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代償

やはり。


保護魔法の効果で、亡失魔法が完全にはかかってはいない。

これなら、直に軽減の効果も表れる筈だ。


安堵の溜め息が洩れる。


カーマインの予測通り、レナライアの苦しそうな声が少しずつ収まっていく。


解除できれば、それが最善なのだが・・・。


それは流石にカーマインにも無理なことだった。


それに、あの禁呪をどこまで軽減できたのかすら、まだ分からない。


とにかく、この方はこれ以上王宮に留まってはいけない。

この隙を突いて、別の場所に移動させなくては。


ランドルフの準備は出来ただろうか。


いざという時の為に、カーマインは常に複数の隠れ家を用意している。

先ほどの通心つうしんで、そのうちの一つ、恐らく最も見つかりにくいであろう場所を、レナライアのために整えておくよう伝えておいた。


自分の腕の中で眠る、やっと苦しみから解放されて穏やかな呼吸を取り戻したレナライアの顔を覗き込む。


意識が戻った時、この方は喜んでくださるだろうか。

平穏な暮らしを、ただ楽しんでくださるだろうか。


そして、その時、・・・私が側にいることを許してくださるだろうか。


そんな事を考えていた時、ふと、目に違和感を感じた。


レナライアさまのお顔が、だんだんと霞んでいる・・・?


慌てて自分の掌を見つめる。


やはり。


ぼやけて、霞んで、暗闇に覆われていく。


ああ、これが・・・代価か。

私の視力が、軽減の代価なのか。


もう二度と、この方の顔を、姿を、見ることは叶わないのか。


・・・いや、待て。

まだ、嘆くな。


レナライアさまを無事に黒の森に連れていくまで。

ランドルフの手に預けるまで。


その時までは。


ガサリ。


背後で木々を掻き分ける音がして、森の中から巨獣が現れた。


「・・・来たか、ライガル」


催眠魔法で呼び出した巨獣の背に、レナライアを乗せる。


「決して落とさぬよう、気をつけて運ぶのだぞ。行き先は、黒の森だ。ランドルフという男がそこでこの方の到着を待っている」


ライガルに言い聞かせた後、最後にもう一度、意識のないレナライアの顔に視線を落とした。


だが、その目は、もうほとんど何も映すことがなく。


目の前にあるのは、ただの闇ばかり。


だが、それも仕方のない事。

この方をお守り出来たのであれば。


それで良いのだ。


「・・・貴女の命をお救い出来たことは私の誇りです」


そう呟くと、もう見ることも叶わないその美しく輝く黄金の髪に掌を当て、最高度の保護魔法をかける。


黒の森で如何なるものも、御身とその子を傷つけることのないように。

怪我も病気もなく、健やかでいられるように。

今度こそ・・・今度こそ、平穏に、幸せに、暮らせるように。


そう願って。


私のことなど、私の払った犠牲のことなど、どうか知ることのないように。


・・・たとえ、そこに私がいることが叶わなくても。

私を忘れたとしても。


貴女の顔をこれ以上曇らせることは、もう許せないのです。


その髪をひと筋掬い、口元に寄せる。


「レナライア王妃さま・・・私の敬愛する高貴なお方。これにておさらばでございます」


そして最後に、レナライアの額に手を置き、記憶操作の呪文を詠唱した。




ライガルが、レナライアを背に乗せて黒の森へと出発するのを見届けた後、カーマインは一人、王宮へと飛んだ。


さて。

逃げたことを悟られないよう、工作しておかねばならん。


死体も無いままに、死を偽装するには・・・。

やはり、炎か。


小声で最大級の炎呪文を詠唱し、レナライアが隠れていた石段付近の建物を燃え上がらせる。


私もすでに何度もシリルが差し向けた者たちに命を狙われている。

何者かの攻撃に応戦したとでも言ってやろう。


どうせならば最大限まで派手にやってやる。


疑いの種も残らぬように。

あの方が、二度とあの狂った女に命を狙われることのないように。


死んだと確実に思い込んでもらわねばならん。


その夜、王宮の一画、及びその周辺一帯は激しく燃え盛り、炎がすべてを跡形もなく焼き尽くした。


そして、遺体は発見されなかったものの、その夜以降行方不明となったレナライア第二王妃は、死亡したという判断が王宮内で下され、対外的には失踪として発表されることになった。


この時、歓喜するシリルの横で、国王ダーラスはやはり一言も発することは無かった。

だが、ただひとすじ、静かに涙を溢したという。




朝日の射しこむ中、レナライアは見知らぬ家の中で目を覚ました。


怠さを感じながらも起き上がって周囲を確認すると、ぐるりと森に囲まれた一軒家にいることに気づく。


「ここは・・・どこかしら? 私は、何故ここに・・・?」


ぽつりと声に出して問うが、当然、答えが返ってくる筈もない。


「私、あの時・・確かサルマンから逃げて・・・。それで・・・」


何があったのかを思い出そうとして、頭の奥がずきりと痛む。


「他には・・・誰もいないのかしら」


頭を押さえながら、家の中を見て回る。

他に誰か人がいる気配はない。


「これは一体・・・」


そう言いかけたところで、ドアの向こうで、ごとん、と音がした。


「サリタス?」


問いかけながら、ドアを開ける。

と、そこには。


様々な種類の果実や木の実が山と積まれていて。


「え・・・?」


パタパタと音の聞こえた方角に目をやると、可愛いファルラビトたちが森の奥へと戻っていくのが見えた。


「うそ・・・。まさか、これを全部、あの動物たちが・・・?」


今、自分が目にしている現実が信じられず、ぺたん、とその場にしゃがみ込む。

目の前に積み上げられた食べ物も、なにかの夢か幻かしら、と、手を伸ばしてみた。


「持てるわ・・・。え、本物? 夢じゃないの?」


ゆっくりと口の中に入れてみる。

ここ最近は、王宮で食事もほとんど出されなくなっていた為、庭園の中を歩き回り、果実や木の実など、食べられそうなものを見つけては口に放り込んで凌いでいた。


今更、洗ってから食べなきゃ、とか、食用じゃないかも、などと躊躇することはなかった。


「うわ、美味しい・・・!」


空腹だったせいもあるのだろうが、王宮で口にしたものよりも数段、味が濃くて、瑞々しかった。


「よくわからないけど、ひとまずは助かったってことかしら?」


そう独り言ちて、その場にしゃがみこんだまま、もぐもぐとファルラビトからの贈り物を頬張る。


「でもさっき、誰かの名前を呼んだような・・・」


刹那、軽い頭痛が再びレナライアを襲う。


「痛っ・・・。さっきから何かしら、この頭痛は。えっと、確か、サリタス・・・って、え? サリタス・・・?」


果実をつまんでいた手が止まる。


「何故、彼の名が出て来たのかしら。あの人とは、挨拶しかしたことがない・・・のに」


そんな疑問を口にすると、ふいに、頬に温かいなにかが流れるのを感じて、手をやった。


「・・・え? やだ、どうして涙が・・・」


後から後から、涙が零れ落ちてくる。


「なに・・・? どうしてこんなに・・・」


レナライアには何も分からなかった。


黒の森に来るまでのいきさつも。

動物たちが食べ物を運んでくれる理由も。

カーマインについての記憶が書き換えられていることも。


そして、今、涙が溢れて止まらない理由も。

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