暴れん坊の甥を持つと苦労します
大丈夫?
そう伝えたくて、サーヤは先ほどやっとカーマインのお説教から解放されたアユールの服の裾を引っ張った。
「あー、心配するな。大丈夫、大丈夫」
当の本人は、まったく堪えていない様子だったけど。
説教が始まったのは、サイラスが床に着いた後。
「先ほどの話で、ひとつ、気になったのだが」
そうカーマインに問い質されて、アユールが置き土産に大岩を屋敷に落としてきたことがバレてしまって。
「まったくお前という奴は・・・もう少し考えてから行動できんのか・・・」
いかにも『魔法使いが関わってます』的な痕跡を残したことに、カーマインは眉根を寄せ、額に手を当て、盛大なため息を吐いた。
「いや、だって、サイラスをあんな目にあわせた奴だぜ。ちょっとくらい怒りたくもなるだろ」
と、けろっとしている姿に、みんなの反応も、かなり微妙な感じで。
「師匠。それ、ちょっとじゃないですよ。よく死者が出ませんでしたね・・・」
「前に怪我した時の経緯を聞いた時から、後先考えない人だな、とは思ってたけど、ここまでやっちゃうのね・・・」
「流石はアユールさま。どうしても黙って帰ることが出来ないのですね・・・」
「そんな派手な立ち回りをしたら、予想よりも早くサルマンたちの耳に入ってしまうぞ。ここも、じき危なくなるかもしれん」
その言葉に、アユールが何か閃いた顔をして。
ニヤニヤしながら、こんな事を言い出した。
「そうだな。俺を狙って追手の現れる可能性があるっていうんなら、レーナたちをここで預かってもらって、俺とクルテルだけトールギランに戻ればいいじゃないか」
「な・・・」
「えっ?」
「ええ〜? 僕もこっちに残りたいです」
さも、いい考えだとでも言いたげに頷くアユールだったが、周りの反応は様々だ。
「で、でも、アユールさん。私とサーヤは無理やりに押しかけてここに来たわけでしょう? これ以上迷惑をかけるわけにはいかないわ」
「だが、黒の森にはもう戻れないぞ。誰が待ち構えているか、わからないからな。だからここに・・・痛っ!」
向かいに座っていたカーマインが、テーブルの下で思い切り足を踏んづけた。
「・・・お前、何をくだらないことを考えてる・・・?」
「く、くだらなくないぞ。レーナたちには、他に行くあてがないのは本当なんだからな」
「まったく。屋敷を破壊さえしてこなければ、記憶操作でどうにか出来たかもしれないのに・・・」
「だが、いつまでもただ逃げ回るだけってのも能がないだろ?」
もとより、知り合いがあんな目に遭わされたのを見て、アユールが黙っていられる性格でもないことは、この叔父が一番よく知っているのだが。
「その行き当たりばったりな性格を何とかしろ・・・」
哀れな叔父は最後の抵抗として一言付け加えると、諦めたように背筋を伸ばして、今度はレーナに向かって話しかけた。
「確かに、貴女方は黒の森へはもう戻らない方がいいでしょう。・・・別に住むところを用意させますので、準備が整い次第、そちらに移ってください」
「いえ、そんな・・・そこまでしていただくなんて・・・」
「気にする必要はありません。丁度、使っていない家がありますので」
そこまで言うと、今度は甥に向かって指示を出した。
「アユール。お前は一度黒の森に戻って、お前とクルテルがあの家にいた痕跡を消して来い。時間稼ぎにしかならんとしても、隠せるので有れば繋がりは隠しておきたいからな」
「了解」
「・・・次に暴れるときは、今度こそ記憶を消して来るんだぞ」
「了解」
「・・・さすが、叔父上さま。師匠が暴れるのは前提なんですね」
嘘くさい笑顔で納得するクルテルの隣で、レーナが何か考え込んでいる。
「・・・? どうかしたのか? レーナ」
「あ、いいえ。・・・なんでもないの」
「・・・?」
気になったが、まずは黒の森での痕跡を消すことを優先しようと、アユールは席を立った。
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
ここで冒頭のやり取りとなった訳である。
アユールを見送った後、思案顔だったレーナは、カーマインに視線を戻した。
「・・・カーマインさん。お聞きしたいことがあるのですが・・・」
「・・・なんでしょう?」
改まった調子の声に、カーマインの表情に少しの警戒が浮かぶ。
レーナは、自分から話を切り出したものの、なんと言ったらいいのかと言葉を探しているようで、指を絡ませながら少しの間逡巡して。
それから、思い切ったように口を開いた。
「あの・・・間違えてたらごめんなさい。・・・もしかして、私とカーマインさんは、以前にどこかでお会いしたことがありませんか・・・?」
「・・・」
カーマインは表情を崩さなかった。
ランドルフは眉を少し動かしただけ。
でも、隣にいたクルテルは、一瞬、ジュルベリー水にむせそうになった。
「以前・・・ですか。さあ、覚えがありませんね。私は、基本ずっとここにいるので、お会いする機会があったとは思えませんが」
「・・・そう、ですか」
何故か少し残念そうな表情で首を傾げる。
「すみません。なんだか、ずっと昔にお会いした人と似てらっしゃる気がして・・・。もしかしたらって思ったんです。・・・私、ずっとその人に会いたかったものですから」
 




