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王の回顧

思えば、幼い時から、彼女は常に私の隣にいて、寄り添ってくれた。


不安を吐露すれば励ましを。

悲しみを抱けば慰めを。

躊躇すれば後押しを。

弱音を吐けば激励を。


レナライアは、優しく、美しく、常に気遣いに溢れていて。


一緒にいて心地良かった。

共にいれば癒された。


彼女がいれば、満たされていた。


・・・今なら、それは私だけだった事も分かるのに。


彼女は、いつも笑っていたから。

愚痴など溢したこともなかったから。


彼女も、満たされているのだと思っていた。

私といるだけで、彼女は幸せなのだと。


いや、私はそれすら考えもしなかった。

彼女が幸せかどうかなど、塵ほども。


ただ、常に思考は自分の感情を基準として。


王宮で皆から虐げられている事は知っていた。

シリルやサルマンからだけでなく、官僚たち、侍女たちからさえも、心ない仕打ちを受けていることも。


だが、レナライアは何も言わなかったから。

私に助けを求めはしなかったから。


・・・ただ、少し困ったような微笑みを浮かべるだけだったから。


だから大丈夫だと、彼女ならそんな些細なことなど気にはしまいと、何もしなかった。

いや、何かするだけの気力が、自分にはなかった。


シリルが嫌で嫌で。

突然に降りかかったこの悪夢が信じられなくて。


あのけたたましい笑い声を耳にする度に。

あの毒々しい真っ赤な唇を見る度に。


こちらを窺うように投げかける視線を感じる度に。

傍若無人の振る舞いを目にする度に。


何も考えたくなくて。


もう、何もかもが本当にどうでも良くて。


全てを放置した。

何もかもが滅茶苦茶に壊れてしまえばいいと、そう思って。


たとえそうなったとしても、レナライアはきっと私の隣で微笑んでいてくれる。


食事を度々抜かれて、庭園で実った果実や草を口にしていたことも。

服を何着も切り刻まれていたことも。


階段から突き落とされたことも。

よく腐った水を出されていたことも。


全部全部知っていた。


でも大丈夫、彼女は強い人だから。

そんなつまらないことで怒ったりしない。

ここから居なくなったりしない。


何故なら、私が彼女を必要としている事を知っているから。

だから、何があろうとも、彼女はここに居てくれる。


その筈だった。



だから、あの夜起きた事が信じられなかった。


レナライアが消えた。

どこを探してもいない。


シリルは、サルマンは、彼女が死んだと言う。


違う。

そんな筈はない。


あり得ない。

彼女が、私の側からいなくなるななんて。


あの美しく、健気で、強い女性が。

いつも私を支えてくれた女性が。


その役目を放棄して死んでしまうなんて。


涙がひと筋、溢れた。


悲しかったから。


私の大切な愛しい女性が、この世界から消えてしまった事が悲しかったから。


私は、これからどうしたらいいんだ。

誰が私を慰め、励ましてくれるんだ。


よりにもよって、この女が王宮に残るなんて。


こうして、私の世界は色を失った。


レナライアが居なくなった王宮は、ますます殺伐としていく。


皆が窺うのは、あの女の顔色ばかり。

私のことなど、誰も視界に入れようともしない。


ああ、煩い。

あの女の声は、甲高く喚きたてるこの声は、耳障りでも本当に耐えがたい。


レナライア、こんなに呆気なく死んでしまうなんて、酷いじゃないか。

あの程度の嫌がらせ、君ならば難なくやり過ごせはしなかったのか。


それから続いたのは、つまらない、色の消えた世界での日々。


そんなある日、突然、君が目の前に現れた。


数人の魔法使いと共に。


ああ、やはり。

君は死んでなんかいなかったんだね。


そうだとも。

君が私を置いて逝く筈がない。


君は私の為にある存在なのだから。


喜びに打ち震える心の側で、私の中の一部が警鐘を鳴らす。


駄目だ。

誰か、私の手から彼女を守ってくれ、と。


自分の中の声だというのに、それを全力で否定するもう一人の自分がいた。


ようやく、ようやく帰ってきた。

今度こそ、その命が果てるまで私の側にいておくれ。

そして前のように、弱い私を支えておくれ。

君はそのために生まれてきたのだから。


・・・違う。

また彼女を生贄にする気か。

彼女の優しさに漬けこむのは、もう止めろ。


嫌だ。

彼女は私のものだ。


違う。

いい加減、解放してやれ。



鬩ぎ合う心を見透かしたように、レナライアを背に庇い、魔法使いが進み出る。


何故、この男はこんなに怒っているのだろう。

お前には、何の関係もないのに。


そうだろう、レナライア?


レナライアは、真っ直ぐに私を見つめる。

そして、震える声で、私に決別を告げた。


あの夜に、レナライアは死んだのだと。

もう一人の彼女の命まで、私に捧げることはしないと。


・・・知っていたよ、君は強い人だと。

そして、とてつもなく優しいと。


いつでも切り捨てる事が出来た筈の私を、ここまで大事に抱えて生きてくれたのだから。


だから、王妃としての最後の言葉を残した彼女に、分かったと小さく呟いた。


そうだ、もう十分だ。

もう、邪魔なシリルやサルマンはいない。


私も君を解放してあげる。


君はもう、自由だ。


途端に、涙が止めどもなく流れ落ちた。


光と共に消えていくレナライアを見つめながら、思うことはただ一つ。


君は信じてくれないかもしれないが。


レナライア・・・君を愛していた。

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