕えしてました」

「え・・・?」

「ラエラさま付きのメイドだったんです、私。クルテルさんがお腹にいた時、これなら食べられるだろうと考えたのが、このレシピで」

「・・・」

「ラエラさまは、この味が本当に大好きでらして・・・。自分でも作れるようになりたいから、と、作り方をお教えしました」


アデルは、深く頭を下げた。


「ラエラさま、私がいなくなった後も、作っていてくださったんですね・・・」


アデルの瞳から、ぽろぽろと涙が零れる。


「ごめんなさい。クルテルさん、ごめんなさい。ラエラさまから旦那さまを奪うことになってしまってごめんなさい。ソフィのためにラエラさまの分の薬を貰ってしまってごめんなさい。本当に・・・本当にごめんなさい・・・」

「お義母さま・・・」

「私・・・どうしても償いたかったんです。何とかして許してもらいたくて。貴方を・・・クルテルさんを幸せに出来なきゃ生きている意味がないって、そう思って・・・」

「もういいですよ」

「でも・・・」

「もう、いいんです」


クルテルは、ぎこちなさはあるものの、笑みを浮かべていた。


「母さまはきっと、貴女との思い出を大切にしていたんでしょうね。これを作る時、すごく幸せそうな顔してました」

「クルテルさん・・・」

「僕とモニカもこの味が大好きで、よく食べていました。・・・だから、もういいですよ。そんなに謝らなくて。僕よりも、貴女の方が辛そうに見えますよ?」


その言葉に、アデルはぐっと口を引き結んで、もう一度頭を下げた。


そうは言っても、やはりクルテルの眉は困ったように八の字に下がっていたけれど。

その笑みは、どうしても、ぎこちなく弧を描いてしまうけれど。


それでも、クルテルの瞳にあった昏さは薄らいでいて。


ただ沈黙だけがその場に降りた。

それでも決して重苦しくはない、静かな時間。


時計の針の音だけが、妙に響いていたその時。

アデルの肩を、誰かがとんとん、と叩いた。


「?」


振り向けば、サーヤがアデルのすぐ近くに立っていて。


「あ、の・・・?」


問いかけようと口を開いたところに、むぎゅっと何かが口の中に押し込まれた。


「な・・・」


問おうとするも、反射的に、もぐ、と咀嚼してしまう。


途端に、口の中にほのかな甘みが広がって。

ふわりとマクリントプの香りが鼻に抜けていった。


サーヤは、少し悪戯っぽい笑みを浮かべている。


アデルは、思い出を噛みしめるように、よく味わって。

ごくん、と飲み込んで。


何だか少し呆けているようにも見えるのは、気のせいではないのだろう。


「ラエラさま・・・」


静かに、そう呟いた。




「突然、押しかけてすみませんでした。あの、色々とありがとうございます。ガルハムさまともちゃんと話し合ってみますね」


サーヤは皿の上のマクリントプをささっと小さな袋に詰め込み、それをアデルに渡した。


「え・・・?」


驚いてサーヤの顔を見つめたアデルに、サーヤはにっこりと微笑みを返す。


「あ、ありがとう・・・ございます」


そう言って掌の上の袋をじっと眺める。


「私、もうずっと、マクリントプを作るのを止めていました。・・・きっとソフィも喜びます。家で皆と頂きますね」


そう言って帰って行った。


後ろ姿を見送りながら、レーナがぽそっと「悪い人って訳じゃないのよね」と呟いた。


「そうなんですよ。だから・・・困ってたんです」


穏やかな表情、静かな口調でクルテルは答えた。


「変わってくれますかね? アデルさんたち」

「変わってくれるんじゃないかしら? きっと」


そんな願いを込めながら。

クルテルたちは屋敷の中へと戻って行った。


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