最悪のタイミング
「張り切ってましたね、アユールさんたち」
「ええ、探していたものが見つかるといいけど」
朝食後、シェマンのもとへと向かったアユールとカーマインとランドルフの三人を見送って。
留守番がてら、クルテルとレーナは、連日の調査でぶっ散らかった書斎の片づけと資料の整理を。
そしてサイラスとサーヤは食器洗いや洗濯などの家事をした。
シェマンが持って来たサルマンの調書のお陰で、これまで少しづつしか進まなかった亡失魔法の完全解除への道のりが一足飛びに進歩した。
出発するアユールたちの足取りも軽く、きっと良い報告を持って帰って来てくれる、と、屋敷で待つ者たち全員の表情も明るかった。
後は朗報をただ待つのみ。
皆、そう思っていたのだが。
昼過ぎ、玄関先から「ごめんください」と声がした。
その声に、まだ確認もしていないのに、クルテルの表情が固くなる。
「私が出るわ」
クルテルの様子から、誰が来たのか察したレーナがそう申し出るものの、クルテルは首を横に振ると、のろのろと玄関に向かった。
はたして、立っていたのは予想通りの人物で。
「あ、クルテルさん。あの、お話をさせてほしいんです。少しだけでいいので・・・」
気まずそうに、おずおずと話しかけるアデルは、今日は一人のようで、ソフィの姿は見当たらなかった。
クルテルは、どう返事をしようか躊躇して、少しの間、黙り込む。
「・・・ここで伺いましょう。手短にお願いします」
そう言って、相手からの言葉を待った。
取りあえず話を聞いて貰えることに安堵したアデルは、ほっと息を吐くとゆっくりと話を始めた。
「あの、ガルハムさまが学校案内書を取り寄せたんです。クルテルさんがここなら興味があるんじゃないかって言って。・・・これなんですけど」
差しだした案内書には学校名と修学可能な科目名が記されていた。
「ここは魔法が学べる学校なんです。講師は全員、優秀な王宮魔法使いばかりで・・・。王都の中心近くにあるんですけど、家からなら十分通える距離ですし・・・。その・・・」
「・・・わざわざ調べてくださってありがとうございます」
「クルテルさん、それじゃ・・・」
「でも僕はアユールさんに教わりたいんです」
「・・・」
アデルの顔には明らかに落胆の色が浮かんだ。
案内書を持つ手が、微かに震えている。
「クルテルさん、どうして・・・」
「僕の方こそ聞きたいです。どうしてですか」
「え・・・?」
「どうして、僕を家に連れ戻そうとするんですか」
「だって・・・家族なんですよ? 私たち」
「家族だと言うのならば、ここ数年だけの話じゃなく、僕が生まれたときからそうだった筈でしょう?」
アデルの肩が、ぴくりと震える。
「もっと正確に言うなら、僕が生まれるよりももっと前、母と父が結婚した時から、二人は家族でした。でも、僕が物心つく頃にはもう、父は貴女たちと暮らしていた」
クルテルはくしゃりと笑った。
とても、とても、苦しそうに。
「お義母さまたちのことを恨んではいません。でも、妹と母が死んだ今になって、いきなり家族扱いされても正直言って困ります」
「でもクルテルさんの年齢で一人にしておく訳にはいきません」
「・・・母が生きてたら、別に、僕がどこでどう生きていようと構わなかった、という事ですか」
クルテルはあくまでも静かに応対していた。
逆にアデルは少し早口に、そして声高になっていく。
「そういう意味ではありません。でもクルテルさんのお母さまが亡くなったのはソフィに薬を譲ったせいでもありますし・・・」
「あれは母の決めたことです。呵責を感じる必要はありません。・・・とにかく、僕はアユールさんのもとで魔法を学びたいんです。だから学校には入りません」
「クルテルさん、意地を張るのも大概にしてください。せっかくあなたの夢を叶えてあげようと一流の学校を探してきたんです。一介の魔法使いに過ぎないアユールさんに師事するよりも、ちゃんとした学校に入る方がいいに決まってるじゃないですか」
「・・・意地を張っているのは貴女方の方でしょう? アユールさんはこの国一の魔法使いです、なのにどうして、僕がちゃんとした魔法使いになれないって決めつけるんですか」
クルテルは終始、穏やかな口調を保っていたものの、アデルはその瞳に涙を浮かべていた。
「こんなに心配してるのに、何故そこまで私たちを避けるんですか・・・? そんなに私たちが嫌いですか・・・?」
クルテルは、ふう、と大きく息を吐いた。
「そういう話ではなかったと思いますが」
「だって、そういう事なんでしょう? せっかく親切にしても、何でもかんでも嫌だ嫌だとはねつけて、どうして素直に受け入れてくれないんですか?」
「だから僕は・・・」
「えーと、お話ししてるところ申し訳ないんですけど」
アデルの言葉にクルテルの顔が引きつりかけた時、奥の部屋からの声が会話を遮った。
クルテルとアデルが声のした方向に振り向くと、レーナが腰に手を当てて仁王立ちになっていた。
「貴女は・・・?」
初めて見る顔に訝し気な表情を浮かべるアデルだったが、レーナはそんなことを全く意に介することもなく、むすっとこう答えた。
「自分の基準を押し付けるの、止めてくれない? 善意でやってれば何でも許されると思わないでほしいわ。家族だって言うんなら尚更よ」




