他愛の無い、でも貴重な時間
「驚いたな・・・」
「はい、正直、あそこまでだとは思っておりませんでした」
「重症ですよね・・・」
アユールとランドルフとクルテルの三人は、頭を寄せ合ってヒソヒソ話していた。
厨房の洗い場で皿を洗っているサイラスが、仲の良さそうなその姿をちょっと羨ましそうに見ている。
「いや、まさかあそこであの返しが来るとはな」
しみじみと呟くアユールに、残り二人も深く頷いた。
つい先ほど。
クルテルの書いた脚本に沿って、ランドルフは頑張ってレーナを口説く演技をした。
そして予想通り、カーマインが不機嫌そうに、ガタッと椅子から立ち上がるのを見た時。
三人は心の中で、やったーっっと思ったのだ。
勝った、と。
ところが。
ところがである。
カーマインは、別室にランドルフを呼びつけると説教を始めたのだ。
あんな言葉では、まったくレナライアの素晴らしさが伝わらない、と。
「春の木漏れ日のような温かい笑顔だと? 海を映したような美しい瞳だと? くだらん。くだらなさすぎる。まったく言い足りていないではないか。レナライアさまの笑顔は春の木漏れ日どころではない、春の女神の降臨だ。貴様、よくその程度でレナライアさまを慕っているなどと言えるな」
もう、三人共、目が点になって。
「いやぁ、僕、知らなかったですよ。師匠の叔父上さまがあんなにユーモアのセンスに溢れる方だったなんて」
ははは~っと少し遠い目で笑うのはクルテルで。
こうなったらとことんやってやる、と息巻いてるのがアユールで。
まさか、まだ演技を続けなければならないのか、と呆然としているのがランドルフな訳だ。
「・・・だがな、これ以上続けるとなると、他のみんなの協力と理解も欲しい」
「確かにそうですよね。レーナさんたちに間違った結論を出されてしまったら、却って叔父上さまから恨まれてしまいますし」
「ですが、レナライアさまにどこまで打ち明けていいものやら・・・」
「軽減魔法のこととか、王宮で一緒にいたこととか、そういうのは本人から聞いた方がいいことですよね」
あーだこーだと悩んだ挙句、カーマインを除く全員に集まってもらい、レーナに恋心を抱いているのかどうかを確かめたいのだ、とだけ説明することにした。
突っ込みどころ満載の説明だったが、レーナ、サーヤ、サイラスと、素直な性格のの人ばかりだったこともあり、追及されずに協力を取り付けて。
「えぇと、つまり、ランドルフさんが私のことをたくさん褒めたりするけど、誤解しないようにってことよね?」
「演技の邪魔をしないよう気を付ければいいんですね?」
訳がわからないなりに協力を得て、さらなる試行錯誤を繰り返して一週間。
出た結論が。
「マジか・・・。拗らせすぎだろ」
「これは、余程のことがないと覚醒しないかもしれません」
「レーナさんへの恋心となると、なぜ急に叔父上さまの明晰な思考回路が働かなくなるんでしょうね・・・」
白旗だった。
ランドルフの演技がどれだけ上達しても、脇役Aが茶々を入れても。
サイラスが上手くフォローをしても。
もうとにかく何をやっても。
嫉妬心を滲ませ、自分の行動に戸惑いながらも、カーマインは自分がレナライアに抱く感情は敬愛であって恋愛ではない、と言い張った。
発端は昔の知人に会いたい、軽減魔法を施してくれた恩人に会って礼が言いたい、というレーナの希望を叶えるという事だったのに、そこからだいぶ逸れてしまっていることに、ここでようやくアユールたちも気がついて。
いつになるか分からないが、恋心に関しては本人がそれと気付くのを気長に待つしかない、と。
とりあえず、どこまでだったらレーナに打ち明けることが出来るのか、そこをカーマインと話し合った方がいいのではないか、と。
多少の口裏は合わせるから、当人によく考えるよう言うことにして。
そんなこんなの日々。
笑って怒って呆れて考えて大騒ぎして。
だけど結局、なんの進展もなくて。
後になって思えば、叔父貴の恋話にあんなにのんびり時間を割くことが出来た期間は、物凄く貴重なものだった。
シリルとサルマンの魔の手がレーナたちにじわじわと伸びてきていることにも気づかずに、中年男の初恋をなんとかしようなんて騒いでいたのだから。
死んだと思っていたレナライアが、実はどこかでひっそりと生きているのかもと疑い始めたシリルが、その悪魔のような執着心を再び燃え上がらせていることを知るのは、もう少し後のことだった。




