責任の取り方
部屋から飛び出してアデルに注意するレーナの後ろ姿を、サイラスは目を丸くして見つめていた。
・・・そうだよ。レーナさんって、いきなり度胸が良くなる人なんだった。
なんて、自分で自分に説明して納得したりして。
はっと気づくと、サーヤも部屋からすっと出て行った。
慌ててサイラスも飛び出そうとしたけれど、サーヤは玄関には向かわず、台所へと入っていく。
なんで、台所?
そう思っていたところに、レーナの登場で途切れていた玄関先での会話が、再び始まったらしく、アデルの声が聞こえてきた。
「あの・・・貴女は一体・・・」
「私はレーナ。クルテルくんと同じで、ここに厄介になってる・・・訳じゃないわ。ええと、そうね、私はこの屋敷の主の・・・お、奥さんなの。うん、そう、奥さんです」
そう言って、えへん、と胸を張る。
・・・うわあ、さすがレーナさん。どさくさに紛れて奥さん宣言しちゃってるし。
そう心の中で思ったのはサイラスだけではないだろう。
先ほどまで頬が引きつりかけていたクルテルの口元が、僅かに緩んでいるのがその証拠だ。
ええと、どうしよう。
僕も出て行った方がいいのかな。
クルテルを守るためなら何でもするつもりだったサイラスだが、ここで考えあぐねているのは、勿論、何を言い出すか分からないレーナの登場の故でもあって。
自分で認めるのも悲しいのだが、凡人の発想しかできないサイラスには、レーナのこの先の行動が読めないのだ。
奥でハラハラしているサイラスのことなどお構いなしに、レーナの態度は女主人らしく堂々たるものだ。
「いきなり出て来てごめんなさい。でもね、クルテルくんは大事な客人でもあるし、ちょっと黙って聞いてるのも限界だったから」
そうレーナが言うと、アデルは少し気まずそうに視線を泳がせた。
「いえ、その、私こそ玄関先で騒いでしまって・・・すみませんでした」
小さな声で謝罪する姿に、レーナの表情も少しだけ和らぐ。
「アデルさん、だったかしら。とにかく、クルテルくんに話があるなら私も同席させてもらいます。ここじゃ何ですから中へどうぞ」
奥の応接間を指しながらそう言うと、アデルは遠慮がちに中へと入っていく。
「レーナさん・・・」
「心配しないで。クルテルくんが最優先なのは変わらないから」
申し訳なさそうな表情のクルテルの肩を、ぽん、と叩く。
応接間に入り、レーナ、クルテル、アデルを席に案内した後、お茶を用意しようと慌てて台所に向かおうとしたところで、サーヤがワゴンを押しながら入ってきた。
「え? サーヤさん? まさかお茶を用意しに行ってたんですか?」
ワゴンの上にはティーカップとポット、お茶うけのマクリントプが載せられていて。
しかもちゃんと三人分を用意してある。
えええ? こうなるの、分かってたってこと?
これは魔法? 魔法なの?
いくら親子でも、そんなにレーナさんの行動って読めちゃうものなの?
サイラスの驚きを他所に、サーヤはお茶とお茶菓子をのせた皿をテーブルに置いていくと、珍しかったのだろうか、アデルがじっと出されたものを見ている。
ああ、これ、サクサクの歯ざわりが嬉しいマクリントプ。
昨夜、クルテルくんに教わってサーヤさんと三人で作ったものだ。
ほんのり甘くて、お茶と一緒に楽しむのにぴったりで。
僕も、ついついたくさん食べちゃったっけ。
なんて関係ないことを考えていたら、レーナさんが話を切り出した。
「アデルさん。クルテルくんのことが大事ですか?」
おお、いきなり直球だ。
「だ、大事ですよ。だからこうして迎えに来たり、学校を探したりしてるんじゃないですか」
「なるほどね。・・・でもクルテルくんは喜んでないみたいですけど」
「意地を張っているんだと思います。私たちを家族と認めるのが嫌なんでしょう」
「・・・どうして嫌なんだと思います?」
透き通るような碧眼に見つめられ、アデルは一瞬、息を止める。
「どうしてって、それは、あの・・・娘のせいで、クルテルさんの実のお母さまが亡くなられたから・・・」
「ふーん、じゃあ、貴女は、クルテルくんがそのことを恨んでるって思ってるのね?」
「それが自然でしょう?」
「自然、なのかしら。まあ、世の中には息を吸うみたいに誰かを恨む人って、確かにいるけどね」
あ、誰かのこと思い出してる。
ちょっと遠い目になって。
「その恨むって発想、自分だったら恨むって事から出て来たのかしら?」
「わ、私は・・・そんな・・・」
「ねえ、アデルさん。あなたは、何とかして責任を取ろうとしてるでしょ。クルテルくんのお母さまが亡くなってしまったことの責任を。クルテルくんが独りぼっちになってしまったことを。・・・違うかしら?」
「・・・」
「取りたいんなら取ればいいとは思うけど、自分の意見を押し付けるのはどうかと思うわ。それじゃあ責任を取るどころか嫌がらせにしかならないもの」
「嫌がらせなんて・・・私は家族として、当然、やるべきことを提案しているだけです」
「ふーん。つまり、当然の提案を聞き入れようとしないクルテルくんが悪いって言いたいのかしら? 責任を取りたいっていう貴女の気持ちをクルテルくんが有難く受け入れてくれない。こっちは善意で言ってるのに。だから責めるべきはクルテルくんだ、って、助けて貰っといておかしな話じゃない?」
「責めるなんて・・・そんなつもりじゃ・・・」
「そんなつもりがあってもなくても、結果、クルテルくんが傷ついてたら意味がないでしょ? いいの? アデルさん。このままじゃ、貴女、本当にクルテルくんと家族になれないわよ?」
その言葉に、アデルは俯いて黙りこんでしまう。
レーナは、そんな様子のアデルを見て、ふう、息を吐くと、再び声をかけた。
「とにかく、正しい方向かどうかは置いといて、貴女がクルテルくんのことを考えてるのは分かりました。だけどね、今、私が言ったこと、一度、家に帰ってご主人さんと話し合ってみてください」
「・・・はい、わかりました」
「あと、クルテルくんの学校のことですけど、魔法でしたらこの屋敷で十分に学べますからね。ここには王国で一番目と二番目に優秀な魔法使いが揃ってるんですもの」
「一番目と二番目に優秀な・・・? それは・・・」
「勿論、アユールさんと、私のしゅ、主人、のことですよ。二人とも、宮廷魔法使い長を凌ぐ実力の持ち主なんですからね。その学校の講師たちなんか目じゃありませんよ?」
若干、顔を赤らめながら、夫(予定)の自慢をするレーナだった。




