それは、それぞれの選択の結果で
カーマインがレーナを背に庇い、前に進み出た直後、絶叫するサルマンの声が響き渡った。
「うわ・・・。シェマン、怖ぇ」
ぼそりとアユールが呟く。
全身に火傷を負い、体のあちこちが捻り潰されたサルマンが、どさりと床に倒れ込んだ。
ダーラスは一瞬ぎょっとした表情を浮かべて怯む様子を見せたものの、その凄惨な光景から目を背け、カーマインの背に隠れるように身を縮こませるレーナを見て、一転、顔を曇らせた。
「どうした、レナライア? 私のもとに戻って来てはくれないのか?」
「・・・」
レーナはカーマインの背に顔を隠したまま、押し黙っている。
「レナライア、どうして・・・」
「・・・問わねば理由が分からないとでも言うつもりか? あなた方がどれだけの事をこの方にしてきたか、まさか覚えていないとは言わんだろうな?」
王の顔が、羞恥でさっと赤く染まる。
「わ、私は何もしていない。あれはシリルとサルマンが勝手に・・・」
「そうか、勝手に・・・か。なるほど、そうかもしれんな。この二人が勝手に暴走した事は間違いない。だが、もう一つ、貴方が何もしなかった、というのも事実だろう」
「・・・」
「そうだ、貴方は何もしなかった。本当に何もしなかった。シリルとサルマンを止めることも、叱責することも・・・陰で助けることさえも」
「・・・私に何が出来たと言うのだ? 誰が何を言ったとしても聞くような奴らではないというのに」
「その通りですな」
あっさりと返ってきた肯定に、ダーラスは一瞬呆気に取られる。
「誰が何を言っても聞くような奴らではない、なればこそ、貴方だけは動くべきだった。・・・王よ、バンテラン王国の王であり、レナライアさまの夫たる貴方が動かなければ、他に誰がこの方のために動けたというのだろう?」
「私はーー」
「・・・その方に・・何を言っても無駄・・だ」
ダーラスの弁解を、誰かが遮った。
その場にいた者たちは、その声の出所を確かめようと周囲を見回す。
「何も・・見ようとしない、・・・何も行おうとしない。・・・ただ、天から・・・善意が降ってくるのを、待つだけの・・お方なのだ・・からな」
嘲りとは諦めを含んだ声。
床に横たわったサルマンからの声だった。
「・・唯一、シリルさまを・・抑え込む力を・・持って、いた・・・。あの方の・・暴虐、を、・・止められる・・のは、貴方しかいなかった、のに・・・」
呼吸のたびにサルマンの喉がひゅう、と鳴る。
息をするのも苦しそうなのに、その目はぎらり、と王を見つめている。
「愛した・・女さえ、守らずに・・見捨てる・・方だ。それ、ならば、ただの臣下で、ある・・私たちは・・・生きる、ために・・あの、女の・・手駒に・・なるしか、ないでは・・ないか・・・」
その目は怒りに燃えていた。
赤く焼けただれた手は、ぐっと強く握り締められて。
「そう、だ・・・。生き、るため・・・だ。私は・・悪くない。悪い、のは・・・王、貴方・・だ・・」
ダーラスは唇を噛み、俯いた。
ひゅうひゅうというサルマンの呼吸音が、やけに耳障りで煩く感じる。
「そうやって、いつも誰かのせいにしていれば安心か?」
息の詰まるような空気を破り、凛とした声が響いた。
「王は確かに何もしなかった。それがこの国の混乱を更に助長した事は否めない。・・・だが、それは、お前が悪に走った事への免罪符となるのか? お前がシリルの手先となってあらゆる悪事に手を染めた事への理由となるのか?」
カーマインの詰問に答えようと、サルマンが口を開く・・・が。
「同じ状況に置かれながらも、そうしなかった者たちが、ここにいるというのに」
続けられたその一言に、サルマンは口をつぐんだ。
「自分のした事を誰かのせいにするのは勝手だが、最終的にそれを行うか行わないかは己の裁量にかかっている。お前がシリルの手下になったのは、お前自身がそうすると決めたからだ。同じように・・・王よ。貴方が国の民やレナライアさまさえも見捨てたのは、貴方自らそうする事をお決めになったからだ。他の誰でもない、貴方ご自身が」
カーマインの背に顔を埋めるレナライアの体が、微かに震えていた。
カーマインはそれに気づかない振りをして、ただ真っ直ぐにダーラスへと顔を向ける。
「誰のせいでもない。ただ、各々が自身の選択した結果に直面しているだけだ」
「・・・分かっているとも、自分がどれだけ弱い存在なのか。私自身、嫌というほど分かっている」
俯き、床に手をついたまま
手をついたまま、ぼそり、とダーラスが呟いた。
「だからこそ、助けを求めているのではないか。今度こそ、間違えないように、側にいて、支え、導き、励ましてほしい、と。・・・そうだろう、レナライア」
レーナの肩がびくっと震えた。
「レナライア。君は私の第二王妃だ。私の側で、その役目を果たしてくれないか」
「王よ・・・」
「・・・私は、レナライアに話しているのだ」
王は、咎めるようにカーマインの言葉を遮り、レナライアへ請うような視線を向ける。
「レナライア」
「・・・レナライアは死んだのよ。あの夜に」
震える声で、絞り出すように、レーナは言った。
「シリルがこの国に来ると分かった時、貴方は同じことを私に言ったわ。側で支え、助けてくれ、と。そして私はそれを受け入れた。貴方を助け、支えるために、第二王妃として王宮に入ったのよ。・・・貴方は覚えているかしら?」
「ああ、勿論だ。あの時、君は私のために蛇の巣穴に敢えて飛び込んでくれた」
嬉しそうに語るダーラスとは対照的に、レーナの表情は曇っていた。
「そうね、貴方の言う通りよ。そこは毒蛇の巣窟だった。そして私は、あっけなく蛇に食い殺されたわ、たった一年でね。あの夜、サルマンにかけられた『亡失』魔法で、お腹の赤ちゃんごと殺されたのよ。・・・ええ、確実に殺されていた筈だわ。あの時、死にかけていた私のために、軽減魔法をかけてくれた誰かがいなければ」




