願い
大丈夫?
どうか、目を覚まして。
あなたは、だれ?
守ろうとしてくれて、ありがとう。
怖い人だと思って、ごめんなさい。
お願い、早く良くなって。
言いたいことは、たくさんあるのに。
どうして私の口からは、何も出てこないのかな。
ぐるぐるぐるぐる、そんなことを考えながら。
用事の合間を縫っては、私はあの人の顔を見にいく。
今日も起きなかったな。
明日は起きるかな。
このまま目が覚めなかったらって、ついつい思ってしまって。
どうしても不安が消えてくれない。
「どう? サーヤ。その人の様子は」
母の声に首を横に振るばかりの日が、もう3日も続いて。
不安は日に日に増していく。
お願い、目を覚まして。
ずっと起きるのを待ってるの。
床に座り込んで、彼が眠るベットに頭をぽふんと乗っける。
こんこんと眠り続ける整った顔を眺める。
きつく私を抱きしめた腕。
耳に注ぎこまれた低くて優しい声。
お月さまみたいな金色の眼。
あれきりだなんて、思いたくない。
そんなことを考えながら、ぼーっと顔を見つめ続けて。
レーナがそばまで来て、サーヤの頭をそっと撫でる。
「サーヤ、きっと大丈夫だから。ね、そんな顔しないの。そんなに眉間にシワを寄せてたら、この人が起きたとき、びっくりされちゃうわよ」
心配するサーヤを、レーナは明るく励ました。
わかってる。
わかってる、けど。
心配で、心配で、たまらないの。
もう一度、この人の笑った顔が見たいの。
・・そばを離れたく、ないの。
「心配なのもわかるわ。・・・サーヤを守ろうとしてくれた人だものね?」
こくんと頷く。
母とは小さい頃から、手振り身振りで意思を伝えてきた。
母もサーヤの言いたいことを汲み取るのは慣れていて、意思の疎通で困ることはほとんどなかった。
だから、ライガルに手伝ってもらって、意識を失ったこの男の人を小屋まで運んできたときも、レーナはすぐにサーヤの言いたいことを汲みとってくれた。
ベッドを用意して、一緒に運び込んで、看病して。
もう3日。
でも、まだ意識が戻らない。
「サーヤ、大丈夫よ。きっと、今日か明日には、目を覚ましてくれるわよ」
安心させるように優しく笑いながら、レーナはそう言ってサーヤの頭を撫でると、隣室に戻って縫い物の続きを始めた。
あれ・・。
気づけばベッドの端っこに頭をのせたまま、うたた寝をしていたらしい。
その姿勢のまま、目だけを、ぱちりと開ける。
寝ちゃってた。
むくっと頭を上げて、時間を確認しようと窓に目をやれば、日射しは、まだ真上から注いでいる。
それほど長くは眠ってなかったようだ。
「ん・・・」
そのとき。
声が、聞こえた。・・・気がした。
あわててベッドに視線を戻す。
でも、その人は眠ったまま。
昨日とも一昨日とも変わらない、静かな寝顔で。
・・・気のせいだったのかな。
ため息がこぼれた瞬間、彼のまつ毛が微かに揺れたように見えて。
じっと、待つ。祈るように。
すると、彼の眉間に少しだけ皺がよって。
まぶたが重たそうに、少しずつ上がる。
それから、ゆっくりと開いたのは、あのきれいな金色の瞳。
気のせいじゃ、なかった。
「み・・・ず・・」
水? お水?
わかった。ちょっと待ってて。
サーヤは水差しを取ると外に走り出て行き、井戸の水をくみ上げた。
部屋に戻ってコップに水を注ぐと、タオルを彼の口元にそっとあててから、静かにコップを近づけた。
少しずつ、少しずつ。
コップを傾けて、ゆっくり口に含ませる。
寝たままの姿勢だったから、だいぶ零れてタオルが濡れてしまったけれど、彼の喉からは、こくり、こくり、と音がしている。
なんとか飲めているようだ。
コップ一杯が空になったところで、彼はほうっと大きな息をついた。
そのときになって初めて、自分が見たこともない場所にいることに気づいたようで。
「・・・ここは、どこだ・・?」
小さな呟き。
ぼんやりと天井を眺めて。
たぶん、思わず零れた独り言。
誰に問うつもりもないもので。
それから、彼はゆっくりと顔を巡らして。
寝ているベットのすぐそばに、コップを持って座りこんでいる私を見つけた。
よかった。
やっと目が覚めたね。
そう思って、笑いかけた。
嬉しくて。ホッとして。
でも。
え・・・?
私を見て彼の表情は、一変して。
「誰だ、お前は・・・?」
やっと目覚めたその人は。
ずっと目覚めを願っていたその人は。
あのときと同じ、よく響く低い声で。
あのときと同じ、美しい金色の眼で。
私のことを、きつく、きつく、睨みつけた。