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怒れる魔法使い

「・・・なんだと?」

「サイラスとサーヤが?」

「はい。先ほどの話を伝えるために、皆に食堂に集まってもらったのですが、あの二人の姿が見当たらないのです。サイラスには昼過ぎに市場に買い物に行くよう言いつけたのですが、どうやらまだ戻っていないようでして・・・。恐らくサーヤさまもご一緒に行かれたかと・・・」


まさか。


嫌な予感が頭をかすめる。


「気づくのが遅くなりまして申し訳ありません。てっきり、他の仕事をしているものと・・・」


背中を冷たい汗が伝う。


サイラスのことは正直よく知らない。

だが、人を騙すような奴じゃない事だけは確かだ。


市場で、何かあったのか。


「くそっ!」

「待て」


慌てて飛び出そうとしたアユールをカーマインが制する。


「落ち着け。闇雲に飛び出しても時間の無駄だ」

「そんなことを言ったって、もしかしたら今ごろ・・・」

「だから落ち着け。・・・少なくとも狙いはサーヤではないだろう。存在も、名前も、顔も知られていない娘だ。今の姿を見て、レナライアさまのお子だと連想する筈が無い。傍らにレナライアさまがおられたとすれば別だが、今回はサイラスとサーヤの二人だけだったのだからな」

「じゃあ、サイラスが狙われて・・・」

「ああ、恐らくは前の屋敷の関係者だろう。まぁ、その者たちを使って背後に別の誰かがいるという可能性の方が高いが・・・」


別の誰か(、、、、)


アユールの脳裏に、醜悪な笑い顔が浮かぶ。


「どちらにせよ何とかして探し・・・」


そう言いかけたところで、玄関の方から大きな音がした。


「師匠! サーヤさんが!」


クルテルの声。

レーナの声もする。


玄関の扉を開けて飛び込んできたのは、サーヤ。

サーヤ一人だった。


息を切らし、眼には涙が浮かんでいる。

顔色は真っ青で。


「サーヤ、無事だったか・・・」


思わず安堵の声が漏れるが、すぐにサイラスがいないことに気づく。


クルテルの持ってきた水をぐっと飲み干すと、サーヤは手振り身振りで何があったかを懸命に伝えようとする。


「落ち着いて、サーヤ。そんなに速いと私にも分からないわ」


涙をポロポロこぼしながら、何かを伝えようと必死で。


なかなか意味を掴めず困り果てたレーナの後ろから、カーマインがすっと手を伸ばしてサーヤの額に触れた。


驚いたサーヤの動きが止まる。


「・・・」


皆の視線もカーマインに集中した。


しばらくの間、黙ってサーヤの額に手を当てていたカーマインは、やがて、なるほど、と言ってその手を額から離した。


「・・・何か分かったんですか?」


不安げなレーナの問いに、カーマインは静かに頷く。


「叔父上さま、今のは何かの魔法ですか・・・?」

心読(ここよみ)だ。サーヤの頭の中を読ませてもらった。・・・断りもなく行ったことをまず詫びさせて貰う。すまなかった」


カーマインの言葉に、サーヤがかぶりを振った。


「時間がないから端的に話す。サイラスが攫われた。どうやらサイラスを知る者たちが市場で彼を見かけ、帰り道に二人を囲んだようだ。サイラスは自分が狙いだと気付き、サーヤを先に逃がして、自分は別の方向へ走った。そしてサイラスの考え通り、追手はサーヤの逃げた方には向かわず、サイラス一人に集中した」


サーヤがこくこくと頷く。


「じゃあ、サイラスは今・・・」

「どこかの誰かに取っ捕まったか」

「・・・でも、前の屋敷の人たちはアユールさんがやっつけたのに、今更手を出してくるのはおかしいわ。どれだけ強い人を相手にしてるのか、よく分かってるのに、何故こんな・・・」

「誰か他の人物に命令されたのだろう」


その言葉にレーナがはっと息を呑む。


「他の・・・人物・・・」


青ざめるレーナを、ランドルフとクルテルが気の毒そうに見つめる。


「アユールが絡んでいることがバレたか、はたまた黒の森の家で何かを掴んだか・・・。どちらにせよ、あちらはやる気満々のようだ。もうひっそり穏やかに暮らしたい、などというささやかな願いも叶いそうにないな」

「望むところだ。サイラスを取り戻すぞ」


にやりと不敵な笑みを浮かべて答えるアユールだったが、ふと、傍らのレーナとサーヤに視線を送った。


「ここも直に奴らの手の者に囲まれるだろう。サイラスの居る所をさっさと突き止めたいから、俺はここでそいつらが来るのを待つつもりだ。お前たちはどこか他の場所に隠れてるといい」

「・・・」


まだ少し震えが残っていたが、サーヤとレーナは互いの顔を見て頷き合った。


「・・・お願いがあります」




◇◇◇




その後、夜もかなり更けた頃、何の前触れもなくかなりの大人数が、マハナイムのカーマインの屋敷周辺に現れた。

完全に屋敷を包囲した頃、偵察に行かせた者が大慌てで戻り、こんな報告が上がる。


「隊長、中には誰もいません。屋敷はもぬけの殻です!」


その言葉に、指揮に当たっていた男の顔がひどく歪む。


「くっ・・・。逃げられたか」


シリルに仕える者たちにとって、いつ、どこで、そして何が主君の逆鱗に触れて命を落とすことになるか分からない。


指揮官は、傍目から見てもはっきりと分かるほどの動揺を見せた。


だが、なんとか気を取り直して捜索を開始するよう命令を下した。


「全員、屋敷内を念入りに捜索せよ。どんな些細な手がかりでもいい。とにかく探せ。何か成果を持ち帰らねば、あの方がどれだけお怒りになるか・・・」

あの方(、、、)って誰?」

「は・・・?」


不意に聞こえた声に、兵士たちが辺りを見回す。

だが、自分たち以外に誰の姿も見えない。


「なんだ、今の声は? 誰だ、何処にいる?」


剣を構えて周囲を警戒するも、何処を見ても、誰も、何も、見えない。


なのに。

声だけが闇の中を朗々と響く。


「おい、答えろよ。あの方って誰だよ?」


ふと、上を向いた兵の一人が大声をあげながら上空を指さした。


「じょ、上官っ・・・!」

「なんだ? 上に何か・・・」


空を見上げた指揮官は、上空に浮かぶ人影を目にして、喉がひゅっと音をたてる。


兵士たちを足元に見下ろし、上空に浮かび立つのは。

黄金色の眼を怪しく輝かせるアユールだった。


「・・・なぁ、誰なんだよ」


怒れる魔法使いは、再びゆっくりと口を開いた。


「早く教えてくんない? 俺さ、けっこう怒ってるんだよね、今」


その場にいた兵たちは、恐怖で背筋が凍りつくのを感じた。

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