美味すぎて
俺は、ベッドから必死に起き上がろうとしていた。
・・・無駄な足掻きだと、わかってはいたが。
「あらあら、アユールさんったら、無理しちゃダメですよ。大丈夫です。心配しなくてもサーヤが食べさせてくれますから。ほら、大人しく、あーんして下さい」
サーヤが目をキラキラさせながら、スプーンを握りしめて待っている。
・・・できるか。そんな小っ恥ずかしいこと。
「・・・自分で食べられる」
途端にサーヤの肩が、がくんと下がる。
口があからさまに、への字になって。
ガキか、お前は。
大体、なんでそんなことがしたいんだ。
俺にあーんさせて、何か楽しいことでもあるのか?
実際のところ、サーヤはアユールが相手だから、ぜひともあーんさせたいと思っているのだが。
そんなサーヤの気持ちを知る由もないアユールは、頑なに拒み続ける。
「そこに置いといてくれ。後で動けるようになったら、ちゃんと食べるから」
腹も死ぬほど減っていたし、腕だってぜんぜん思うように動かない。
正直、自分でなんとかできるとも思っていないのだ。
だが、恥ずかしさが上回って、素直に口を開けることなどできない。
「アユールさん。動けるようになったらって、それいつですか? ちゃんと食べないと、いつまで経っても元気になんてなれませんよ?」
「そ、そんなにはかからない。大丈夫だから、そこに置いといてくれ」
あくまで口を開けようとしないアユールの様子を見て、レーナは、はぁ、と大きくため息をつくと、ちら、とサーヤに目配せをした。
それから、手を伸ばして、きゅっとアユールの鼻をつまんで。
「ぐっ、なにを・・・」
「サーヤ、今よ」
文句を言おうと口を開きかけたところを、サーヤがすかさず、スープをすくったスプーンを口の中に入れた。
ごくん。
・・・くそ、やられた。
空きっ腹に染みこんでくるのは、ほどよく冷めた優しいスープの味。
・・・なんてこった。ものすごく美味いじゃないか。
野菜の滋味深い味が、アユールの体に染み渡る。
限界ギリギリまで腹が減っていたアユールの体には、堪らない誘惑で。
さっさと口を開けてしまえと、どこからか囁き声まで聞こえる始末だ。
レーナの、してやったりの表情がどうにも気に入らないが、体が食べ物に反応してしまった以上、まさしく背に腹は変えられずの状態で。
スプーンを持ったまま、じーっとアユールの口が再び開くのを待っているサーヤを、じとり、と一回だけ睨むと、根負けしたかのようにアユールは口を開けた。
開いた口にすうっと注ぎ込まれる、優しくて美味しいスープの味が、どうにも憎たらしい。
美味い。
・・・くそ、こんなに美味くできてなければ、きっぱりと拒否するものを。
観念して、再び大人しく口を開ける。
こんな姿、クルテルには絶対に見せられん、と思いながら。