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怒り

許さない。


心の中は、怒りで埋め尽くされていた。


今更、何をどうしたって償えない事はわかっている。

どんな事情があろうと、友の命を奪おうとしたのだから。


だが、せめて。

せめて、この男だけは。


シェマンは、ぎり、と歯を食いしばった。


シェマンは生来義理堅い男だった。

真面目で、武骨で、家族思いで、魔術の研究一筋に生きてきた。


口は悪いが、気は優しく、能力も国一番である魔法使い、アユールとも気が合って。

そんなに頻繁に会うこともなかったが、信頼のおける良き友人で。


徹夜で魔法論について議論することも、考案した新術を試そうとして大怪我をしたことも、5時間かけてようやく書き上げた魔道具の設計図に落書きされたことも。


何もかもが楽しかった。

ずっと友人でいられると思っていた。


あの日、突然現れたサルマンに、家族を人質に取られるまでは。


妹の腕にあった腕輪から、禍々しい魔力を感じて。

外そうとしても、外部からの力を跳ね返されてしまう。


オレの力では、手の打ちようがなかった。


腕輪の呪いは、妹の生命力を少しづつ削り取っていく。

毎日毎日、妹はゆっくりと弱っていった。


「解呪用の鍵が無ければ、決して外せない」


サルマンの使いは、勝ち誇ったようにそう言った。

共に王城に行き、サルマンの手下として働けば、鍵を渡してやろう、とも。


即答は出来なかった。

サルマンの狙いはわかっていたから。

この手で友を殺すなど、即断できる筈もなかった。


でも、やがて妹は歩くことも出来なくなって。

ずっと床に伏せるようになった。


妹は、それでも自分は平気だからと微笑んで。

家族に囲まれながら死ねるのならば幸せだ、と。


その言葉を聞いて、サルマンの手下になり下がる決心をした。


久しぶりに会った友に、いつもの調子で話しかけ、笑いながらサワの実を手渡す。

アユールは、それに毒が仕込んであるなんて疑いもせず、無防備に口に入れる。


やがて体の痺れに気づいたアユールは、信じられない、とでも言いたげに目を大きく見開いて、オレの方を振り返った。


すまない。

すまない、アユール。


こうしないと、鍵が手に入らないんだ。

あの腕輪を妹から外さないと、あの子は死んでしまうんだ。


すまない、そう何度も心の中で謝って、火炎魔法で背後から友を攻撃した。


そうして友の命を代償に、オレは鍵を手に入れて、妹の腕から呪いの腕輪を外した。


それで終わりだと思っていた。


失った友は、永遠に戻らない。

オレの心も、どこか虚ろになっていて。


それでも、家族のために生きなければと。

必死で体を動かした。


なのに、サルマンからの使いがまたやって来て。

また手下として動け、と命令してきた。


腕輪の一件以来、オレは用心して、家族全員に保護魔法をかけていた。

また知らないうちに、呪具を体のどこかに填められることがないように、と。


多分、そのせいだろう。

前回の手が通じず、今度は周囲に見張りを立てて、言うことを聞かねば危害を加える、という形で脅してきた。


だが、それは別の意味で僥倖だった。


今回の命令が、アユールについて調査しろという内容だったから。


もしや生きていてくれたのか、と。

流石はアユールだ、と。


恨まれて当然、だがそれとは関係なく、アユールが生きている可能性のあることが嬉しかった。


怪しい動きを少しでもすれば、その瞬間に見張りの者が家族を襲う。

そう脅されても、友を二度は裏切りたくはなくて。


何か方法はないか、そう考えあぐねて。


命令を受けてあいつの家を探索した時に、一か八かで、戸口に分かりやすく仕掛けを施した。

そして、その横に、偽装魔法をかけた空間に紙切れを忍ばせて。


許されるとは思っていない。

だが、今回も何とか逃げ延びてほしかった。


オレの書いたメモなど、破り捨てられて終いかもしれない。

信じてもらえなくても仕方ない。


そう覚悟もしたけど。


でも、アユールはやっぱり、やる時はやる男で。

王宮にまで突入してきて、期待以上の事をやらかしてくれて。


お陰で今、オレはこうしてサルマンと対峙できている。


ありがとう、アユール。

お前になら殺されてもいい、そう思ってる。


物騒なことを言うなって、お前なら笑い飛ばしそうだけど。

でも、本気で、そう思うんだよ。


渾身の魔力を込め、奴の頭上に火炎を降らす。

奴が上に防御層を張るのを確認して、今度は足元から熱風を噴き上げる。


・・・サルマン。

お前だけは、絶対に許さない。


奴の顔が、苦痛で歪む。


とどめだ。


掌をぐっと握り込む。

刹那、サルマンの体全体を覆った熱風が圧縮され、熱で捻りあげて。


奴の絶叫する声が、広間に響き渡った。

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