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何気ない日常の中で

クルテルの家族が訪ねて来てから数日。


その後のクルテルの様子は、驚くほどいつも通りだった。


にこやかな笑みを浮かべ、魔法の研究に励み、時にサイラスたちと共に家事をし、アユールに頼まれた雑用もこなす。


家族について、クルテルは何も言わなかった。

そして、ランドルフも、サイラスも、後で話を聞いたカーマインたちも、何も聞かなかった。


いつも通り、普段通りの日常。


まるでそれまでのこと全て無かったかのように。

生まれた時から、この屋敷で皆が暮らしていたかのように。


穏やかに、静かに、温かく、過ごしていた。


「へぇ、サイラスさんは魔法を勉強したいんですか?」

「はい。アユールさんが調べてくれたんですが、並の魔力はあるって言ってくれたので」


各自の部屋に洗濯物を届けに行った時、世間話でそんなことを話した。


「師匠がそう言うくらいなら、かなりの魔力量があったという事なんでしょうね。ランドルフさんから教わるんですか?」

「はい、そのつもりです」


クルテルが柔らかく目を細める。


「サイラスさんなら、きっと優しい魔法使いになりますよ」

「そ、そうですかね。だと良いんですけど」


サイラスは少し赤くなる。


そんな風に褒められると、ちょっとくすぐったいな。


照れるサイラスをじっと見つめ、クルテルはぽそり、と呟く。


「何も聞かないんですね」

「え?」


よく聞き取れなくて、首を傾げながら聞き返した。


「ランドルフさんも、話を聞いてる筈の他の方たちもそうですけど、サイラスさんも何も聞かずにいてくれるんですね」


何のことを言っているかは、すぐに分かった。


クルテルは、膝の上でに置いた両手の指を、もじもじと絡めている。


表情は、いつも通り。

でも、緊張、してるんだね。


そんなに気を遣わなくてもいいのに。


よく考えたら、この年で、家事から雑用からいろんな事が出来て、気遣いまできちんとしてるって、子どもとしてはあまり普通のことじゃないよね。


僕もそれなりに出来るけど、それは使用人として育ったから。

ある意味、出来て当然だし。


でも、普通に育てられた子どもだったら。

この間ここに来たソフィって子の方が、年相応な気がする。


「そりゃあ、どうしたのかなって心配にはなりますけど、ね」


でも。


「クルテルくんが話したいなら聞きたい。話したくないことなら聞きたくない、かな」


視線が僕に向けられる。


「正直、どっちでもいいです。クルテルくんが一番いいと思う方で」

「・・・」

「きっと、ランドルフさんとか、カーマインさんとか、皆、同じことを思ってるんじゃないですかね?」


クルテルの視線が揺れる。

指はまだ、不安げに絡みあっていて。


「・・・我儘だって思わないんですか?」

「え?」

「家族がいるのに帰りたくない、なんて」


そうか。

それで僕に聞いてるんだね。


「うーん、どうかな。それは我儘じゃない気がしますけど」

「どうしてですか?」

「だって、家族って万能じゃないでしょう?」


クルテルが目を瞬かせる。


「それ、は、どういう・・・」


顎に手を当てて、昔の記憶を掘り起こすようにサイラスは口を開く。


「僕の場合は、物心つく頃には路上で一人、生きていかなきゃいけませんでした。でも、そうじゃない子たちも結構いたんです」

「そうじゃない、子たち」

「はい。家に居るのが辛くて、路上に居る方がマシだって逃げてきた子たちです」

「そ・・・うか」


クルテルは、すっと目線を下に向けた。

でも、指の動きは止まったようで。


今度は、ぎゅっと強く、固く、握りしめていて。


「雨露を凌げる家があっても、血の繋がった家族がいても、それでも雨ざらしの路上でお腹を空かせて寝転がることを選ぶ子たちもいるんです。だから・・・」


こんな時まで、僕を心配しないで。


「・・・帰りたくなければ、帰らなくていいと思います」

「・・・っ」


クルテルは、ぐっと、なにかを堪えるように体に力を入れて、それから、大きく息を吐き出した。


「ありがとう」


そう言うと、俯いていた顔を上げ、サイラスをじっと見つめる。


「・・・?」


ただ見つめられるから、何だろう、と不思議に思って首を傾げると、クルテルは、ふ、と小さく笑った。


「流石、サイラスさんですね。師匠の恋を素直に応援できるだけの度量があるのも頷けます」

「あの・・・?」


言ってる意味が分からなくて、目をぱちぱちさせる。


「仕事が終わってからで構いません。後で、少し僕の話を聞いてもらえませんか・・・?」


クルテルは、穏やかな笑みを浮かべてそう言った。

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