僕たちは他人でしかないけれど
クルテルくんが、子どもみたいに泣きじゃくっていた。
子どもみたいって変な言い方だけど。
クルテルくんは、今もちゃんと子どもだけど。
でも、いつだってクルテルくんは大人顔負けのしっかり者だったから。
だから、そんな当たり前の事も忘れていた。
そうだよ、僕より年下なんだよ。
僕の方が、お兄ちゃんなんだよ。
自然と手が伸びて、クルテルくんの頭の上に置いていた。
まるで、いつもアユールさんが僕にやってくれるように。
手をそっと動かして、くしゃりと頭を撫でる。
怒らないで。
少しの間だけ、慰めさせて。
だって、凄く心配なんだ。
僕なんかに心配されても、迷惑なだけかもしれないけど。
頭を撫でるくらいしか、出来ないんだけど。
僕は、クルテルくんのことが好きだから。
僕よりも年下なのに、凄い子だって尊敬してるから。
だから、どうか、手を払いのけないで。
クルテルくんは、吃驚したのか、あれだけ溢れていた涙が止まって。
僕のことをしげしげと見ている。
あ・・・。
やっぱり、嫌だったかな。
そう不安になった時。
クルテルくんは、ふ、と笑って。
「・・・本当に、サイラスさんは人が好いんですね」
眉が八の字に下がって。
笑っているけど、困ってもいるみたいだ。
「え・・・と」
何て答えたらいいんだろう?
怒っては、いないみたいだけど。
そのとき、僕の頭の上に、ぽすん、と軽い重みを感じた。
見上げると、アユールさんの笑みが映った。
「お前は、本当に優しいヤツだよな」
そう言うと、アユールさんは、いつもよりも力を込めて、そして、いつもよりも念入りに、僕の髪をぐしゃぐしゃに掻きまぜた。
「うわっ、ちょ、アユールさんっ! なんか今日、いつもより、力、強くないですかっ?」
でも、アユールさんは一向に手を止める気配がない。
あはは、と笑いながら、撫でまくる。
髪の毛が、ぼさぼさの、ぐしゃぐしゃになって、それでようやくアユールさんは手を止めた。
それを見たクルテルくんが、大きく口を開けて笑い出して。
それに釣られてランドルフさんも。
それから、アユールさんも再び笑い出す。
僕は最初、それをぽかんと見ていたけれど。
なんだか皆の笑う顔が嬉しくて、少しくすぐったくて。
自分の頭なんか見えないのに、どれだけみっともない髪型になってるのかなんて分からないのに、一緒になって笑ってしまった。
こんな、つまらないことで、涙が出るほど笑って。
ああ、そうだよ。
クルテルくんに、どんな事情があるかなんて分からない。
無理に聞き出そうとも思わない。
ただ、ランドルフさんが言ったように。
守るべき人を、優先すべき人を、忘れなければいい。
それだけの話。
あのクルテルくんが。
あのアユールさんが。
あんな表情をするのだから。
あんなに困っているのだから。
僕はただ、信じてあげればいいだけなんだ。
家族だからって、無条件に信じていい訳じゃない。
家族だからって、必ず理解り合える訳でもない。
僕には家族がいないから、つい『家族』という言葉に夢を見てしまうけれど。
家族がいるからって、それだけで自動的に幸せになれる筈がないんだ。
だって、現実にクルテルくんは、こんなにも苦しんでいる。
そして今、クルテルくんを囲んで心配し、気遣っているのは、他人でしかない僕たちなんだ。
クルテルくんも、それを喜んでくれている。
その事実を、受け入れてくれている。
だから。
これでいいんだ。
そうだよね? クルテルくん。
ようやく、大笑いが収まった頃。
クルテルくんは、まだ赤い目で、でも表情はずっと柔らかくなっていて。
「ありがとうございます。サイラスさん」
そう言って、ぺこりとお辞儀をした。
そしてランドルフさんにも、同じくお礼を言って頭を下げて。
「あと、それから、師匠も」
「おい、ついでみたいに言うな」
照れくさそうに最後に付け加えた一言に、アユールさんが声を上げる。
怒った口調で、でも表情は優しくて。
「サイラス、後で髪を整えてあげようね」
僕の肩に手を置いたランドルフさんが、優しく語りかける。
クルテルくんは、そこにいた皆を見回して、はあ、と大きく息を吐いた。
「僕は・・・本当に幸せ者です」
そう言ったクルテルくんは、少し頬を赤らめていて。
でも、さっきまでの涙が嘘のような、満面の笑みを浮かべていたんだ。




