兆し
異変の始まりは些細なものだった。
いくつかの魔道具と魔力計器を取りにトールギランに行った時だ。
アユールは自らの家に、誰かの手によってちょっとした仕掛けが施されていることに気づいた。
ちっぽけな子供騙しのような仕掛け。
家に出入りがあれば作動するだけ、ただそれだけの。
だが、それだけで十分だった。
監視が付いたか。
俺が生きているかもしれない、と勘繰りだしたようだな。
もう、この拠点は捨てた方がいいだろう。
マハナイムも、早急に引き払った方がいいかもしれない。
「・・・はっ」
ふと、乾いた笑いが口から漏れる。
「ついさっきまで、演技だの振りだのって、くだらないことで皆、大騒ぎしてたのにな」
レーナとサーヤの顔が脳裏に浮かぶ。
これを仕掛けたのが誰にせよ、背後から指示を出したのはシリルだろう。
そう思った時、仕掛けの横に不自然に歪んだ空間があることに気づいた。
よくよく注意して見ると、小さな紙切れが貼り付けられており、建物の木目に紛れ込ませて人目に触れないよう偽装魔法がかけられていて。
他にトラップが仕掛けられていないことを確認してから、紙切れに書かれた文を注意深く読む。
「あいつか・・・」
苦々しげな呟きが漏れる。
「予想通りっちゃあ、予想通りだが。やっぱり、ここは真っ先に目をつけられたな。レーナたちをここに連れて来なかったのは正解だった。・・・まぁ、マハナイムも、いつまで隠しおおせるかは疑問だが」
仕方ない。
ここの魔道具や計器類は、一旦、諦めるとして。
「・・・当分は、叔父貴の恋話にも付き合ってやれないな」
アユールは、ぐっと拳を握り締めた。
同じ頃。
ランドルフの下に、通心にて、知人からの知らせが届いていた。
その昔、カーマインが拠点とするために複数の屋敷を買い取った際、所有者の名義を二重三重に秘匿してくれた人物からの連絡だった。
カーマインの屋敷の二つ三つが、所有者に関して調査が入れられた、と。
そして、その調査のために赴いた人物は、王宮に仕える文官の一人だ、とも。
「我が主人に報告しなくては」
ランドルフは、急ぎ主人のいる書斎へと向かった。
「・・・成程。では、私の名が挙がるのも時間の問題、という訳か」
「まだ時間の余裕は多少あるかと思いますが」
ランドルフ、そしてアユールからの報告を受け、カーマインは顎に手を当て、ふむ、と考えを巡らせる。
「ランドルフ、前に言っておいた別の邸の選定は済んでいるか?」
「はい、バーテの森の南に用意してございます」
「よし。では本日をもってこの邸を放棄する。今夜、バーテへ速やかに移動出来るよう、各自、荷などを準備するよう皆に伝えなさい」
「かしこまりました」
礼をして、さっと書斎から出て行った。
「アユール」
「ん?」
名前を呼ばれて叔父に目を向けると、いたく厳しい面持ちで言葉を継いだ。
「全く、よくも巻き込んでくれたな。あの醜悪な奴らに再び目をつけられたからには、もう闘うしか選択肢が無いではないか」
「まぁ、元よりそのつもりだったしな」
その太々しい態度に大きな溜め息を吐き、さらにこう続けた。
「無鉄砲なお前の尻拭いさせられるとは甚だ迷惑ではあるが、これも、レナライアさまのためと思えば致し方あるまい。・・・いいか、アユール。絶対に、何としてでも、あの愚か者どもの手からお二人を守るぞ。あの方と、その娘に指一本触れさせてはならん」
「ああ、勿論さ」
アユールは不敵な笑みを浮かべた。
「叔父貴と俺が組んだんだ。負ける訳は無いさ。王族だからと遠慮するのもここまでだ。俺たちに手を出したことを後悔させてやる。そして、シリルという忌々しい呪縛から、あの二人を解放してやろうぜ」
「・・・険しい道だぞ」
「承知の上さ。叔父貴だってそうだろ?」
アユールの問いかけにカーマインが答えようとした時、扉の向こうから慌ただしい足音が聞こえてきた。
足音はどんどん近づいてくる。
何事かと二人が眉を顰めていると、勢いよく扉が開いて、先ほど出て行ったばかりのランドルフが血相を変えて飛び込んできた。
「サイラスとサーヤさまの姿が見当たりません!」




