記憶にある人
「ほう、昔に会った人・・・ですか」
カーマインの反応は、いたって冷静だった。
「私は、その人に、そんなに・・・似ていますか?」
「・・・ええ、多分。・・・といっても、ずっと昔に何度か顔を合わせたことがあった程度なんですけど、でも・・・そうですね。似てらっしゃる気がします」
笑って話しているのに何故か泣きそうな顔、ランドルフやクルテルの目には、そう映った。
「カーマインさんだったらいいなと思ったんですが・・・残念です」
「そう、ですね・・・。私も、残念です」
「突然、変なことを言ってすみませんでした。では私たちは先に失礼しますね」
席を立ちあがりかけたレーナに、突然、横からクルテルが会話に加わる。
「・・・どんな人だったんですか?」
「え?」
「レーナさんが会いたい人って、どんな人だったんですか?」
「・・・」
部屋を奇妙な静寂が包んだ。
浮かした腰をもう一度下ろすと、レーナは少しだけ考えてから、口を開いた。
「・・・態度が変わらなかった人、かしら」
「態度?」
「そうね、いつも変わらず接してくれた人・・・。私が辛かった時、・・・誰も私と口を利こうとしなかった時でも、私と距離を置いたり、無視したりしなかった人・・・だったって言ったらいいかしら」
レーナが辛かった時。
「・・・変わらなかったんですか」
「ええ、変わらなかったの。その人は、基本的に言葉が少なくて、必要なことしか言わなくて、礼儀正しくて、最初は距離を置かれているのかと思ったけど・・・。そのうち誰に対してもそうだとわかって、なんだかとても・・・」
「・・・」
「ほっとしたの」
頬杖をついて語るその表情は、辛かった時期を思い出している筈なのに何故か目が輝いていて。
「あの頃のことは思い出すのも嫌なのに、その人のことはなんだか気になっていてね。・・・もしまた会えたら、聞いてみたいことがあって・・・」
どこか遠くを見ていて。
今この時も、その人を探しているかのように、レーナの瞳は微かに揺れている。
「初対面の時、アユールさんがサリタスって名乗ったでしょ? その時、何か聞き覚えのある姓だなって思ったのよ。それもあって、もしかしたらって思ってたの。・・・カーマインさんに変なこと聞いてしまいましたね」
クルテルは、ちらりとカーマインに目をやった。
相変わらず、表情には何の変化もない。
でも、テーブルの上で組まれた両手が、堅く強く握りしめられていることに気づいて。
ああ、もう。
流石、師匠の叔父上さまですね。
こんな時も意地を張り続けようというんですか。
就寝の挨拶をして、食堂から出て行こうとしたレーナを、クルテルが呼び止める。
「レーナさんは、何を聞きたかったんですか?」
「え?」
「その人に、どうしても聞きたいことがあったんですよね? ・・・もし会えたら、何を聞きたかったんですか?」
「・・・」
食堂の扉に手をかけたまま、しばし躊躇して。
自分の考えを確かめるかのように、思案して。
それから、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「・・・後悔していないか、と」
「後悔、ですか」
「そう、・・・私ね、あの時何事もなかったかのように挨拶や返事を返してくれたその人のことを感謝しているの。・・・でも、その人は、もしかしたら私のことを恨んでいるかもしれないのよね。だって私に普通に対応したせいで、私を嫌っていた人たちから後でひどい目に遭わされたかもしれないもの」
「え・・・」
「だから、・・・私への態度を変えなかったことを後悔していないか、他のみんなと同じように無視すれば良かったと思っていないか、・・・聞いてみたいと思っていたの」
そう言って、自嘲気味に、ふっと笑う。
「いざ聞いてみて後悔してるって言われたら、きっと・・・辛いんでしょうけど。でも、何故かしらね。それでも聞いてみたいのよ。・・・だって、もしかしたら、・・・本当に、もしかしたらだけど、後悔していないって言ってくれるかもしれないでしょう?」
レーナの目に涙が滲む。
慌ててそれを手で拭うと、にっこりと笑った。
「・・・変なことを言ってごめんなさいね。じゃあ、・・・おやすみなさい」
そう言って部屋を出て行ったレーナの後を、サーヤが追いかけていく。
「よろしいのですか、我が主人」
今まで黙って成り行きを観察していたランドルフが、カーマインに問いかけた。
続いてクルテルも。
「レーナさんの言ってた人って、叔父上さまのことでしょう? ・・・軽減魔法のことは別として、さっきの質問にだけでも答えてあげたほうがいいんじゃないですか?」
「・・・軽減の対価のことまで気づかれたらどうする」
「そうなったらそうなったで、いいじゃないですか。代償として視力を失ったと聞けば、そりゃあ、優しいレーナさんは悲しむでしょう。でも、・・・それでも、レーナさんと関わったことを後悔していないって、言ってあげたらいいじゃないですか。だって、きっとそれは、レーナさんが一番必要としている言葉ですよ」
「・・・」
「叔父上さま。・・・あの人に、一生あんな顔をさせ続けるつもりですか? 叔父上さまだけは、あの人を守ってあげたいと思ってたんじゃないですか?」
ランドルフが気遣わしげな視線を送りながら、口を挿む。
「クルテルさんのおっしゃる通りだと思います。・・・我が主人、どうか賢明なご判断をお下しくださいますように」