王宮に咲く毒花
「シリルさま。こちらの男が、この度ようやく招集に応じたサリタスにございます」
その声に、シリルは玉座からじろりと嘗めまわすような視線を送る。
「ようやく来たか、カーマイン・サリタス。この私をよくもここまで待たせてくれたな」
尊大で冷たい声。
世の中のものすべてが自分の意のままになる、と信じて疑わないその傲慢な瞳には、一族の命を盾に取ってようやく出仕させることに成功した若き天才魔法使いの姿が映っていた。
ダーラスと婚姻を結んでまだ一年も経たないというのに、王城内で最も恐ろしい人物として、臣下はもちろんのこと、夫であり国王であるダーラスさえ意見することが出来ず、腫れものに触るような扱いになっていた。
今は政務や人事にもいちいち口を出すようになっており、実権を全て手にする日も近いと目されていた。
「カーマイン・サリタスにございます。若輩ながら、今日より王宮にて仕えさせていただきます」
そう言って礼を取る姿に多少溜飲が下がったのか、こうして目の前に引きずり出せたことに満足したのか、今日のシリルはすこぶる機嫌が良かった。
「ふん、まぁ良い。お前は今日から魔法使い長のサルマンの下に就け。せいぜい働いて私の役に立つのだな」
シリルの隣には、国王ダーラスがいるというのに、誰も王に話しかけることはない。
全ての言葉は、シリルへと向けられていた。
そしてそれを当然の如く受け止めているシリルは、その場をただ一人、取り仕切っている。
また王自身、一言も声を発しようとはせず、ただすべてを諦めたかのように黙り込んでいた。
「・・・第一王妃さまのお言葉はいただきましたが、国王陛下はそれでよろしいとお考えでしょうか?」
カーマインがそう尋ねると、宮廷内の空気がピシッと固まる。
ぼんやりと物思いにふけっていたダーラスの瞳が、驚きで見開かれる。
首をはねるなら、はねてみせろ。
そう思って問うた言葉だった。
こうして出仕した以上、一族の者たちが殺されることはない。
脅すものが自分の命だけであるならば、最早どうなっても良い、そう思ってのことだった。
この女を主として仰がねばならないのなら、いっそ死んだ方がましだ。
それが正直な気持ちだった。
周囲の家臣たちは、シリルの怒りを恐れるあまり、血相を変えて騒ぎ立てた。
「サリタス殿。今の言葉は、シリルさまに対してあまりに失礼ですぞ」
ところが、そんなカーマインの意に反して、シリルは大笑いし始めた。
「なるほど、なかなかに忠誠心の厚い者のようだね。まぁいいさ。そんな者たちを、じわじわと崩していくのは堪らない楽しみだからね」
そして隣の玉座に座る夫に向かって、サリタスに返答を、と命令した。
ダーラスは小さな溜息をつくと、ただ声もなく頷いた。
「では謁見はこれで終わりとする。下がってよいぞ、サリタス」
大臣の一人がそう言ったところで、サリタスは、再び爆弾を投下するような発言を口にした。
「・・・まだ第二王妃さまへのご挨拶が済んでおりませんが」
ーー『第二王妃』ーー
その称号を耳にして、再び宮廷内に重苦しい緊張が走る。
「・・・ほう、私の前でその称号を口にするとは、王族への敬意が足らんと見えるのう」
「何をおっしゃいます。第二王妃さまもシリルさまと同じ王族の方ではありませんか。しかも幼き頃より陛下の婚約者と定められるほどの高貴なお血筋の方にございます。当然、臣下としましてはレナライアさまにもご挨拶申し上げねばなりません」
「・・・なに?」
城内が響めいた。
「如何なさいました? シリルさま。私が何かおかしなことでも?」
「お前・・・。どうしても命を捨てたくて堪らないようだな」
「とんでもございません。私も自分の命を大切に思っております。仕える主君を自ら選べぬのであれば、死んだほうがマシだと思える程度の軽さですが」
「いい加減にせいっ! 控えよ、カーマイン・サリタス!」
それまで黙ってやり取りを聞いていたサルマンが、大声でカーマインを叱責する。
「これは失礼いたしました。・・・では、私はこれから、レナライア王妃さまにご挨拶に参りますので」
「サリタスッ!」
「失礼いたします」
「・・・この先、王宮内でお前の身に何が起きても構わんと言うのだな?」
立ち去ろうとした背中に、ゾッとするほど冷たい声が投げかけられた。
「シリルさまの仰せのままに。・・・私は王族に深い敬意を抱く者ですから」
「・・・ならば・・・」
「勿論、防衛はさせていただきますが」
「なっ?」
カーマインはくるりと振り向いた。
「せっかくこうして王城にお呼びいただいたのですから、己が腕を是非ともご覧頂きたいと思っております。ですから・・・」
シリルの額に青筋が立つのが見える。
なんとも醜い顔。
これは愉快だ。
「どうぞ存分にかかって来てください」
しん、と静まり返った謁見の間を抜け、カーマインは第二王妃を探して庭園へと向かった。