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誤算

「余裕ですね、サルマン殿。動きが疎かになってますよ。シリル王妃が亡くなったのが、そんなにショックでしたか?」


シェマンの挑発の言葉で、サルマンは我に返った。


「仕える主君が亡くなられたのだ。落ち着き払っていられる方がおかしいだろう。忠実な臣下であればな」


務めて冷静な声で返したサルマンの背には、冷たい汗が流れていた。

それほどに、シリルの死は予想外の出来事だったのだ。


これまで、サルマンはシリルの欲望を叶えることで、その絶対的地位を保ってきた。


ダーラスなど気に留める必要もない小者、担ぎ上げるべきはシリルひとり、そう判断して、そしてその通りに行動して、比肩できないほどの権力を手にし続けた。


誰が予想できただろうか。


その声色さえ忘れてしまうような、何もせず何の意思表示もせず存在感のない名ばかりの国王が、すべてを掌握する凶悪な王妃に自ら手をかけて殺すなど。


あっけなく死んでいった。

あの王妃が。


シェマンの攻撃を防ぎながらも、サルマンの思考はまったく違うところにあった。


勝ったとしても負けたとしても、自分は生きてここから出ることはないかもしれない、と。




◇◇◇




シェマンが容赦ない攻撃を仕掛ける様子を、少し離れたところから観察する。


・・・あれは随分と怒ってるな。


シェマンの繰り出す魔法を見て、アユールはそんなことを思っていた。


『人質』・・・そう言っていた。


誰を取られていたのだろう、父か母か、それとも妹か。

あの二人の性格を考えると、もしや全員だったのかもしれない。


家族の命と友人の命を秤にかければ、友人を裏切るという選択肢を選んだとしても仕方なかったのだろう。


家族を殺されてもなお、友情に厚くあれ、などと愚かな理想論を掲げる気はない。


自分だってきっと同じことをする。

生き延びる可能性が高い方(、、、)、生き残るスキルが高い方(、、、)が、自力で生き残ってくれることに掛けて、相手を攻撃するだろう。


まぁ、俺には父も母も妹もいないが。

ついでに言えば、叔父は人質に取られたら逆に相手を殺しそうだが。


だが、あいつには弱みとなるような家族がいた。

だから、裏切った。


・・・あいつの性格からしたら、死ぬより辛い決断だったろう。


だからこそ、今日のこの機会を逃さなかった。

だからこそ、あれほどまでにサルマンに対して怒り狂っている。


「・・・仕方ない。3、4発殴ったところで許してやるよ」


そんなことを呟いて。


まぁ、今はあちらの見物より、こいつをどうするかだ。


くるりと向きを変え、まだ床に蹲っているダーラスを見た。


同じくダーラスを見つめるレーナの表情は、とても悲し気だった。


・・・それも当たり前だ。

こんな結末など、考えもしなければ、望みもしなかったのだから。


シリルといい、この王といい、サルマンといい、この王宮にいるのは馬鹿ばかりだ。


この男は、自分のした事を本当に理解出来ているのだろうか。

自分が生かされた意味を、分かっているのだろうか。


そんな疑念が浮かんで、気がつけば前に進み出ていた。


「・・・随分と偉そうにあの女に説教を垂れてたようだがな、俺に言わせりゃお前の腰抜けっぷりだって相当なもんだ。好きな女を陰謀に巻き込んどいてあっさり見捨てるなんて、王族云々の話じゃない、人間として最低だよ。俺からすれば、お前だってあの女と何も変わらない、ただの同類だ」


頭上から声をかけられ、ダーラスはゆっくりと頭を上げる。

一瞬、アユールと目が合ったものの、その視線はすぐに、更に向こうの、じっと立ちすくんでいるレナライアへと向かう。


「レナ、ライア」


まだどこか呆けているような覇気のない声で、その名を呼んだ。


レーナは、返事はせず、少しだけ首を傾げる。


「私が悪かった。そちらの者が言った通り、王位を退く前に、まず国を立て直す努力をする。これまで打ち捨てていた分、全力を尽くして施政に取り組むと約束する」


懇願するような口調だ。


「そう・・・そうね。貴方はこの国の王なんですもの。そうするべきだわ」


レーナの口調は優しかった。

その眼差しには、非難の色も込められておらず、ただ寂しげな笑みが浮かんでいるだけ。


でも、まとう空気はどこかよそよそしく、他人行儀で、彼女がダーラスを受け入れていない事は明らかで。


それなのに。


「ああ、約束する。私は、今度こそ君が誇れるような王になる」


それなのに、この男の口調は、どこか嬉しそうだった。


「・・・え?」

「今度こそ、約束を守る、だから・・・だから、戻ってきてくれるだろう?」


背後で、レナライアが息を呑む音が聞こえた。


「シリルは死んだ。もう王妃は君一人だ。私たちの間を裂こうとする者は、もういない。嫌がらせも、苛めも、命が危険になるような事も、もう起きることはない。君は安心してこの王宮に住むことが出来るんだ」

「・・・」

「隣で私のことを支えてほしい。もちろん、次の王座は、君が生んでくれた私の娘に譲る。レナライア、これでやっと・・・やっと私たちは元の形に戻れるんだ」


レーナは何も答えなかった。

その無言を貫く姿に不安を覚えたのか、更に憐れみを請うような口調へと変わる。


「レナライア。玉座は、私一人が担うには重すぎるのだ。・・・共に背負ってはくれないだろうか?」


知らず、拳を握りしめていた。


後ろでレーナがどんな顔をしているかは、分からない。


自分の立場は分かっている。

俺は友人ではあるけれども、家族でも何でもない。


ましてや、これは当事者が決めることだということも分かっている。


だが、それでも。

それでも、無性に腹が立った。


・・・こいつは、どこまで。

どこまで、レーナの優しさにつけ込む気でいるのか、と。


そう思って、怒りのままに口を開こうとした、その時。


「・・・事ここに至ってもなお、己の都合しか考えない男なのだな、貴様は」


それまで、ただ黙って様子を見ていたカーマインが、荒々しく前に進み出たかと思うと、レナライアをその背に庇うようにして立ちはだかった。


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